◆捨て切れない情熱
近年、引退する選手も居れば、ブランクを経て再起する選手も居て、負け続けてランクが下がっても戦い続ける選手が居たり、50歳を超えてデビューしたり、何度も復帰したり、昔から見れば考えられないような選手層が存在するプロのキックボクシング競技である。
昔のプロボクシングやキックボクシングでは、頂点を極め、年齢も30歳を超えた上で王座陥落すると、引退濃厚となる場合がほとんどだった。
そこで引退を宣言していなくても、ある程度ブランクを作れば引退同様とした空気が流れる。しかしそこから再起する場合、「俺はまだ終わっていない!」「まだ若い者には負けない!」といったそんな想いは叶わず、無残に散っていくベテランは多かった。
◆待ち構える現実
プロボクシングでは頂点を極めた選手が、ランクがどんどん下がっても延々と戦える競技ではないが、今も現役を貫く辰吉丈一郎がいる。2008年には最終試合から5年経過。規定によりJBCに引退扱いとされて以降、自身にとっての日本での輝かしい世界奪還は叶わぬ夢となった。
すでに30歳を超えてから世界王座陥落し、奇跡と言われた返り咲きを2度果たし、陥落の度に引退を勧められながら勝機ある自身を信じ、再起した輪島功一。思うように動けなかったのが最後の挑戦でのエディ・ガソ戦で、最後は無様な姿を晒すことになった。栄光のチャンピオンの多くが経験した最後に迎える厳しい現実だった。
キックボクシングが低迷期から再び軌道に乗り出した1985年、元・東洋フェザー級チャンピオンだった松本聖が再起に乗り出し2年ぶりのリングに上がると、かつての名チャンピオンのオーラは衰えぬも、若いランカーに苦戦の引分けに終わった。たかが2年でも、それまでと違った業界の上向きで選手が活気を増した時代に差し掛かった時期だった。
元・ムエタイ殿堂チャンピオンの藤原敏男も引退から4年半経った頃、かつての後輩のじれったい試合を見て、リング上で復帰宣言したことがあった。業界を後押ししたい想いがあったのだろう。実現しなかったが、すでにテンカウントゴングに送られた立場、周囲の意向があったと思われる。
自分たちの時代に無かったK-1やRIZIN、KNOCK OUTなどの地上波全国ネット放送される場合もある大舞台で、「俺も戦いたかった!」と思う元・キックボクサーは当然ながら多く存在する。
WBCムエタイで、インターナショナル王座まで駆け上がったテヨン(=中川勝志/キング)は、2016年7月の試合を最後に眼疾患の影響で現役を退いたが、治療の成果で回復し、かつて自身が倒した相手が「KNOCK OUT」に出場している姿を見て、「俺もあのリングで戦いたい!」と復帰が頭を過ぎったという。
選手としての気持ちは捨てきれない当時24歳という若さがあったが、仕事や妻子ある家庭のこと、任されているジム運営を考え、後も一般社会人として全うすることに専念している様子。テヨンの場合は自ら心のブレーキを掛けるというパターンであった。
◆強制執行
大相撲は言うまでもないが、現在の規定では引退(廃業含む)したら復帰はできない。
プロボクシングは引退後の復帰は可能だが、規定のライセンス取得と、プロモーターに必要とされる存在でなければ試合を組んで貰えない厳しさがある。
過去に幾つかあった、引退テンカウントゴングに送られた元・選手が数年後に復帰した例があるが、観衆の前でテンカウントゴングに送られてからの復帰は疑問視され易いだろう。
ならば引退テンカウントゴングはやらなければ復帰は問題無いとなってしまうが、辰吉丈一郎と同様に、年齢制限と最終試合から5年経過で引退扱いとする区切りは必要だろう。
しかしそれは確立したプロボクシングだからこそ出来るJBCルールであり、団体乱立の上、制約の無いフリーのプロモーションでやっていく方が楽とも言えるキックボクシングでは徹底は難しい。
ある元・チャンピオンの言葉だが、「引退式は結婚式に共通する部分、それはどちらも新たな人生の出発点である!」という。
「結婚式に高い御祝儀出したのに1年足らずで離婚とは何事だ!」と招待客が嘆く有名芸能人の離婚と、キックボクサーの復帰は比較にならないが、盛大に引退セレモニーが行われる名選手の後援会等から贈られる御祝儀はそこそこ高額になるようで、「復帰してもう一回引退式やりたいな!」と冗談を言われたが、引退テンカウントゴングは常識的には一度のみだろう(勇退や追悼は別物)。
◆花の命は短くて
かつての隆盛を極めた1990年代までのムエタイは「花の命は短くて」と言われるほどチャンピオンの座に居られる時間は短かった。それは地方から次々と若い素質有る選手がバンコクへ押し寄せ、選りすぐりの中から勝ち上がった者が挑んでくる勢いが延々止まないことで、若くしてのベテランはどんどん第一線級から脱落していった。
日本はそんな勢力は無い競技人口の中、現役を退いた選手の中にも「復帰する気は無いが、しようと思えば出来るなあ!」と、現役時代より体調がいいと思ったという選手も多い。
だがそれは、「強かった頃の己だけの時間が止まっている錯覚だ!」という声も聞かれた。現役の引き際は納得いく形でカッコよく去ることは難しい。飛鳥信也氏のように、その時対戦可能な最強の相手にブッ倒されての完全燃焼がいちばんカッコいいかもしれない。
▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」