◆一般人の非英雄的反体制的言論活動
昔も今も、人間が考えたりやることは同じなのだなぁ……。あらためてそう思わされたのが、高井ホアン著「戦前不敬発言大全」(合同会社パブリブ刊・2019年)である。
国民を監視して弾圧し続けた特高警察(特別高等警察)による「特高月報」に掲載されている、一般市民による天皇批判や反戦的言動の記録をまとめた本だ。
日中全面戦争が始まった1937(昭和12)年から太平洋戦争末期の1944(昭和19)年まで、つまり戦前というよりは戦中の庶民のホンネがのぞける。
本書の帯には、「天皇の批判を投書や怪文書でコッソリ表明……犠牲を顧みる一般市民の非英雄的反体制的言論活動」とあるように、一般人の不敬表現や反戦表現をチェックした記録だ。
特高による監視弾圧活動は、たとえば共産党や宗教団体や労働運動にかかわる人に関しては、ある程度記録され、書籍等にもなっている。
ところが、組織とのかかわりが不明か、あるいは無関係の一般人・普通人の言動が記録されているのは珍しい。
◆戦中の“匿名掲示板”を見る思い
どんな言論表現活動かというと……。
「早く米国の基地にしてほしい」
「天皇陛下はユダヤ財閥の傀儡だぞ」
「実力のある者をドシドシ天皇にすべきだ」
などというありさまだ。なんだか今はやりの謀略論的な内容も記載されている。もう少し見てみよう。
《五月二十三日大阪市南区鰻谷中之町(心斎橋筋)の公衆便所内壁窓横手に鉛筆を以て「戦争反対」「天皇ヲ殺セ」と落書きしあるを発見す(捜査中)》特高月報 昭和13年5月号
あまりにストレートな表現だ。
《昭和15年12月 大阪市東成区北生野町一ノ五六 浜野三五郎(36)(中略)「何んだ天皇陛下も我々も一緒じゃないか機関銃でパチパチやってしまえ」と不敬言辞を弄す。(二月十九日不敬罪として検事局へ送致》(特高月報 昭和16年2月号)
住所氏名年齢などが記載されて送致されたりしている事件も記載されているが、匿名の落書きもまた多い。
《五月十三日南海鉄道高野線北野田駅構内便所に鉛筆にて「生めよ殖やせよ陛下のように 下手な鉄砲数打ちゃあたる」と落書きしあるを発見す。(大阪府)(捜査中)》(特高月報 昭和16年5月号)
ちなみに本書は第1巻であり、第2巻『戦前反戦発言大全』と合わせ1184ページに約1000の発言が収録されている。
全般を通してみると、まるで巨大掲示板のようだ。あるいは、ツイッター、フェイスブック、匿名ユーチューバーを彷彿させるところもあり、遠い昔のこととは思えない。
およそ80年前の庶民と現代に生きるわれわれとの時間の隔たりが感じられず、つい最近の出来事のかのような錯覚にさえ陥る。
◆希望と絶望が同時に
現在でも、政権批判やマスコミ批判、御用文化人などを揶揄したり、SNSが普及したことによってさまざまな試みが見られる。
かつても、素朴な怒りや疑問を表現した膨大な人々がいる。本書のページをめくっていくと、人々の息遣いや温かみすら感じてくる。
ひどい時代でも、まっとうで反骨心ある人々が少なからずいたことに希望を持てる。しかし彼らは組織化されず、その言論は広がることはなかった。
では、現在のSNSの言論表現はどうだろうか。何かを生み出すことはできているだろうか。もちろん、戦前戦中に比べれば直接的な弾圧法規は激減しているし、インターネットの発達により量的拡大はしているが……。
本書に描かれた戦中巨大掲示板を知ることで、現在とこれからの社会をどう考えればいいのだろう?
◆25歳で本書を著わした高井ホアンとは?
著者の経歴を知って驚いた。
高井ホアンは1994年生まれの27歳。本書を世に出したのは、まだ25歳だった。
著者プロフィールによれば、日本人とパラグアイ人とのハーフで、「小学校時代より『社会』『歴史』科目しか取り柄のない非国民ハーフとして育つ」とある。
彼がどのような思いで本書を執筆し、SNS全盛の現代をどうとらえているのだろうか。本人を招いて講演会を企画した。
2021年9月18日(土)
「消されなかった戦中の“匿名掲示板”から今を考える」
講師:高井ホアン氏(作家・ライター)
日時:9月18日(土)
13時30分開場、14時開始、16時30分終了
場所:雑司ヶ谷地域文化創造館 第3会議室
https://www.mapion.co.jp/m2/35.71971291,139.71364947,16/poi=21330448165
交通:JR目白駅徒歩10分、東京メトロ副都心線「雑司ヶ谷駅」2番出口直結
資料代:500円
主催:草の実アカデミー
【申し込み】(定員18名)
フルネームと「9月18日参加」と書いて下記のメールアドレスに送信してください。
kusanomi@notnet.jp
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・受付の名簿に必要事項をお書きください。
・会場入りの際は手洗いかアルコール消毒をお願いします。
・会場内ではマスク着用をお願いします。
・暑くても窓を開けて換気をするのでご了承ください。
▼林 克明(はやし まさあき)
ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)、『不当逮捕─築地警察交通取締りの罠」(同時代社)ほか。林克明twitter