読売新聞が3月7日、ホームページで次のような記事を配信していた。

【独自】米大統領選のデマ発信サイトに大手企業の広告…銀行や車など10社

記事によると、昨年のアメリカ大統領選で「不正があった」というデマが日本のSNS上で拡散したが、多くのデマの発信源となった「まとめサイト」に少なくとも10社の大手企業の広告が表示されていたという。記事では、各企業の反省のコメントも紹介されており、要するに同紙は「大手企業がデマを発信するサイトに広告を表示させるべきではない」と訴えたいようだ。

これは壮大なブーメランではないだろうか。筆者は率直にそう思う。これまで様々な冤罪事件を取材してきた中、読売新聞を含むマスコミ各社の酷いデマ報道を数え切れないほど見てきたからだ。

デマ発信サイトを叩く読売新聞の記事(2021年3月7日付)

◆冤罪の西山美香さんを「殺人犯」と決めつけていた読売新聞

たとえば、滋賀県の元看護助手・西山美香さん(41)が昨年、再審で無罪判決を勝ち取った湖東記念病院事件に関する読売新聞の報道もそうだった。

西山さんは2004年7月、男性患者の人工呼吸器のチューブを外して殺害した容疑で逮捕され、裁判で懲役12年の刑を受けて服役。再審請求後、弁護側の調査により男性が本当は「病死」だったと証明され、逮捕から実に16年で雪冤を果たした。

同紙は2004年、この西山さんが逮捕された際にこう報じている。

滋賀の病院で呼吸器外し患者殺害 容疑の元看護助手を逮捕 待遇に不満
(大阪本社版2004年7月7日朝刊1面 ※「ヨミダス歴史館」より)

実際には、患者の死因は「病死」だったのに、「殺害」と決めつけている。しかも、西山さんが動機について「病院の待遇に不満があった」と虚偽の自白をしていたことについて、「待遇に不満」と地の文章で書いている。これでは、西山さんが本当にそういう動機で患者を殺害したかのようだ。

さらに同紙は翌日に出した続報で、次のように報じている。

患者殺害の西山容疑者「看護師に見下され…」先月、出頭し自供
(東京本社版2004年7月8日朝刊35面 ※「ヨミダス歴史館」より)

「患者殺害の西山容疑者」は、西山さんのことを完全に殺人犯と決めつけた表現だ。この記事を目にした世間の人たちは西山さんがクロだと思い込んだことだろう。

読売新聞が「デマを発信したメディアに、大手企業の広告が表記されるのは問題だ」と考えているのなら、まずはこのような記事を出した自社の紙面を見直し、広告を出している企業にコメントを求めるべきだ。

◆新聞社はネットメディアの不正確さを叩くことが多いが…

おそらく筆者がここで指摘したことは、筆者以外にも気づいた人が多かっただろう。新聞社は重大な冤罪が明るみに出るたび、冤罪を生んだ捜査や裁判を批判するが、実際には新聞社自身、冤罪被害者が逮捕された際に犯人と決めつけた報道をしていることは一般常識だからだ。

新聞社は自分たちの権威を保つため、ネットメディアの不正確さを叩くことが多いが、そんなことをしても権威など保てないからやめたほうがいい。それよりも、重大な冤罪が明るみに出た時などには、捜査や裁判の問題より自社の報道の問題を検証したほうが、よっぽど社会の多くの人から信頼を得られそうだし、長い目で見れば得なのでないだろうか。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など

タブーなき月刊『紙の爆弾』2021年4月号

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)