◆第2次安倍政権時の生活保護費減額は違法

大阪府内に住む生活保護者42人が、生活保護費の引き下げは生存権を保障した憲法に反するとして減額取り消しなどを求めていた訴訟で、2月22日、大阪地裁(森鍵一裁判長)は、自治体の減額決定を取り消す判決を言い渡した。

同様の裁判は、全国30ケ所で起こされており、2020年6月名古屋地裁は、引き下げは厚労相の「裁量の範囲内」と原告の訴えを棄却していた。原告側の勝訴は今回が初めてである。


◎[参考動画]【全国初の判断】生活保護費引き下げは違法 大阪地裁「整合性を欠き裁量権の逸脱があった」

2012年12月26日に発足した第2次安倍内閣は、物価の下落などを理由に、生活保護基準の見直しを行い、保護費のうち食費や光熱費など日常生活の費用である「生活扶助」を、2013年~2015年にかけ、平均で6.55%、最大で10%引き下げた。これにより、約9割の生活保護者の保護費は減額され、その削減費用は約670億円にのぼった。

この引き下げについて、今回大阪地裁は、
(1)厚労相(当時)による生活保護基準の減額改定は、客観的な数値や専門的知見との整合性を欠く。
(2)減額の判断過程や手続きに過誤や欠落があり、生活保護法に違反し、違法である。
(3)自治体の減額決定を取り消す、とした。

高齢や病気のため生活保護を受けている人たちにとっては、月数千円の減額でも命取りになりかねない。原告団の共同代表の小寺アイ子さん(76歳)は、毎日10種類以上の薬を飲む難病を抱えているが、この間生活保護費は約1万円近く引き下げられた。食費を削るしかないと考え、500円~600円の材料費で作ったおかずを冷凍しながら1週間食べ続けているという。医師から「バランスのとれた食事を採るように」と助言されているが、それも叶わない。判決後の報告集会でアヤコさんは「今の生活は苦しいんだという思いが、裁判長の心に深く刺さったのだと思う。涙が止まらない」と語った。

先週センターで野宿していた男性が亡くなった。役所が何度も生活保護を勧めていたが、頑なに拒否していた

◆まだまだハードルの高い生活保護制度

第2次安倍政権下で行われた生活保護費の減額問題については、今回の判決で初めて知った方も多いだろう。コロナ禍で失業者や生活困窮者が増大するなか、1月27日の衆院予算員会で菅首相は「政府には最終的には生活保護という仕組みがある」と得意げに答えていたが、実はこのような実態があったのだ。

そもそも日本の生活保護の「捕捉率」(制度の利用資格のある者のうち現に利用できている者が占める割合)は15.3%~29.6%と国際的にも非常に低く、本来生活保護を受けられる世帯の7割以上が受けられていない状態にある。その背景には、生活保護を受けるには「預貯金がない」「不動産、車など財産がない」などの厳しい縛りの条件があるうえ、申請者の家族などの経済的状況を調べ、申請者を援助(扶養)できるかを調べる「扶養照会」などもあるからだ。

「所持金がゼロになるくらいボロボロになったら、話を聞いてやる」くらいの高いハードルが立ちはだかっており、菅首相が得意げにいうほど、甘くはないのだ。こうしたハードルを1つ1つ取り除き、更に受けやすくしなくてはならない。

◆受給者切り捨てで肥え太る派遣会社の実態

菅総理の「最後には生活保護がある」発言から、生活保護制度に関心が高まっていた矢先の1月28日、新聞「赤旗」が、生活保護者切り捨てで超え太る派遣会社の実態を報じた。大阪市が、大手派遣会社に業務委託していた「総合就職サポート事業」で、生活保護者に仕事が見つかり保護を廃止した場合、業者に一人あたり6万1,111円の報酬を加算していたとのことだ。

この事業で就職した人の数は2019年度で2,732人、生活保護を廃止した数は146件だった。委託業者のパソナアソウ・ヒューマニーセンター(麻生太郎財務大臣の弟・麻生泰が会長をつとめる麻生グループの人材派遣会社の一つ)などに加算された報酬金額は、計1,674万9,797円、逆に就職率が低かった場合には、委託料が減額されることもあったという。

このような大手派遣業者などの外部企業に業務委託する方針は、2019年12月に国会で閣議決定された。これについては、専門外の民間への委託は違法であること、職員の専門性が低下する、プライバシー保護問題、成果主義の広がりの危険性など様々な問題点が指摘されていた。水際作戦で保護にまでたどり着くまでも困難だが、保護を受けたのちも、こうした「就労支援」で保護が切られ、一方で麻生太郎の親族が経営する派遣会社などがボロ儲けしていたとは。ケースワーカーの執拗な嫌がらせで保護の辞退に追い込まれた知人の例を紹介する。

C型肝炎が悪化し、顔がどす黒くなり、生活保護を受けることになったAさん(50代)。治療を受け顔色も良くなった頃、ケースワーカーに仕事を進められる。体調が良い日に働けたらと露店商を始めた。おもちゃ屋で仕入れたぬいぐるみや携帯ケースなどの小物を売って100円、200円稼ぐ小商いだ。

ある日、Aさんが収入の申告に行ったところ、担当のケースワーカーが「Aさん、2月4日の売り上げは2,000円と書いてありますが、あの日は2,450円売ったはず」という。「そんなことはない、2,000円ですが」と返すと「いや、絶対2,450円だ」としつこい。

「なぜか?」と聞くと、ケースワーカーが隠れてAさんを見ていたという。(俺は犯罪者なのか?)。傷ついたAさんは自ら生活保護を辞退。治療も受けられなくなり顔は再びどす黒くなり、人間不信からうつ病も発症。「もう一度役所に行こう」という仲間の助言も聞かなくなり、その後行方もわからなくなってしまった。 

◆「本当に長い裁判でした」──「釜ヶ崎医療連絡会議」の大谷隆夫さんに聞く

今回の判決について、釜ヶ崎で長く生活保護問題に携わり、裁判にも関わってきた「釜ヶ崎医療連絡会議」の大谷隆夫さんにお話を伺った。
 
── 今回の判決はどのように評価されていますか?

大谷 理屈で言うならば、負けるはずはない裁判だと思っていましたが、昨年6月の名古屋地裁では負けているので、どうなるだろうかと思っていたが、生活保護利用率が全国でも一番高い大阪で勝った意味は非常に大きいと思います。それにしても本当に長い裁判でした。(裁判提訴日は2014年12月19日)原告の1人であった、医療連メンバーの越前和夫さんは、昨年9月24日に亡くなったが、勝訴判決が出されたことについては、天国で喜んでくれていることと思います。

大谷隆夫さん(釜ケ崎医療連絡会議)

── コロナ禍で生活保護を受ける人が増えていると思いますが、医療連で関わった人はどのくらいおられますか?

大谷 コロナ禍で生活保護を受ける人が増えて来るだろうと思っていましたが、今のところ、「コロナで失業して生活保護を受けたい」という相談は、医療連には来ていません。この理由については、コロナで失業した生活困窮者に対して、今のところ、国の方が積極的にお金を貸し付けているのがその背景として考えられます。あと根が深いのが、生活保護を運用する現場ケースワーカーの資質であり姿勢の問題です。コロナ感染が始まった、昨年2月22日、大阪府八尾市のアパートの一室で、この部屋で生活保護を利用していた、57歳の母親と24歳の長男の遺体が発見されました。死因は、母親は処方薬の大量服薬、長男は餓死と判断されました。この事件を受けて、法律家・学識経験者・支援者などによって「八尾市母子餓死事件調査団」が結成されこの事件の調査が開始され、この調査で改めて明らかになったのが、八尾市のデタラメな福祉行政の実態でした。生活保護制度自体がどんなに素晴らしいものであっても、現場できちんと運用がされなければ、「絵に描いた餅」に過ぎないということを、菅首相は、是非とも、肝に命じて欲しいと思います。
 

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JR新今宮駅前に建つあいりん総合センターの周辺には、コロナ禍で困窮した人たちが居場所を求めてやってくる。権利である生活保護はどんどん利用されるべきだが、まだまだ高いハードルがあるようだ。

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

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