これは、日本人すべてが受け取るべき「遺言」だろう。
映画『遺言』は、福島第一原発の至近で暮らしていた、酪農家や農家の人々を追ったドキュメントだ。
放射能を浴びた牧草を食べた牛の乳は、出荷停止になった。
捨てるしかない牛乳も、牛の健康のために絞り続けるしかない。
餌をやり、牛舎を掃除するという作業を、酪農家の人々は淡々とやり続ける。
牛の一頭一頭に、名前を付けている人がいる。
牛のすべてに思い出がある、と語る人々がいる。
牛たちは処分されるために、トラックに乗せられて送り出されていく。
牛たちの顔をビデオに収める人がいる。涙をぬぐいながらずっと手を振る、おばあさんがいる。「悔しい」と絞り出すように声にする男性がいる。
「全部いなくなると、お互いに支え合っていたのが分かる」
牛たちがいなくなって、がらんとした牛舎を前にして、1人の酪農家はしみじみと口にした。
ぜひとも、この映画を見てほしいと思うのは、1人1人の表情や声に接してほしいからだ。
言葉にできないものが、そこにある。
取材・撮影も自らが務めた、豊田直巳、野田雅也の2人の共同監督が、人々に長く寄り添い、信頼を勝ち得たからこそ、撮られた映像だ。
「原発さえなければ」
ベニヤの壁にチョークで書き残して、1人の酪農家が、堆肥小屋で首を吊って命を絶った。
その現場が、スクリーンに映し出される。
「残った酪農家は原発に負けないで頑張ってください」
ベニヤの壁に残された、たくさんの言葉のうちの一つだ。
他の土地で酪農を続ける道を見つけた人々も、いつかは帰りたい、と口々に言う。
原発が奪い去ったものは、あまりにも大きい。
(深笛義也)
※『遺言』はポレポレ東中野で本日まで上映の予定だったが、3月15日・22~28日の追加上映が決定している。