新聞販売店に放置された残紙(「押し紙」、あるいは「積み紙」)の写真がインターネットで拡散されるケースが増えてきた。店舗の内部や路上に、その日の残紙を積み上げた光景は、今や身近なものになってきた。「押し紙」で画像を検索すると、凄まじい残紙の写真が次から次へ画面に現れる。動画もアップされている。(文尾の動画参照)
が、新聞衰退を論じる学者やジャーナリストの多くは依然として、残紙問題を直視しない。なぜ、それが間違いなのだろうか? 本稿で考えてみたい。
◆ABC部数には残紙が含まれている
新聞衰退論を語る論者が、その根拠として持ち出す根拠のひとつに新聞のABC部数の激減がある。ABC部数とは、日本ABC協会が定期的に公表している新聞の発行部数である。厳密に言えば、新聞社が販売店に対して販売した部数である。それが「押し売り」であるか否かは別にして、卸代金の徴収対象になる新聞部数のことである。
そのABC部数が減っていることを根拠として、新聞社が衰退のスパイラルに陥っているとする論考が後を絶たない。具体例をあげる必要がないほど、新聞産業の衰退を語るときには、この点が強調される。
しかし、このような論考には根本的な誤りがある。妄言とはまではいえないが、本質に切り込むものではない。客観的な事実認識を誤っているからだ。
ABC部数は、新聞社が販売店に販売した新聞部数を表している。しかし、必ずしもそれが新聞購読者数とは限らないからだ。たとえば新聞社が、販売店に対して3000部の新聞を販売していると仮定する。だが、販売店と新聞購読契約を結んでいる読者が2000人しかいない場合、ABC部数との間に1000部の差異が生じる。実際には2000人しか新聞購読者がいないのに、3000人の読者がいるという間違った認識が生まれてしまう。
それを前提として新聞の部数減を論じても、それは正確な事実に基づいたものではない。ABC部数に残紙が含まれていることに言及しなければ、読者をミスリードしてしまう。しかも、残紙でABC部数をかさ上げしている数量は、膨大になっていると推測できる。
本稿では、兵庫県における朝日新聞と読売新聞を例にして、ABC部数のグレーゾーンを検証しよう。
◆データを並べ変えると新聞のビジネスモデルのからくりが見えてくる
次に示すのは、兵庫県全域における読売新聞のABC部数である。期間は2017年4月から2021年10月である。カラーのマーカーをつけた部分が、部数がロックされている箇所と、その持続期間である。言葉を変えると、読売新聞が販売店に対して販売した部数のロック実態である。
【注意】なお、下記の2つの表は、ABC部数を公表している『新聞発行社レポート』の数字を、そのままエクセル表に移したものではない。『新聞発行社レポート』は、4月と10月に区市郡別のABC部数が、新聞社ごとに表示されるのだが、時系列の部数変化を確認・検証するためには、号をまたいで時系列に『新聞発行社レポート』のデータを並べてみる必要がある。それにより特定の自治体における、特定の新聞のABC部数が時系列でどう変化しいたかを確認できる。
いわばABC部数の表示方法を工夫するだけで、新聞業界のでたらめなビジネスモデルの実態が浮かび上がってくるのである。
たとえば神戸市北区におけるABC部数の変化に注視してほしい。3年半に渡って、17,034部でロックされている。つまり読売は北区にあるYCに対し、3年半に渡って同じ部数を販売したことになる。しかし、新聞の購読者数が3年半に渡って1部の増減も生じない事態はまずありえない。あまりにも不自然だ。なぜ、このような実態になったのだろうか。
それは読売が販売店に対して新聞仕入れ部数のノルマを課しているか、さもなければ販売店が自主的に一定の部数を買い取っているかのどちらかである。わたしは、これまでの取材経験から前者の可能性が高いと考えている。
他の地域についてもロック現象が頻繁に観察できる。南あわじ市のABC部数にいたっては5年間にわたり1部の増減も観察できない。
このようなデータを鵜呑みにして論じた新聞衰退論には、正確な裏付けがない。
朝日新聞のABC部数の変化も紹介しよう。読売新聞と同様に、部数がロックされている実態が各地で確認できる。
◆「押し紙」裁判の資料は裁判所で公開されている
上記の2件の調査から、ABC部数と新聞の購読者数の間にかなりの乖離があることが推測できる。それでは新聞の衰退を部数減という面から論じるとき、なにが必要なのだろうか?
まず、第一にそれは全国で多発している「押し紙」裁判を通じて、残紙の実態を把握することである。現在、読売の「押し紙」裁判だけでも、全国で少なくとも3件起きている。
(東京本社が1件、大阪本社が1件、西部本社が1件)裁判資料は原則として、裁判所で閲覧できるので、裁判の当事者が閲覧制限でもしていない限り、残紙の実態は簡単に把握できる。そのうえで、ABC部数の性質を把握する必要がある。
第2に、新聞社の残紙を柱とした新聞のビジネスモデルを分析することである。熊本日日新聞などは例外として、大半の新聞社は、残紙でABC部数をかさあげすることで、販売収入と広告収入を増やしている。一方、販売店は残紙で生じた損害を、折込広告の水増しや補助金で相殺することで、経営を成り立たせる。この従来のビジネスモデルが成り立たなくなってきたのである。実は、この点が新聞衰退の本質的な原因なのである。ABC部数の増減は枝葉末節にすぎない。
2008年ごろに週刊誌や月刊誌がさかんに「新聞衰退」の特集を組んだことがある。これらの特集は、数年のうちに新聞社が崩壊しかねないかのような論調だった。が、そうはならなかった。その要因は、残紙の損害を折込広告で相殺するビジネスモデルがあったからにほかならない。従ってそれがどのようなものであるかを解明しない限り、新聞衰退の実態を正しく把握することはできない。ABC部数の増減だけが問題ではないのだ。むしろこれは世論をあざむくトリックなのである。
◆データとしての価値に疑問
なお、余談になるが公表されている新聞の発行部数が正確な購読者数を反映していなければ、広告主にとっては使用価値がない。少なともABC部数と読者数の間にほとんど差異がないことが、データとしての価値を保証する条件なのである。
この点に関して、日本ABC協会は次のようにコメントしている。
【日本ABC協会のコメント】
お世話になっております。以前にも同様のお問い合わせをいただいておりますが、
ABCの新聞部数は、発行社が規定に則り、それぞれのルートを通じて販売した部数報告を公開するものです。
この部数については、2年に1度新聞発行社を訪問し、間違いがないかを確認しています。
広告主を含むABC協会の会員社に対しては、ABCの新聞部数はあくまで販売部数であり、実配部数ではないことを説明しています。
販売店調査では、実配部数も確認していますが、サンプルで選んだ販売店のみの調査となります。
個々の販売店調査の結果は、公査終了後、各社の販売責任者に報告していますが、公査の内容に関しましては、守秘義務があり、当事者以外の方には公表していません。
また、部数がロックされているということに関しては、新聞社と販売店の取引における現象であり、当協会はあくまで報告された部数の確認・認証が主な業務のため、お答えする立場ではございません。
どうぞよろしくお願いいたします。
◎[参考動画]残紙の回収場面(18 Mar 2013)Oshigami Research
▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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