福島県双葉町に9月20日、オープンした「東日本大震災・原子力災害伝承館」(JR常磐線・双葉駅から徒歩約30分)は大方の予想通り、原発事故被害の実相を後世に語り継ぐような施設にはならなかった。県内在住の来館者からは「原発事故直後の記憶がよみがえった」との声があった一方、県外から訪れた人は「展示がきれいすぎるというか優等生すぎますね。原発事故が発生した当時のエグさをもっと出さないと伝わらない」と物足りなさを口にした。それもそのはず。初代館長を選ぶ段階で、既に施設の性格が決まっていたのだ。
「伝承館」の初代館長に就任したのは、アーカイブ施設とは全く無縁の高村昇・長崎大学教授。原発事故直後に山下俊一氏とともに福島入りし、県内を巡って〝放射線被曝の心配は無用講演会〟をした人物だ。
1993年長崎大学医学部を卒業。講師、助教授、准教授を経て、2008年度から長崎大学大学院・医歯薬学総合研究科の教授。2013年度からは長崎大学原爆後障害医療研究所の教授を務めている。原発事故直後の2011年3月19日、山下氏と福島県の「放射線健康リスク管理アドバイザー」に就任した。
当時の講演では、「放射性セシウム137 が体に入った場合の半減期は30年では無い。子どもであれば2カ月、大人でも3カ月程度で半分になる」、「100ミリシーベルトを下回る場合、現在の科学ではガンや疾患のリスクの上昇が証明されていない。一方、煙草を吸う人のガンになるリスクは、1000mSvの放射線を被曝するのと同程度のリスクと考えられている」、「鼻血が止まらなくなったとか…そのような急性の症状が出現する被曝線量は500から1000mSv以上と言われている。福島の人がそのような線量を被曝しているとは考えられないので、放射線の影響ではないと思う」と、放射線被曝への不安を鎮静化させる事に終始した。甲状腺検査など原発事故による健康影響を調べる「県民健康調査」の検討委員も務めている。
高村館長は今年7月、福島県の内堀雅雄知事を表敬訪問した際の囲み取材で、筆者の質問に「私も最初、この依頼があった時はかなり驚きました。まさに今おっしゃったとおり、私はアーカイブの専門家ではありませんので、自分で良いのかなと確かに思いました」と答えた。日本原子力文化財団が発行する月刊誌「原子力文化」8月号でも「私自身は医療の専門家であり、いわゆるアーカイブス学の専門家ではなく、昨年福島県から伝承館の館長就任を打診されたときには大変驚きました」と綴っている。ではなぜ、このような人物を館長候補に選んだのか。
「伝承館」の指定管理者である「公益財団法人福島イノベーション・コースト構想推進機構」(斎藤保理事長、以下機構)は、福島県からの推薦を受けて高村氏に館長就任を依頼したと説明している。機構に推薦した側の福島県生涯学習課の担当者は今年4月、取材に対し、次のように説明した。
「3つあります。まず、人格的なものが1つあると思います。考え方に偏りが無い、人格的に温厚で高潔な方である。これが1つ目の理由です。もう1つは本県の復興、避難地域等の支援に関わってこられた方であるという事です。そして、伝承館の運営に必要な能力を持っている方であるという事。これらの3点が推薦理由です。検討過程で何人かの名前が候補に上がりましたが、最終的に高村先生が適任だろうという結論に至りました。高村先生には数カ月前に推薦の打診をし、『ご協力出来るのであれば』と快諾していただきました」
これでは、福島県立博物館長を務めた赤坂憲雄氏など、適任な専門家を押しのけて専門外の高村氏が選ばれた理由が分からない。しかし、高村氏自身の発言に答えがあった。キーワードは「復興」だ。
就任要請を受諾した理由について、囲み取材で筆者に「伝承館というのは原子力災害からの復興という事を主眼としていると聞きましたので、それであれば、この9年間福島で地域の復興に携わってきた者としてお手伝い出来る事があるんじゃないかと考えました」、「この伝承館の1つの主眼というのが、原子力災害からの復興に関する資料収集という目的がある。それを展示する。収集して展示して情報発信するという目的がある。原発事故直後の説明会から、地域の復興、県民健康調査もそうですが、そういった形で原子力災害からの復興に多少なりともかかわった人間としてですね、そういった側面から伝承館の館長としての役割を果たしていきたい」と話した。
月刊誌「原子力文化」でも「福島の復興に多少なりともかかわってきた者として、福島の復興の証をを次の世代に伝え、福島の経験を活かして国内外の人材を育成するという伝承館のミッションに共鳴」したと書いている。つまり、原発の〝安全神話〟はどのように醸成されてきたのか、原発事故をなぜ防げなかったのか、住民たちはどのような苦しみを味わったのか、事故後の施策は正しかったのかなど、原発事故がもたらした怒りや哀しみ、苦痛などを後世に語り継ぐ施設ではそもそも無いのだ。〝復興五輪〟開催に合わせて「原子力災害から立ち直った福島の姿」を国内外に発信する施設であるならば、発生直後から放射能汚染や被曝リスクを否定し続けて来た高村氏が館長に選ばれるのもうなずける。
内堀知事に対し、高村館長は「ぜひイノベーション・コースト構想の一翼を担って行きたい」、「学校教育と連携しながら、今後の福島を担っていくような若い世代に、福島がどのように復興して行ったかをきちんと学んでいただく。人材育成も重要なミッションだと考えております」と〝決意表明〟した。
「復興のあゆみ」を展示するのが主眼だから、原発事故の生々しさも被害の実相も伝わらない。これが53億円かけて建設した施設の本当の顔だった。(つづく)
▼鈴木博喜(すずき ひろき)
神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。
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