ジャーナリストの伊藤詩織氏が、予告どおりセカンドレイパーを提訴した。元TBS社員の山口敬之氏から性的暴行を受けた(2020年1月、民訴で認定)伊藤氏は、2017年に実名を明らかにした後、ネット上で事実に基づかない誹謗中傷を受けていたのだ。
◎[参考動画]伊藤詩織さん 自民議員を提訴 中傷ツイッターに「いいね」
いわゆるセカンドレイプについて、伊藤氏は以下のように宣言している。
「民事でのピリオドが打てましたら、次は(セカンドレイプへの)法的措置を考えています。というのは、こういう措置を行わなければ、同じことがどんどん続いてしまう。一番心苦しいのは、私に対するコメントを見て、他の(性被害)サバイバーたちが『自分も話したら同じように攻撃されるんじゃないか』と思ってしまう。そういうネガティブな声をウェブに残してしまうことが、いろんな人を沈黙させてしまう理由になるので、法的措置を取りたいと思います」(2017年5月29日、司法記者クラブの会見で)
予告どおり、伊藤詩織氏は法的措置に出たということになる。
今回伊藤氏が提訴したのは、自民党の杉田水脈衆議院議員(220万円の損害賠償)および元東大特任准教授(民族差別の書き込みで懲戒解雇)の大沢昇平氏(110万円)である。
これに先立つ6月、やはりネット上でイラストなどで誹謗中傷したとして、伊藤氏は漫画家のはすみとしこ氏を提訴している(550万円の損害賠償)。
◎[参考動画]伊藤詩織さんが漫画家はすみとしこさんらを提訴 ツイッターのイラスト巡り(毎日新聞2020年6月8日公開)
その誹謗中傷の中身を、まずは検証しておこう。
はすみとしこ氏の場合は、伊藤氏に似た「山ロ(ヤマロ)沙織」を主人公にして、大物記者と寝る「枕営業」をしたと描写したり、伊藤氏の著書『BLACK BOX』に似た名前の『CLAP BOX』を「デッチあげ」だとしていたものだ。上手なイラストなので、百聞は一見に如かず。
「顔にこだわった!」というとおり、伊藤詩織氏によく似ている。しかし、山口敬之氏はあまり似ていない(山口氏の頭髪は薄く、あごひげがトレードマークだ)。
杉田水脈議員の場合はBBCの番組で、伊藤さんが「男性の前で記憶がなくなるまでお酒を飲んだ」ことが「女として落ち度がある」などと発言(のちに一般論と釈明)。
ツイッターでは、以下のように批判していた。
「伊藤詩織氏の事件が、それらの理不尽な、被害者に全く落ち度がない強姦事件と同列に並べられていることに女性として怒りを感じます」
「もし私が、『仕事が欲しいという目的で妻子ある男性と2人で食事にいき、大酒を飲んで意識をなくし、介抱してくれた男性のベッドに半裸で潜り込むような事をする女性』の母親だったなら、叱り飛ばします」
「『そんな女性に育てた覚えはない。恥ずかしい。情けない。もっと自分を大事にしなさい。』と」
大沢昇平氏は、伊藤詩織氏が漫画家はすみとしこ氏のツイートをリツイートした2人を相手に損害賠償などを請求する訴訟を東京地裁に起こした件(6月)について、ツイッターで反応したものだ。
「伊藤詩織がはすみとしこを訴えるって話だけど、どういうロジックで訴えるんだ? 別に伊藤詩織を名指しで誹謗中傷してるわけじゃないから、名誉棄損には当たらないでしょ」
「伊藤詩織の何がダメダメかって、刑事裁判でレイプが認められなかったにもかかわらず、その後の民事裁判の結果をレイプを関連付けている点。今回もやってることの筋が通っておらず全く支持できない」などと、批判的な投稿をしている。
いまのところ、はすみとしこ氏の反応は、「ハッキリ言っておく。100対0で負けたって、私は謝罪もしないし、金も払わない。私には財産が無い。車や土地屋敷、着物類だって親名義、PCは仕事で使うので差し押さえ不可。私の給料は月5万以下で、社長は差し押さえ拒否すると言ってる。取れるモンなんてなーんも無い!ちょっとは調べてから訴えな!」と、徹底抗戦の構えだ。
いっぽう、大澤昌平氏は、「伊藤詩織とかいう活動家が突然俺を訴えると言い出した。正直全く意味が分からない。『いいね』の何が良くないのか知らんが、もし悪い判例ができてしまえば左翼の言論弾圧は益々加速し、日本から言論の自由が奪われる。俺は断固抗戦する。ここで裁判費用の寄付を募りたい。志ある者の支援を求む!」と、こちらも意気軒高である。
◆「いいね」は構成要件になるのか?
大澤氏が指摘しているとおり、提訴の要件がみずから書いた「ツイート」ではなく他人のツイートへの「いいね」だけなのであれば、かなり微妙かつ画期的な司法判断が問われることになる。
訴状によると、杉田氏は国会議員であること。当時11万人のフォロワーを持ち、言論に影響力を持つ杉田氏が伊藤氏を中傷するコメントに繰り返し「いいね」を押したことは「限度を超えた名誉侵害にあたる」と主張しているという。
本来の総理官邸御用ライターによる「レイプ事件」をこえて、新たな争点が出てきたと考えるべきであろう。
◎[参考動画]性暴力被害者へ「自分の真実、信じて」 伊藤詩織氏会見(朝日新聞社 2019/12/18)
と同時に本来の目的、すなわちレイプ犯罪の徹底した糾明、および権力犯罪としてのレイプ犯の不逮捕(不起訴ではない)を忘れてはならない。
2020年1月9日の本欄で、わたしは以下のように指摘していた。
「被害者女性が告発・発言できない理由はほかならぬ日本社会にある。男女平等度ランキングで、日本は121位である。120位がアラブ首長国連邦、122位がクウェート、中国が106位、韓国は108位である。先進国では、ドイツが10位、フランス15位、イギリス21位、アメリカは53位だ。※出典はWEF The Global Gender Gap Report」
「こうした日本社会の後進性を突き破るためにも、伊藤詩織さんには頑張って欲しいと思う。外国人記者クラブでの会見で、詩織さんはこれまでセカンドレイプ的にバッシングしてきた言論人に対して、法的な態度を示すと明らかにした。女性が声を上げられない社会の変革のために、それもやむを得ない措置と言えよう、ひきつづき、この事件を追っていきたい。」
そして、われわれがなすべきことは、もうひとつある。わたしは同じ2020年1月9日の本欄で、
「レイプされた若い女性が素顔をさらして、一国の総理大臣につながる御用ジャーナリストを告発した。しかも被害者は美人、というだけでも一時的にマスコミを賑わせるだけの価値がある。とはいえ、眉をひそめたくなるレイプ事件である。加害者被告のいかにも胡散臭いひげ面を見るだけでも、気分が良いものではない。したがって忘れ去られがちな事件だといえよう。」
「ぎゃくにいえば何度でもこのテーマはくり返し報道され、権力と結託した加害者の傲岸なありようが指弾されなければならない。今回の判決を受けてなお、山口敬之は『詩織さんは虚言壁がある』『ウソをついている』と開き直っているのだから。」
「あえてくり返さなければならない理由は、刑事事件としての不成立の謎のゆえである。いったんこの件で逮捕状が出ていたにもかかわらず、総理の番犬ともいわれる中村格(なかむらいたる)警視庁刑事部長(現警察庁官房長)の鶴の一声で、山口被告の逮捕が見送られたのである。」と、事件の本質を指摘してきた。
2019年7月19日の本欄にも、「第二次安倍政権の誕生の功労者である山口氏を、官邸は指揮権を発動してまで擁護せざるを得なかったのが事件の真相なのだ。」としている。忘れてはならない事件だとの思いをつよくする。
官邸の人脈で、法律外の扱い(不逮捕)をした「罪」こそ問い直され、あたかも指揮権発動のごとく司法がゆがめられたことを検証しなければならないのだ。
◎[参考動画]山口敬之氏「伊藤さんはうその主張をしている」伊藤さん勝訴を受け会見(毎日新聞2019年12月18日公開)
◎[参考動画]囲み取材で感情あらわ【山口敬之氏】元TBSワシントン支局長(日刊ゲンダイ2019年12月18日)
▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。