地方在住のK氏は、ご自身がオリンピック出場経験を持つ。長年熱心にスポーツ指導に当たっている方だ。マイナー競技のため、もともと練習環境が良いとは言えず、コロナ禍においてはもちろん特別な優遇を受けることもない。K氏は元々オリンピック選手育成を目標の一つに活動を続けられてこられた方である。つまりわたしのような「五輪反対」論者ではない。
しかし、1年以上感染予防対策を厳守しながら、地道な練習指導が余儀なくされるなか、K氏は選手や家族、地域の方々の健康を守ることが最重要と考え、指導を続けてきたが、コロナ感染拡大下での、オリンピックの強行開催に疑問を抱き始めたという。ちなみにK氏が五輪に出場した時代は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)がまだ治療薬も発見されていない時代で、細かな注意が与えられた記憶があるという。
五輪開催が現実となりつつあり、政府の対応に疑問がわいたK氏は、直接政府に意見を述べようと、頻繁に目にする感染防止の広告に記載されていた『内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室』に電話をかけて自らの思いを伝えた。
このやり取りは、録音を含め匿名を条件にK氏からご提供いただいたものを、わたしの文責でまとめたものだ。元の会話は20分を超えるが、中心点だけをまとめた。会話節々に見られる、担当者の逡巡と、本音。そして担当者の最後の発言に注目していただきたい。
◆オリンピックはこのままやるんですか?
K氏 今はコロナが大変ですよね。インターネットに内閣官房の「コロナに気を付けましょう」という広告が出てくるので、確かにそうだなと見ているのですが、一方で、オリンピックはこのままやるんですか?
内閣官房 私の知っている範囲では、そういうふうに報道されていると思います。
(K氏が地方に住んでいるけれど、気を緩めずに感染予防対策を守っていることを説明)
K氏 オリンピックはやるんですか?
内閣官房 私は内閣官房の新型コロナ感染症対策を進める部署にいるので、オリパラをどういうふうに開催するかを決定する部署とは別の部署です。私も報道ベースでしか存じ上げないのですが、現時点では残念ながら開催されるということは知っているというところです。
K氏 今「残念ながら」とおっしゃいましたけれども、感染対策をしていらっしゃる方からすれば、日本の中でも「動かないで」と言っているのに、海外から10万人も来たらコントロールできますか。
内閣官房 個人的な見解ですけれども、なかなか難しいと思います。(略)
◆病気に役所の垣根は関係ありません
内閣官房 我々はオリパラの直接的な対策を主唱している部署ではなく、水際対策でしたら厚労省さん中心、オリパラの具体的な運営は丸川大臣のところとなっています。
K氏 お役所的にはお仕事の分け方があると思いますが、病気に役所の垣根は関係ありませんので、病気が増えてきた時には、結局対応しなきゃいけない人がしなくてはいけなくなるのではないでしょうか。今電話に出ていただいている方がなさっていることがおかしいと言っているわけではないんです。政策というのは、基本は同じところを向いていなかったら一生懸命やっていたって、それが成立しないのではないでしょうか。特に感染症で私たちが知らないような体験をしているわけで、それを従来通りの「自分の仕事はここまで」とか「自分の職掌はここまで」と、みんなが言っていたら、結局最後は誰も責任を取れなくて大変なことになってしまうということになりませんか。
内閣官房 おっしゃる通りかと思います。
K氏 かと言って、内閣府にお勤めの方は、内閣府のお仕事の範囲でしかできないことはわかります。お役所に勤めている方の厳しさはわかるんですけど、建前でどうにもならないところまで来ていませんか。やめた方がいいと思います、こんな時にオリンピックなんて。感染予防から見たら、オリンピックなんて言語道断ですよ。(略)
◆示しがつかないと思います。運動会などもできない状況ですから
K氏 感染広げたら人の命に関わるかもしれないという意識をもって生活してるんです。家の近所のお店もいっぱい潰れてますよ。その片一方でこれからオリンピックやるって「狂ってる」と思います。「狂っている」という言葉に同意してくださいというわけではないですけれど、感染予防ということから言ったら一生懸命お仕事なさっているところの筋と違いますよね。
内閣官房 私は、政治家の方々が決めたことを粛々とやっていくというのが公務員の立場なので、あまりとがった意見を申し上げられないのですが、個人的にはおっしゃる通りだと思います。示しがつかないと思います。運動会などもできない状況ですから。
K氏 ええ、運動会も盆踊りもみんなやめているわけですよ。それらをやめているのに、昔の東京オリンピックの時と時代も状況も違うのに、普段よそから人を入れないよとやっているのに、世界的にもデルタ株が広がってきているのに。イスラエルがマスク着用の義務をまた復活したでしょ。屋内だけでなく屋外も着用義務を始めましたよね。イスラエルって成人ほとんどがファイザーのワクチンを打ってるわけですから、ワクチンが効かなかったということでしょう。
内閣官房 はい。
◆私もどうかと思います……
K氏 日本は65歳未満の一般の人でワクチンを打ってる人は少ないと思います。ワクチンが効くかどうかもわかりませんが、そこへ人がドッと入ってきたら感染がバーッと広がるのは、火を見るより明らかだと思うんです。予見できない災害というものはありますが、オリンピックで人がたくさんやってこられるということは、素人が見ても「絶対爆発するな」と予見できるわけです。内閣府の感染予防の担当の方からご覧になっても多分それは共有していただけるんじゃないかなと思うんです。
内閣官房 はい。
K氏 何かおかしいですよね。
内閣官房 そうですね。おっしゃる通りだと思います、個人的には。
K氏 お忙しい電話に出ていただいている方にこれ以上私の気持ちをぶつけても申し訳ない。一生懸命なさっているのに。
内閣官房 いえいえ、改めまして感染症対策に日頃から熱心に取り組んでいただいているということが、このお電話を通してよく理解できました。最近はマスクをしないで歩いている方も見かけるので、そういう中でも熱心に取り組んでいただいてありがとうございます。
K氏 お忙しいのに長い時間ありがとうございました。こういうことをちょっとわかっていただきたくて。
内閣官房 個人的にはよくわかります。私もどうかと思います。ぜひ有権者の方々にはしかるべきところに投票していただきたい、本当にそう思います。
K氏 ありがとうございました。
◆「ぜひ有権者の方々にはしかるべきところに投票していただきたい」
「ぜひ有権者の方々にはしかるべきところに投票していただきたい」録音を何度も聞き直したが、担当者は明確にそう発言している。「しかるべきところ」に投票行動が行われていたら、こんな事態にはならなかった、あるいは「こんな事態を招いた政権ではないところに投票してほしい」と理解するのが妥当だろう。貴重な音源を提供してくださったK氏に、深く感謝するとともに、「崩壊したダム状態」であるこの国の現状を再度直視したい。
▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。