◆なくてはならないドクターの存在

モトヤスックvs喜入衆戦。喜入が失神KO負け、頻度は少ないが担架で運ばれるシーンは衝撃を覚える(2021年5月29日)

5月29日にモトヤスックと対戦した喜入衆が失神ノックアウト負けを喫した際、喜入は痙攣し鼾をかく危険状態だった。レフェリーはすぐドクターを要請し、当興行を担当したドクターは迅速に処置に当たったことは見事な対応であった。

喜入は数分後に意識は回復したが、立ち上がることは出来ない状態で、担架に乗せられ青コーナー側、鉄扉のバックステージまで運ばれた。その頃には、すでに救急隊は到着している様子が伺えた。JBC管轄下ではないが、救急搬送出来る素早さは、後楽園ホールならではのスピードだった。

以上のことは、当時の試合レポートで書いたところだが、失神KO負けで意識が回復しない場合は急性硬膜下血腫等の疑いで、すぐに開頭手術準備の必要性があります。後楽園ホールで行われるプロボクシングの場合は、試合直後から1時間以内に手術にかかる準備が整っていると言われています。

◆公式試合に関わる意識

ドクターの迅速な処置で救急隊の到着は速かった喜入衆の場合(2021年5月29日)

キックボクシングに於いて、現在の管理体制とは程遠い、昭和末期か平成初めの時代のこと。試合のラウンド中にタイムストップしているドクターチェックの際に、ヒジ打ちで斬られた選手の傷を見て、「薬塗ってもいいんですか?」とレフェリーに聞いたドクターが居たという。

また、失神ノックアウト負けし、リング上で仰向けに倒れたままの選手をリング外から「大丈夫かなあ!?」と言って覗いているドクターを見たことがあるが、立場が分かっていないドクターも居るものだと思った次第である。

要請がないから診なくていいのではない。KOによる試合終了のゴングが鳴ったら、レフェリーの指示無くてもすぐKOされた選手の様子を診なければならない。それがリングドクターである。

キックボクシング創生期には、ドクターの手配が間に合わず、形式上のドクターとして獣医が呼ばれたことがあるという。そしてブッ倒れている選手の瞳孔に土木工事用のでっかい懐中電灯を照らしたという笑えない話もあった。その後の日本系、全日本系に於いては優秀なコミッションドクターが居たことも事実だが、形式上のドクターとして呼ばれている、競技性と動くべき事態を理解していないドクターが多かったのも長い歴史の中の話である。

郷野聡寛vs臼井壮輔戦。脚の負傷によるKO負けの郷野聡寛。ドクターが様子を診るリング上(2021年4月24日)

◆最高権限者とは?

公式試合には試合進行に必要な役員や審判、ドクターがいます。

1998年頃、キックボクシングのあるジムの会長代行者と食事する機会があり、プロボクシング試合ルールのレフェリーやドクターについて話していた時の話、「ドクターが最高権限者!」と言われました。

「一般人より医学的知識を持ったプロが危険と判断したら、それはレフェリーより確実な判断でしょ!そのドクターが“ストップ”と言ったら誰が逆らう権利があるの?」と自信満々に言われる。

しかし、プロボクシングルールに於いて試合を裁く最高権限者はレフェリーで、ドクターの意見を鑑みて試合を止める判断をするのである。キックボクシングに於いては明確に定められていないが、同じシチュエーションでは判断すべき対応は同じであろうという議論の中での話だった。

その会長代行者は口が達者な人で、口下手な私(堀田)は納得できないまま負けそうだったが、その数日後にあったプロボクシングの取材で早速、JBC役員の安河内剛氏(当時国際担当)に聞いてみました。

「レフェリーが最高権限者です。ドクターがストップを促してもレフェリーが試合続行したこともありますよ。その時は負傷していた選手がすぐ劣勢になったので、間もなくレフェリーが試合ストップしましたけど、それまではレフェリーの判断で続行したのです。」という回答。

後日、またそのキックジム会長代行者に会いに行って、「オイ、やっぱりレフェリーが最高権限者じゃねえか!」と語気強くは言えないが、やんわり言ってやろうとしたところで、その会長代行者は「レフェリーが最高権限者よ!」と悪びれず180度覆してきた。

「先週、ドクターが最高権限者って言ったじゃないですか!」と言い返したところで、「そんな訳ないでしょ!」と言い出す始末。おそらく自分でも調べたのだろう。

後々、JBCに新しく入ったリングアナウンサーの冨樫光明さんが、負傷TKOによる試合終了の際、「ドクターの勧告を受入れ、レフェリーストップとなります!」というコールがされるようになった。この冨樫リングアナウンサー、細かいことまでキッチリアナウンスする几帳面な人だった。

キックボクシングでは「ドクターストップ」と公式記録に残る場合は多い。実際、ドクターの判断が絶対と思って、そのまんま従うレフェリーがほとんどだろう。

プロボクシングでは現在もリングアナウンスを進化させながら「この試合をストップする唯一の権限を持つレフェリーは・・・○○」とコールする冨樫リングアナウンサーである。

テーマずれして、「ドクターよりレフェリーが偉い!」みたいな形になってしまったが、ここは触れておきたい試合の最高権限についてだった。ただ、ドクターは興行に於いてもっと重い権限を持った立場なのである。

高橋亨汰vsリュウイチ戦。レフェリーが止めるタイミングと敗者へのフォローは重要(2021年6月6日)

リカルド・ブラボvs杉原新也戦。ヒジ打ちによる負傷が悪化、ドクターの勧告を受入れる形で試合は止められた光景(2021年6月6日)

◆医師しか出来ない重要な義務

現在はキックボクシング各団体、各興行で見かける範囲に於いてのリングドクターは、冒頭の喜入衆の場合のような、観察力ある視野で選手の動きを追って迅速に動くドクターが増えたかと思います。

プロ・アマとも、格闘技(またはスポーツ全般)に於いてリングドクター(プロボクシングではコミッションドクター)を配置しなければならない理由は、「国民の命と健康を守る為!」といったキャッチフレーズではないが、「選手の命と健康を守る為!」であると共に医学的立場で、リング禍(死亡事故)に至った場合の経過を綴り、救急病院に引き渡す処置が出来る責任者であり、最後まで看取る場合によっては死亡診断書を発行できる重要な義務であろうと考えられます。

人は入院している病院以外で死亡した場合、必ず警察等による検死(検視)が行われます。ドクターが配置されない状態で試合を行ない、死亡事故が発生した場合、どんな面倒なことが起こるか想像は難しくないでしょう。

また、プロボクシングでは試合後の検診が義務付けられていますが、主に瞳孔、血圧、脚気をチェックされると考えられます。

2000年頃にMA日本キックボクシング連盟で、プロボクシングに倣い、試合後の選手の検診を実施していた時期がありましたが(当時は越川貴史ドクターの采配)、現在の各団体興行、試合後は負傷者の治療のみの場合が多いでしょう。試合は無難な勝利でも、ある程度は被弾することは多いもの。過去には帰宅直後に倒れた選手もいたと言われます。経費に関わる問題もあるでしょうが、選手には計量前の検診だけでなく、医学的見地から試合後の検診も義務付けた方がいいでしょう。

ドクターがストップを勧告する場合や、レフェリーが試合ストップする判断は難しい場合があります。「止めるのが早い!」とか「遅い!」といった抗議は起こらないようレフェリーの裁定やドクターの勧告を尊重したいものです。

鎌田政興vs半澤信也戦。KO負け直後は動かさず意識確認。ドクターの迅速さが重要(2021年6月19日)

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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