新型コロナウイルスの影響で、撮影が行なえなかったNHK大河「麒麟がくる」の放送が再開される。人気の戦国大河だけに、歴史もの好きの視聴者は大歓迎であろう。ここ十数年、神がかり的な人気をほこる織田信長に謀反した明智光秀を主人公にしたところに、NHKの野心的な試みが評価できる。

◆歴史愛好家をガッカリさせるNHKのダメキャスティング

NHK大河ドラマ・ガイド『麒麟がくる 前編(1)』

だが、キャスティングには難がある。長谷川博己はキャリアも演技力も十分な俳優だが、演技巧者であるがゆえにこそ、主役級の華はないと言わざるをえない。彼は名わき役なのである。前半の斎藤道三役の本木雅弘の熱技に、まるっきり呑まれてしまったのが、その明白な証左と言えよう。

それにしても、このところNHKのキャスティングは、一年間の大河というごまかしの効かない主役ゆえに、ミスキャストが多いのだとわたしは思う。どうしても頭脳明晰で正義漢にあふれる、という主役の類型に合わせてしまうのだ。そこに無理がある。

たとえば「真田丸」真田信繁(幸村)役の堺雅人と真田信之役(幸村の兄)の大泉洋は、史実とはまったく逆の人物設定だった。

真田幸村といえば、当時の一次史料を知らない人でも、池波正太郎の「真田太平記」や一連の上州ものを読んだことがあればわかるとおり、寡黙で朴訥な人物である。小柄ながらなぜか強い武勇はともかく、高野山(流罪)で焼酎を国元に無心するような、寡黙な酒飲みのイメージである。それゆえにこそ大坂入城後、すぐに大野治長ら秀頼側近に主導権を握られてしまうのだ。

いっぽうの兄・真田信之こそが頭脳明晰な政治家で、それゆえに大坂の陣後も真田の名跡を後世に伝え得たのである。頭脳の兄・信之、勇猛の弟・幸村というのが歴史愛好者の常識なのだ。その意味でNHK「真田丸」は人物設定が180度ちがっていた。これでは歴史好きは白ける。

今回の明智光秀は、長谷川博己の生真面目きわまりない雰囲気とあいまって、将軍家復興という政治工作者たるイメージや謀反という悪意を感じさせない。まるでウラのない善人で、正義漢なのである。

これでは本能寺の変が、たとえば信長をよほどの悪逆な主君にしないかぎり、うまく描けないのではないだろうか。染谷将太の信長は神がかり的ではないだけに、いまのままでは単なる無能な殿というイメージになってしまう。無能な信長像というのは、NHK大河のみならず初めてではないか。

そもそも「麒麟(平和のシンボル?)がくる」ためには、悪逆の王(信長)を滅ぼさなければならない。という設定自体、当の光秀が秀吉に滅ぼされてしまうのだから、どだい無理があるというものだ。明智光秀は天海僧正だった説でも採らないかぎり、「戦乱のない世を」というテーマがけっして果たされないのは自明である。

長谷川博己の光秀はすこぶる有能、かつ計算高い雰囲気だが、それでは光秀の三日天下(じっさいには11日)の政治的無能ぶりを説明できない。したがって、本能寺の変そのものが、徳川家康および羽柴秀吉の謀略でないかぎり、みじめな着地になりそうな気がするのだ。

◆黒幕説を愉しもう

そこで視聴者の愉しみは、本能寺の変の「動機」および「黒幕説」ということになるわけである。

巷間、ワイド番組(歴史特集)の話題になっている「本能寺の動機説」は、どうでもいいだろう。本当の「動機」など、光秀がそれと書き残していない以上、だれにも確定することはできない。

唯一、細川藤孝に送った書状のなかに「この度の思い立ちは、他念はありません。五十日か百日の内には近国も平定できると思いますので、 娘婿の忠興等を取りたてて自分は引退して、十五郎(光秀の長男)・与一郎(細川忠興)等に譲る予定です」とある。これが文献史学における「光秀の動機」ということになる。

じっさい、細川氏を味方に誘うための書状ながら「動機」は「他念はありません」「自分は引退します」としているのだ。これが偽らざる心境だったのであろう。
たとえば信長への「怨恨説」(人質の母親を殺させた説・足蹴にされた説・領地召し上げ説)は、いずれもその史実ではない(一次史料にない、江戸時代の軍記書の記述)だからだ。

うざい上司に下剋上を突きつけるのが怨恨であるとするならば、それはいいのではないか。サラリーマンに限らず、誰もが感じているフラストレーションなのだから。

「野望説」もまた、どうでもいいかもしれない。主君を裏切る動機に、怨恨(うざい上司)野望(上司にとって代わる)はある意味で当然のことである。

直接の動機として、歴史学界のコンセンサスを得られているのは、信長の四国政策の変更である。重臣の斎藤利三が四国の長曾我部氏と結んでいた関係(縁戚)で、四国担当から外された光秀は公私ともに面目をうしなった。これがきっかけで、信長への謀反の決意をかためたのは想像に難くない。

それにしても主君を裏切るか、という問題だが、戦国時代にはけっして珍しい話ではない。ましてや、信長においては。

◆裏切られる信長

じつは信長に謀反した人物はといえば、ひとり光秀だけではない。じっさいに信長を裏切った男女は10人を下らないからだ。名前を列記しておこう。

織田勘十郎信行(信長の弟)
柴田勝家(信行の謀反に加担するが、許される)
林秀貞(同上。許されるも、のちに追放処分)
浅井長政(信長の義弟。朝倉氏と結んで反旗をひるがえす)
十五代将軍、足利義昭(信長追討の挙兵)
別所長治(三木城に籠城)
松永久秀(二度にわたり謀反)
荒木村重(本願寺に内応)
織田つや(信長の叔母。敵将の遠山景任と結婚)
樋口直房夫妻(木目峠の砦から逃亡し、秀吉に討ち取られる)

どうです。部下に裏切られまくりのバカ殿(あるいは嫌な上司)信長の実像が浮かび上がってくるではありませんか。

これほど大量の謀反人を出した戦国武将を、わたしは管見のかぎり信長以外に知らない。上杉謙信や武田信玄も家臣から謀反人(大熊朝秀、勝沼信元)を出しているが、自主的なものではなく相手方に調略されたものである(大熊は信玄に、勝沼は謙信および秩父藤田一門に)。

しかも松永久秀や荒木村重の謀反にさいして、信長は「いかなる理由か?」とその謀反の原因を理解できていないのだ。安国寺恵瓊が「高ころびに、あおのけに転ばれ候ずると見え申候(いずれは、高転びに滅ぶであろう)」と指摘していたとおり、家臣の気持ちがわからない人だったのだ。

したがって光秀に「怨恨」や「野望」は、大いにあったであろう。それはほかでもない、「怨恨」を突き払うように合戦にいどみ、おのれの「野望」を実現するものが戦国武将だからだ。

だが、黒幕説となると問題はちがってくる。そこには本人の「感情(怨恨や野望)」だけではない、第三者の具体的な関与と行動がなければならないからだ。そこで多数ある「黒幕説」を簡単に検証してみよう。(つづく)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

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