今日は、なんの日か? 3月4日。見たまんま、「さんしんの日」なのだ。
「さんしん」とは、言うまでもなく、沖縄の芸能・文化に欠かせない楽器、三線。
元琉球放送の上原直彦さんの提唱により、1993年から、3月4日が「さんしんの日」となった。沖縄ではもちろんのこと、日本の各地、ハワイ、シカゴ、ブラジル、ロサンゼルス、南アフリカ、インド、フランス、北京、タイ、上海、ドミニカ共和国などでも、各種のイベントが開催されてきた。
20年ほど前までは、本土では「蛇皮線」などと言われていた、三線。
今では、三線の呼び名が本土でも定着した。
『島唄よ、風になれ! 「琉球の風」と東濱弘憲』(鹿砦社)でも、三線は熱く語られている。
「島唄」をヒットさせて、山梨出身なのに沖縄の人と思われることも多い、宮沢和史(THE BOOM)も、同書でインタビューに答えている。
三線なんか古いよと、エレキをもっていた沖縄の若者たちに、「島唄」は衝撃を与えた。
ロックのやつも三線を弾いている、古くはない、と見方を変えたのだ。
そうした意識の変化を、石垣島で育ってブルースを目指した、島袋優(BEGIN)も同書で語っている。
役者で沖縄噺家の藤木勇人(立川志ぃさー)も、三線を担いで観光客が来るようになったという、ウチナーンチュの驚きを同書で語っている。
宮沢和史は、読谷村と一緒になって行っている「くるちの杜100年プロジェクト」への想い語っている。
三線の普及で、三線の最良の材料となる、黒木(くるち)が減ってきてしまった。
それをなんとかしようと、黒木の苗を植えているのだ。
楽器になるには、200年、300年かかるか分からないという、未来を見据えた遠大な計画だ。
先の大戦では地上戦を経験し、今なお米軍の存在に脅かされている沖縄の人々だが、民謡を楽しむ心を忘れずに生きてきた。
三線の音色には、格別な響きがある。
「さんしんの日」に、沖縄の音楽に耳を傾けてみよう。
(深笛義也)