子供の頃はウォークマンが憧れの機器だった。今となっては、カセットテープなんて随分不便なものだったと思ってしまうが、それが普通の時代においては、その環境での楽しみもあった。まずテープに録音する曲順を考える。これが楽しい。私が本格的に音楽を聴くようになった80年代終わり頃には、既にCDがレコードにとって代わっていた。CDの曲順そのままにテープに入れるのもいいが、テープの長さの都合もあるし、好きじゃない曲を前の方に入れると早送りする手間が増える。特にテープの1曲目のヘビーローテーション率はものすごく高くなるので、相当に好きな曲を入れる必要もある。CDもテープも好きなだけ買えなかった中学生ぐらいまでは、レンタルしたCDをどのようにテープに割り振るかが、大変重要なのだ。
高校に入って、CDウォークマンを買った。といってもソニーの製品ではなかったので、正確には「ポータブルCDプレイヤー」だ。いちいちテープにダビングしなくても、その日の気分でCD2,3枚カバンに詰めて、CD音質を通学中に聴ける。片道40分ばかりの電車通学が楽しくてしょうがなかった。学校よりも、行き帰りにイヤホンで音楽を聴くために、通学をしていたような記憶すらある。
CDウォークマンはカセットのウォークマンより難点が多かった。CDであるがために衝撃に弱く、ラッシュ時の電車内では頻繁に音が飛ぶ。酷い時はそのまま止まってしまうこともあった。CDを納めるためにカセットテープ型よりも大型になってしまい、カバンの中でかさばるのも悩みの種だった。テープにダビングする手間は必要ないが、好きではない曲だからと飛ばしていたら、CD1枚で40分も持たない。CDを入れ替えるのは結構手間になる。そのせいか、CDアルバムを頭から最後まで通しで聴く習慣も付いた。これは良かったのかもしれない。
大学生になった年に、MDウォークマンを買った。これもソニー製ではない。なのにポータブルプレイヤーは全部ウォークマンと言っていたし、それを間違いだと指摘する人もいなかった。もはやウォークマンという言葉は商品名ではないというぐらい、知名度の高い単語だった。MDはカセットテープより高音質で劣化しないし、テープのように好きな曲順で入れられる。CDより音質は悪いが気になるほどの差はないし、CDより持ち運びには長けている。カセットテープとCDの両方のいいとこどりのようなメディアだった。
大学まで片道2時間かかっていたので、MDは大変重宝した。この頃から音楽欲とでもいうか、聴きたい音楽は山のように増えてき、CDもよく買ったがお金が付いていかず、レンタルをしてはせっせとMDにダビングを繰り返していた。膨大な量のMDが溜まったが、やがてMP3の時代になると、膨大なMDが邪魔になってしまった。
ポータブルMP3プレイヤーが出た時は衝撃的だった。あまりの小ささに全く場所を取らず、高音質で、カセットテープやMDをはるかに超える大量の曲数が持ち運べる。今までの機器すべてを超越していたのだ。必死に過去のCDやMDをMP3に変換した。MP3データは膨大な量になったが、全く場所も取らない。CDは捨てられないが、MDを捨てた分部屋もすっきりした。
これ以上のポータブル音楽機器は無いだろうと思っていたら、今はスマートフォンさえあればポータブルMP3自体が不要になるという、とんでもない時代だ。スマートフォンがそのまま、音楽プレイヤーになるのだから、わざわざ音楽プレイヤーを持ち歩く必要性はなくなった。私のスマートフォンは、音楽プレイヤーにおまけで電話とメールが付いているようなものだ。
発想の貧困な私の脳では、次にどんなポータブル音楽プレイヤーが出るのか、想像もつかない。スマートフォンがそうであるように、もはや「音楽プレイヤー」を単独で持ち歩くことは、無いのかもしれない。それも時代の進化と思い、次世代機を楽しみに待ちつつ、不便だったが宝であったカセットテープやCD時代のウォークマンを、懐かしく思う。
(戸次義継)