2008年11月に埼玉と東京であった元厚生事務次官宅連続襲撃事件で、2人を殺害、1人に重傷を負わせた小泉毅(52)の裁判がいよいよ終結する。小泉は、さいたま地裁の第一審で無罪を主張しながら2010年3月に死刑判決を受けた。現在は最高裁に上告中だが、今月13日にある判決公判では、控訴審で是認された死刑判決がこのまま追認される見通しだ。
ただ、マスコミでは何の波乱も伝えられていない裁判は、実は上告審段階になって、かなりスッタモンダしている。というのも、小泉には現在、弁護人が「2組」存在する異例の事態となっているのである。
「子供のころに保健所で殺処分になった愛犬チロの仇討ちだった。そのために狂犬病予防法を所管する旧厚生省の元トップを狙った」
事件発生当時、警察に自首した小泉が語った犯行動機は誰も予想できないものだった。さらに小泉は裁判でも「自分が殺害したのは人間ではなくマモノなので、自分は無罪だ」と前代未聞の主張を展開。小泉によると、そもそも犯行後に自首した理由が「毎日全国の保健所で虐殺されている犬たち、猫たちの代弁者として“ペット虐殺行政”を批判するため、裁判で無罪を主張しようと考えたから」だったという。
これに対し、一、二審の国選弁護人は死刑を回避すべく、小泉のことを「妄想性障害」だと主張し、責任能力を争ったのだが、小泉はこの国選弁護人の主張に激怒した。愛犬チロの仇討ちという犯行動機や、“ペット虐殺行政”を批判するための無罪主張について、自分の味方であるはずの弁護人から「妄想」と言われているに等しかったからである。
そこで小泉は国選弁護人について、繰り返し裁判所に解任を請求。その一方、支援者らの協力により、上告審の途中から動物愛護家の弁護士に私選弁護人を引き受けてもらえることになった。となると、被告人が私選弁護人を選任したら裁判所は国選弁護人を解任するというのが通常の流れだが、なぜか小泉の場合、裁判所は国選弁護人を解任しなかった。そのため、小泉には2組の弁護人が存在する異例の事態となったのだ。
4月にあった上告審の公判では、動物愛護家の私選弁護人は小泉の意向をくみ、責任能力を争わずに“ペット虐殺行政”を批判する主張を展開。一方、国選弁護人は一、二審と同じく小泉のことを「妄想性障害」だとか「精神障害」だと主張し、死刑を回避するように求めた。国選弁護人も何らかの信念に基づいて小泉を弁護しているのかもしれないが、筆者はこの公判を傍聴しながら、被告人に信頼された私選弁護人が存在するにも関わらず、被告人が解任を求める国選弁護人が裁判で被告人の意に沿わない主張を述べる状況に違和感を覚えざるをえなかった。ちなみに、昨年春ごろから小泉と面会や手紙のやりとりを重ねてきた筆者には、小泉は世間一般の人たちと価値観こそ違う部分があるように思えるが、精神的におかしい人間にはまったく思えない。
この期に及んで死刑判決が覆りそうな気配は何も感じられないが、2組の弁護人がそれぞれ異なる主張をしていることについて、最高裁が判決で何らかの見解を述べるか否かは要注目だ。というより、最高裁は小泉が私選弁護人を選任後、なぜ国選弁護人を解任しなかったかについて、何らかの説明をするべきだろう。それをしなければ、裁判の公正さを疑われても仕方ない。
(片岡健)
★写真は、4月に小泉の上告審の公判が開かれた最高裁。