15日の昼過ぎ、浜名湖連続殺人事件の被告人・川崎竜也(37)が最高裁への上告を取り下げ、一、二審で死刑とされた同被告の死刑判決が確定した。これには、いささか驚いた。私は川崎とは面会や文通をしていたのだが、川崎はこの日の午後3時から最高裁で上告審の判決を言い渡される予定になっていたからだ。
川崎は、裁判員裁判だった静岡地裁の一審、東京高裁の二審共に黙秘したこともあり、その人物像は謎に包まれていた。この機会に、私が取材で知った川崎の素顔を少し紹介しておきたい。
◆弁護人は無罪を主張したが、本人は……
川崎は事件を起こす前、浜松市で宅地建物取引士をしていたとされる。裁判の認定によると、2016年1月、以前の勤務先で同僚だった同市の無職・須藤敦司さん(当時62)を殺害し、遺体を焼いたうえで遺棄。須藤さんのマンションや車を自分の名義にしたり、須藤さんの口座から金を引き出したりした。さらに同7月、川崎は磐田市のアパートで知人だった京都市の工員・出町優人さん(同32)を刺殺。遺体をバラバラに切断して遺棄したという。
静岡地裁は判決でこうした事実を認定し、〈生命軽視の態度が著しく、一連の犯行は冷徹で残忍〉と指弾。川崎が黙秘したこともあり、須藤さんを殺害した方法や、出町さん殺害の動機は解明されなかったが、死刑を宣告したのだ。
そんな川崎について、まず何より知られていないのが「罪を認めているのか否か」ということだ。というのも、弁護人は裁判で一貫して「無罪」を主張しているが、川崎本人は裁判で起訴内容の認否についてさえ、黙秘して答えていないからである。
正解は、「認めている」だ。昨年8月、東京拘置所で面会した私に対し、川崎は笑顔でこう答えた。
「弁護士は無罪を主張していますが、私自身は無罪を主張していません。私は有罪でも納得していますから」
川崎によると、静岡地裁で裁判員裁判が始まる前、接見にきた弁護人に「黙秘する」と告げると、弁護人は「じゃあ、無罪を主張する事案ですね」と言い、「職務」として無罪を主張したという。そして控訴審以降の弁護人も一審の弁護人を踏襲し、無罪を主張したのだそうだ。
◆控訴、上告をした理由
では、有罪に納得しているのであれば、川崎はなぜ、控訴や上告をしたのか。その点を質問すると、川崎はこう答えた。
「黙秘権の判例を打ち立てたかったのです。それが自分の義務だと思いました」
実は川崎は法律に強い関心を持つ人物で、刑事事件の被疑者や被告人の権利についても色々こだわりがあり、そのために拘置所の職員と衝突することがよくあった。たとえば、「被収容者が午前中、身体を横にしてはいけないという東京拘置所の規則はおかしい」と主張し、房内で午前中に身体を横にして、懲罰を食らったこともある。
「無罪が推定される立場の未決拘禁者が、受刑者のように扱われているのはおかしいです」という川崎の主張は、私ももっともだと思った。しかし、人を2人も殺しておきながら、自分の権利をこんなに堂々と主張できるのは、やはりサイコパス的なところがあるのだろう。
◆「反省する気はありません」
実際、川崎は2人の男性の生命を奪い、遺体まで無残に損壊、遺棄したことについて、何ら罪の意識を感じていなかった。そして、こんなことを言っていた。
「懲役刑ならば、社会復帰のために反省し、更生の努力をしないといけないと思います。しかし、私は死刑を宣告され、更生を求められていないわけです。刑死して責任をとるので、反省する気はありません」
死刑になることは怖くないそうで、「それより死刑執行までに刑務官に人道的処遇をしてもらえるか心配です」とニコニコしながら言っていた。また、「6カ月以内に執行してもらっても構わない」とも言っていたが、悪ぶったり、強がったりしている様子はなく、明らかに本気だった。他人の生命だけでなく、自分の生命も軽く考えているわけだ。
ただ、そんな川崎が最高裁の判決が出る前に、上告を取り下げて死刑を確定させたのは、私にもまったく予期できないことだった。何しろ、先に述べたように川崎は、「黙秘権の判例を打ち立てたい」と言い、そのために上告したと言っていたからだ。上告を取り下げたことにより、川崎は結局、最高裁で判決を受けられなかった。これでは、上告した意味が無いのではないだろうか。
私は、川崎が上告を取り下げたのは、「自分の運命を決めるのは、裁判官ではなく、あくまでも自分だ」と意思表明したということではないかとみている。死刑が確定すると、面会や手紙のやりとりはできなくなる可能性が大きいが、川崎本人の考えを確認できたら、また改めて紹介させてもらいたい。
▼片岡 健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。拙著『平成監獄面会記』がコミカライズされた『マンガ「獄中面会物語」』(画・塚原洋一、笠倉出版社)がネット書店で配信中。