3月1日に判決が下される「子ども脱被ばく裁判」について、2月6日(土曜日)東京の茗台(文京区)で開催された緊急集会で、「子ども脱被ばく裁判」の弁護団長・井戸謙一弁護士がその概要と意義について講演を行いました。以下はその書きおこしです。(構成=尾崎美代子)

 

◆はじめに──大河陽子弁護士(進行)

本日のシンポジウムの趣旨を説明します。2014年8月29日に提訴された子ども脱被ばく裁判の判決が3月1日に出されます。この裁判は、大人が起こしてしまった原発事故において、子供たちの被害を最小限度に食い止めるには、今、国や県は何をなすべきか? また国や福島県の情報の隠ぺいにより、私たちは本来避けることのできた無用の被ばくを受け、今も受け続けているのではないかということを問題にした裁判です。子どもとその親たちが原告になりました。前例のない裁判ですが、テーマは「未来」です。今日は裁判のなかで明らかになったことをお伝えし、この裁判の意義を皆さんと考えていきたいと思います。

以下、井戸謙一弁護士による報告「裁判の概要と意義について」です。

◆「こども人権裁判」と「親子裁判」という2つの訴訟

この裁判は、2014年8月29日に一次提訴し、三次提訴までしました。2つの訴訟を併合提起して同時進行しています。1つは行政訴訟で、もう一つは国家賠償請求訴訟です。私たちは、行政訴訟を「こども人権裁判」と、国賠訴訟は「親子裁判」と呼んでいます。原告の数はこども人権裁判は14名です。当初は40人位の子どもが原告になりましたが、福島県内の小・中学生でなければならないという制限がありますので、多くの子どもが中学を卒業し、14名になりました。親子裁判は親も子供も原告になれるのですが、現在170名ほどいらっしゃいます。弁護団は19名ですが実働は6名で、東京、大阪、京都、滋賀に点在していまして、地元の福島にいないことが一つ残念なことです。全国にたくさんの支援団体があり支援していただいております。脱被ばく実現ネットもその中の大きな団体のひとつです。裁判所は福島地裁、裁判長は遠藤東路裁判長が担当しています。昨年の7月28日に弁論を終結しまして、きたる3月1日が判決です。

「子ども脱被ばく裁判」弁護団長の井戸謙一弁護士

◆なにを請求しているのか?

この裁判で何を請求しているのか。行政訴訟は、福島県内の公立の小・中学生である原告らが、被告である県内の市町に対して、被ばくという点において、現在の学校施設は健康上のリスクがあるから、安全な環境の施設で教育を実施することなどを求めています。国家賠償請求訴訟は、3・11当時、福島県内で居住していた親たちと子どもたちが原告で、被告は国と福島県です。国と福島県が不合理な施策をしていたことによって、子どもたちに無用な被ばくをさせて、原告らに精神的苦痛を与えたことによる損害賠償(1人10万円)を求めています。

被ばくによって健康被害が生じたということではなくて、いつ健康被害が発生するかもしれない立場に置かれた、そのことによる精神的苦痛を理由に損害賠償を求めています。

では「不合理な施策」とはなにかというと、1つめは情報の隠蔽、スピィーディやモニタリングなどの必要な情報を隠蔽したということです。2つめは安定ヨウ素剤を子どもたちに服用させなかったことです。3つ目は、年20ミリシーベルト基準で学校を再開させたこと。一般公衆のそれまでの基準の1ミリシーベルトの20倍の基準で学校を再開させたこと。4つ目は、事故当初、子どもたちは集団避難させるべきだったのに、それをさせなかったこと。5つ目は山下俊一氏などを使って「被ばく状況は安全だ」などとウソの宣伝をさせたことです。

2020年3月5日、山下俊一が出廷した裁判の前に福島地裁前でアピール(写真提供=水戸喜世子さん)

◆なぜ、裁判を起こしたか

次になぜこういう裁判を起こしたかについてです。私たち弁護団は「福島集団疎開裁判」という、郡山の子どもたちが郡山市に対して「集団疎開させてくれ」と訴えた仮処分事件を担当していた弁護士が中心です。その事件は仙台高裁で「このままでは福島の子どもたちに由々しい事態が生ずる恐れがある」ということを決定のなかで書かせることができました。

ただ、避難したければ自分で避難しろという理屈で、請求は棄却されました。それが終わったあと、何か次の裁判の申し立てをしたいということで、弁護団、福島の方々、そして支援する方々で何度も何度も話し合いをしました。そのなかで、福島の親たちの思いを少しづつ理解するようになりました。これは私個人の理解ですけれども、私は福島の親御さん、とくに避難区域外のお父さんお母さんがのたうちまわってきたという印象を受けています。強制避難の方も大変な被害ですが、避難するしかなかった。でも避難区域外の親たちは、避難するのかしないのかを、自分自身で決断することが迫られていた。

そのなかで、まずそれまで被ばくに対する知識がなかった。必要な情報が与えられなかった。ベクレルもシーベルトも最初はほとんどの人がわからなかった。「〇シーベルトだ」と数値を伝えられても、その意味がわからなかった。

他方、情報のある人がどんどん消えていく。東電とつながりがある人、知識のある人は早く逃げるので、だんだんそういう人が自分の周りから消えていく、そういう環境の中におかれていた。テレビをつけると「ただちに健康に影響はない」という枝野元官房長官の話ばかりが聞こえてくる。ただちに健康に影響ないというならば、将来影響がでるのではとどうしても思ってしまう。

行政はというと、安全宣伝しかしない。家庭だけでは守ることはできないが、学校はなにもしてくれない。3月の入試の合格発表も例年通り行われ、クラブ活動なども制限されずに行われたところがたくさんあった。4月の新学期も例年通り始まった。そういうなかで子どもの健康不良がでてくる。鼻血問題は、雁屋哲氏の漫画「美味しんぼ事件」で大問題になりましたが、現実にこの頃から、それまで経験したこともないような鼻血を出す子どもがたくさんでてきた。いろんな体調不良を訴える声も聞こえてきた。避難しなくてはと思うが、現実的にはなかなかできない。やはり行政の支援がなければ、避難は簡単にはできません。重大な決意をして避難しても、政府から「避難した人は子どもたちを被ばくリスクから守るために避難したのだから、避難先の人たちはそういう人たちを支えてほしい」というメッセージがなければ「必要もないのに、避難して来た。神経質なやつだ。」と避難先で差別の対象になってしまう。

そして親たちは、自分を責めるのです。「何故あのとき子どもをクラブ活動に行かせたか?」「なぜ給水車の列に子どもを並ばせたか?」「なぜ親からもらった地元の野菜を子どもに食べさせたのか?」と自分を責めるのです。

そして時間が経つと、だんだんわかってくる。いろんな知識を身につけることになる。例えば一般公衆の被ばく限度はもともと年1ミリシーベルトと定められていたこと。3月15日から、とくに福島の中通りには大変な量の放射性物質が飛散していたということがあとになってわかった。スピーデイという情報があったのに、それが隠されていたこともわかった。子どもを甲状腺がんから守る安定ヨウ素剤という薬があったが、これを飲ませてもらえなかった。しかも県立医大の関係者だけはこれを飲んでいたということがわかってきた。そして偉い先生だと思っていた山下俊一氏の言っていたことは、じつは嘘だったということがわかった。いざとなったら、行政は子どもたちや私たちを守ってくれないんだ。そういう行政によって子どもたちは無用な被ばくをさせられたのだ、結局私たちは捨てられたのだという、そういう思いがどんどん募ってくる。

福島の親たちは、もちろん事故を起こした東電に対する怒りも持っていますが、それ以上に国や福島県に対する怒りが大きいということがよくわかりました。そしてこの問題を司法の場で明らかにしたいという、そういう思いを多くの方がもっている。避難者の損害賠償請求訴訟は全国で多数ありますが、これらは事故を起こした東電の責任あるいは、規制権限を適切に行使しなかった国の責任を問うているものです。

これに対し、事故が起こったあとの被ばく対策、子どもたちを守るための被ばく対策が不十分だったことを問うた訴訟はなかった。これをぜひ司法の場で明らかにしたいという思いを、皆さんが持っていることがよくわかって、その思いに答える訴訟ということで、この裁判が起こされることとなりました。

同上

◆裁判の特徴と意義

この裁判の特徴を申し上げると、事故発生直後の行政の責任を問う裁判であること、しかも混乱状態の中で適切な措置をとれなかった過失責任を問うているのではなくて、意図的な被ばく軽視政策、意図的な法律無視が行われたと主張していることです。

なお、訴訟のテーマになっているわけではありませんが、これらの政策の背景には、IAEA(国際原子力機構)やICRP(国際放射能防護委員会)などの国際的な原子力利用推進勢力(国際原子力マフィア)の意思があると考えています。原子力推進勢力は、チェルノブイリでは避難させすぎたと評価している。原発事故の影響を小さく抑えるべきであり、そういう意味では福島では成功したと、恐らく評価していると思います。この「成功体験」は、今後世界で原発事故が起こった場合のモデルケースになるでしょう。更に、被ばくの問題を軽視するということは、最終的には小型核兵器使用の容認にまでつながる問題でもあります。

そしてこの訴訟の意義としては、

(1)翻弄された人々のくやしさ、怒りを見える化する。
(2)国や県の政策の問題点を白日にさらず。
(3)心ある科学者の方々が多数おられるので、そういう方々の仕事をつなぎ、社会に伝える。
(4)被ばく問題に心を痛めている人たちの希望の灯台になる。
(5)判決自体はどういう判決になるかわかりませんけれども、この被ばくの問題というのは、ヒロシマ・ナガサキから始まる長い長い闘いですから、次の闘いの橋頭保をつくる、

以上のような点を指摘できると考えています。

2020年3月5日、山下俊一が出廷した裁判の前に福島駅前でチラシ配り(写真提供=水戸喜世子さん)

原告団代表の今野寿美雄さん

◆前代未聞の裁判

このような経緯で始めたこの裁判ですが、前代未聞の裁判なので、裁判所も最初は面食らったとおもいます。当初被告は、特に行政裁判において、そもそもこんな裁判は審理する必要すらない、門前払い却下しろと主張していて、裁判所もそちらの方向でいこうと考えていたようです。

それに抵抗して、なんとかそれを乗り越えて、低線量被ばくの問題、内部被ばくの問題、そして国や県の具体的な行為内容の是非などの議論にはいりました。県民健康調査の問題や、セシウム含有不溶性放射性微粒子の問題に焦点をあてて主張してきました。そして我々の側で、意見書を書いていただいた郷地秀夫先生と河野益近先生の尋問を実施し、そして鈴木眞一氏、山下俊一氏という2人のキーマンの証人尋問を実施したことは大きな成果だったと思います。

内容的にはこちらの主張に対して、被告側はまともな反論ができてないに思っていますが、判決がどうなるかはふたを開けてみなければわかりません。今の段階でやれることはやりましたので、いい判決を期待して待っています。

■掴む勝訴! 第28回 子ども脱被ばく裁判 (判決)■
いよいよ判決です!!
6年半に渡った「子ども脱被ばく裁判」に判決が出されます。
ぜひご注目ください。
http://datsuhibaku.blogspot.com/2021/02/28.html

◎日時◎
2021年03月01日(月)12:00-17:00

◎会場◎
ラコパふくしま 5F 多目的ホール
〒960-8105 福島県福島市仲間町4-8 ℡024-522-1600
福島地方裁判所
〒960-8512 福島市花園町5-38 ℡024-534-2156

◎プログラム(予定)◎
12:00 福島地裁前集合・地裁前集会
13:00 傍聴券配布
13:30 開廷 判決
14:15 閉廷
15:00 記者会見
16:00 報告集会
17:00 閉会
*アオウゼにて報道関係者は必ず腕章を付けてください。

◎判決前記者会見及び記者レクチャー◎

東京会場:東京司法記者クラブ
2月26日(金)13:00から13:30
〒100-0013 東京都千代田区霞が関1-1-4 東京裁判所2F

福島会場:アオウゼ大活動室
2月28日(日)17:00から19:00
〒960-8051 福島県福島市曽根田町1-18 MAXふくしま4F


◎[参考動画]シンポ「子ども脱被ばく裁判」3.1判決迫る(脱被ばく実現ネット2021年2月6日)

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

『NO NUKES voice』Vol.26 小出裕章さん×樋口英明さん×水戸喜世子さん《特別鼎談》原子力裁判を問う 司法は原発を止められるか

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