〈「性行為強要」は虚偽と認定 社内不倫の女性に賠償命令〉(産経ニュース)

去る6月23日、ネットでこの記事が配信されると、いわゆる「バズる」事態となった。現在までにツイッターだけでも「いいね」が1.8万件、公式リツイートが9600件超に及ぶ。ここまで大きな反響を呼んだのは、日産自動車(以下、日産)という大企業を舞台に、不倫の延長線上で虚偽のレイプ告発がなされ、訴訟に発展したという記事内容が多くの人の好奇心を刺激したからだろう。

バズった産経ニュースの記事

記事によると、日産に勤務していた男性が2016年、不倫関係にあった元部下の女性から「性行為を強要された」と会社に申告され、懲戒解雇になったという。しかし、男性の妻が「女性の申告は虚偽」と主張して女性に計1千万円の損害賠償を求めて提訴した結果、東京地裁が女性の申告を「虚偽」と認定し、不倫の慰謝料と合わせて120万円の支払いを命じたのだという。

一方、男性も日産を相手取り、雇用継続を求めて横浜地裁に提訴。2018年の時点で解雇無効の判決を受け、東京高裁も日産の控訴を退けたため、すでに復職しているという。

とまあ、この記事を見る限り、男性には「部下の女性と不倫した」という落ち度があるにせよ、不倫相手の女性の嘘のせいで一時はレイプの濡れ衣を着せられ、大企業を解雇されるなど、とんでもない冤罪被害にあったような印象だ。そのため、ネット上では、虚偽のレイプ被害を訴えたとされる女性を非難する声が飛び交った。

しかし、判例データベースで横浜地裁の解雇無効判決(2018年3月29日、岩松浩之裁判長が宣告)を入手し、内容を検証したところ、この事件には複雑な事情があることがわかった。

◆避妊具無しの性行為に苦しんだ女性

判決で認定された事実関係を順にみていこう。

レイプの濡れ衣を着せられた男性はタイ人(1970年生まれ)で、2004年8月に日産と労働契約を結び、購買企画部で働いていた。そして2013年4月、のちにレイプ被害を訴える女性(1989年生まれ)が日産に入社し、購買部に配属されたことから2人は知り合った。この時点で40代前半だった男性は、主管(いわゆる部長クラス)の地位にあり、タイに妻子があった。一方、女性は20代前半で独身だった。

では、20歳近く年齢が離れた2人はなぜ、不倫関係に陥ったのか。

きっかけは2013年7月17日、男性が使っているSNSに、女性が友達申請したことだ。これ以降、2人は連絡を取り合う仲になった。

そして2人は同月中に早くも一緒にタイに渡航している。ただ、この時点ではまだ2人は不倫関係に陥っていたわけではない。男性はタイにいる妻子に会うために、女性は当時交際していたタイ人の男性に会うために同国に赴いたのだ。2人はタイに滞在中、現地でランチを共にし、楽しげな様子で一緒に写真を撮っている。

そして帰国後も2人は一緒に食事をするなどしていたが、2013年11月1日、ついに一線を越える。出会って約7カ月になる金曜日の夜だった。

夜8時30分頃に入ったパブ。女性は男性に対し、男性遍歴を打ち明けると共にタイ人の恋人への不満を漏らした。女性はビールをグラスで2、3杯飲んでいたが、これは彼女にとって普通の飲酒量だったという。

そしてこの後、2人はパブから歩いて7、8分の距離にある、男性が暮らすマンションに向かった。その道中では、2人は身体同士を接触させた状態だった。そして部屋に入ると、2人はベッドルームで性行為に及んだ。さらに翌朝、2回目の性行為したという。

これだけ見ると、男性が女性に性行為を強要したとは認めがたいと多くの人が思うだろう。ただ、判決には、次のように記されている。

〈原告(引用者注・男性のこと)は、その際に、避妊具を使用しなかった〉

妊娠を心配した女性は3日後、病院に行き、緊急避妊剤の処方を受け、服用している。結果、妊娠はしていなかったが、翌12月頃から胸が苦しくなるなどの症状に陥った。そしてこの頃、女性は交際していたタイ人の男性と別れている。

今振り返ると、このことがのちに女性がレイプ被害を訴えるきっかけの1つになったかもしれない。

判例データベースで入手した判決には、複雑な事情が記されていた

◆上司との性行為により彼氏と別れ、身体的不調が発現

その後も男性と女性は性行為を繰り返した。女性は男性が出張中の香港を訪ね、一緒に観光名所を巡り、性行為をしたこともあったという。

しかし、2人の交際は長くは続かなかった。香港での逢瀬からまもない2014年3月21日、女性が離婚するつもりはあるのか否か尋ねたのに対し、男性は「わからない」と答え、逆に「君はどうして欲しいのか」と尋ね返した。女性はこの時、何も答えず、2人は性行為をした。しかし翌日、女性から男性に「あなたは離婚する必要はない」と言い、別れを告げたという。

こうして2人の交際は終了したが、男性は交際中、女性の裸の写真を撮影しており、この写真も入れたフォトアルバムを作成し、女性に渡している。

その後、女性は新しいボーイフレンドができたことを男性に告げた。しかし、翌年になると医療機関を受診し、「過呼吸っぽくなるので、治したい」「2年前の12月頃、上司に性的虐待、暴力を受けて、当時の彼氏との関係が悪化して別れてしまい、それ以来、過呼吸が出るようになった」と申告している。

さらに女性は男性に対し、「あなたなんて大嫌い」とのメッセージを送信したり、女性の父(女性が幼少期に女性の母親と離婚し、女性とは別に生活していた人物)が男性に対し、「女性と不適切な関係にあったことについて警察に告訴する」と告げたり、金銭を要求したりすることもあったという。2人の関係は不穏な状態になっていたようだ。

そして2105年12月、女性が日産に、「男性から意思に反する性行為を強要された」と申告する。男性は日産側に対し、これを否定したが、信じてもらえず、2016年2月4日付けで懲戒解雇されたのだ。

このような認定事実に基づき、判決は男性の行為について、次のように批判的な見解を示している。

〈部下である女子職員を自己の性欲のはけ口として扱うに等しい不適切なものであって、企業内においてこのような行為が大手を振ってまかり通ることになれば、当該企業の職場の風紀や秩序が乱され、業務に支障を来すおそれがないとは言い切れない〉

また、判決は次のように女性に被害者的側面があるように判示している。

〈A(引用者注・女性の名前)は、原告と性行為をした結果、交際相手と別れることになり、胸が苦しくなる、過呼吸といった身体的不調が発現するようになっており、その職務の遂行状況にも悪影響が生じていることが窺われる〉

実を言うと、男性は女性と性行為をした経緯について、「初めて性行為をしたのは、2013年11月1日に女性が自宅に来た時ではない。2014年1月、女性が突然に自宅を訪ねてきて、自分のことを好きだと告白し、性行為をしたのはその後のことだ」と主張しており、事実関係に争いがないわけではない。

しかし判決を見る限り、20代の独身女性がせっかく入社した大企業で上司に「性欲のはけ口」にされて人生を狂わせたことまでは事実と認め差し支えないようだ。女性が120万円の損害賠償まで命じられたうえ、報道の断片的な情報しか知らない大勢の第三者にネット上で一方的に非難されているのは気の毒だと思う。

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史)。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』(画・塚原洋一)13話がネットで配信中。

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