都知事選挙は雪の影響で投票が少なかった。こうなると組織票が強い。また、高齢者たちには、投票に行きたくても足元が危ないので行けなかったと言っている人たちがいる。
たしかに、投票日に雪は止んで晴れはしたものの地面は危険な状態で、都内で滑って転倒し病院に搬入された人数は三桁にもなっていた。
こうなると、組織的に投票所へ自動車で送ることができる後ろ盾をもった候補が強い。実際に、得票が多い候補ほど高齢者の投票が多かったという調査結果もある。

こうなると、センセーショナリズムによって浮動票に頼る候補は不利だろう。それで、細川元総理は特に振るわなかったと考えることができる。
この細川を支持していた文化人とか芸能人たちがいて、そんな人たちは、とにかく脱原発だからというだけで、その具体的な政策内容も検証せず、そのうえ他の政策は無視していた。こういう人たちは有名人の「勝ち組」なので生活の不安などなく、お高くとまって上から目線で脱原発と言っていただけだ、という批判を受けている。

そういう中に、クラシック系の音楽家たちがいた。この、細川支持を表明した人たちを見ると東京音楽大学の系統だから、これはどうやら作曲家の三枝成章に誘われたと考えられる。この世界はこういうしがらみが多くて辟易させられるものだ。
この三枝成章は、かつて、思うところあって民主党の応援をしてきたが、そうしたら自作の演奏会を開催するさいスポンサーに避けられるなど、大変な不利益を被ったと言っていたことがある。

それで、脱原発というにしても元総理大臣たちが言い出したことに乗っかる判断をし、これに追従した音楽家たちもいたのだろう。なぜそう思うかというと、筆者は法学部を出ているが、腕に怪我する前は音学大学志望だった。そのとき本多勝一の『NHK受信料拒否の論理』を読み、この本は放送に対し感じていた疑問に答えてくれたと思ったのだが、当時ついていた先生に「NHKを批判したら日本のクラシック音楽の世界では生きていけないんですよ」と叱られてしまった。

たしかに、そういう現実は存在している。そして、もともともそういう体質であったNHKは、今ではさらに安倍人事により、百田とか長谷川とか極端に右の人たちが経営委員になって、歴史認識での問題発言で世界的な批判を浴びている。
ただし、百田尚樹の問題発言の数々にも、部分的には正しい指摘がある。そのよい例が、左寄りの格好だけつけると売名になると言ったことだ。「平和」とか「人権」とか言いながら権力と戦わない文化人たちは、良識派と評価されながら、大企業がスポンサーとなっているマスコミに干されないで、売れっこでいられる。

そして、山本太郎が「迷惑をかけられない」と芸能事務所を退所するさい言ったように、原発批判は大企業の圧力で仕事を干される心配がある。だから、脱原発でも元総理の応援なら大丈夫、ついでに他の候補を支持する共産党や社民党を批判すればもっと安心、というわけで細川になびいた「リベラル」な人たちがいたのだろう。
また、マスコミで売れているおかげで立派な家に住んでいるという有名人たちにとっては、他の候補が石原・猪瀬時代に停滞した都営住宅などの住宅政策を推進すると言っても無関心でいられるだろう。

もちろん、有名になる前から富裕な人もいる。かつて神奈川県の公営住宅で、小さい子供がピアノの練習をしている音でイライラした住民が、ぶち切れて抗議に押しかけ母子を殺害したうえ自殺を図るという事件が起こり「ピアノ殺人事件」と報道された。これは日本の住宅政策の貧困が原因であるとして問題になったものだ。

しかし、もともと広い一戸建てに住んでいる人には、別世界のことだ。だからピアノも置けるし、音楽大学は他の大学に比して非常に学費が高額だが、何も心配しないで進学できるというわけだ。
こうした実態を、家庭の事情から親戚のもとで育った筆者から見ると、苦労知らずの人たちが、脱原発とだけ言っている体制側の候補者を、何もしない有名人のアリバイ作りにちょうど良いと考えて支持の声明を出した構図が、はっきり見えるのである。多くの都民が、見透かしていたことだろう。
こんな調子では、脱原発を説いてみたところでほんとうの支持を得られるわけがなく、天候の影響で投票が少ないと、あっさり敗北してしまうのである。

(井上靜)