2月中旬のことである。東京都内に住むわたしの友人Aさんが相談ともぼやきとも受け取れるメールを送付してきた。家族が居住する350世帯ほどの集合住宅の管理組合に対して、マンション管理会社が楽天モバイルの携帯基地局を、同マンションの屋上に設置する計画を打診してきたというのだ。Aさんは、5Gで使われる電磁波による人体影響を懸念している。

わたしは2005年から携帯電話の基地局設置をめぐる電話会社と住民のトラブルを取材してきた。その関係で、わたしのところに住民からの相談が相次いでいる。1年半ほど前から、平均すると月に2、3件の相談が寄せられている。今週も1件。こうした現象の背景に電話会社が、競い合うように通信基地局を設置している事情がある。特に、電話ビジネスへの参入が遅れた楽天に関するトラブル相談が多く、全体の9割を占める。

Aさんは電気工学の専門家である。退職するまで有名大学で教鞭を取っていた。電磁波問題を取材しているわたしが、助言をお願いしている研究者である。電磁波による人体影響の評価がどう海外で変化しているかについてもよく把握されている。

実はAさんが基地局問題に巻き込まれたのは、今回が初めてではない。静岡県のリゾート地に所有している別宅のマンションでも、数年前に同じ体験をした。電話会社が屋上に基地局を設置する計画を持ち掛け、しかも、事前に管理組合の理事らと懇意な関係を築き、強引に基地局を設置したのだ。

Aさんは居住者たちに、電磁波による人体影響を説明しようとしたが、大半の住民が電磁波については全く何も知らず、健康上のリスクを理解してもらえなかったという。

「無知とは恐ろしいものだ」と、呟き、泣き寝入りしたのである。

様々な形状の携帯基地局

その後、5Gの普及に拍車がかかった。新聞・テレビから電磁波の健康リスクについての話題がほぼ消えた。そして既に述べたように、Aさんの身の上に2度目の試練が降りかかってきたのである。もちろん楽天に基地局の設置を許可するかどうかは、マンションの管理組合に決定権があるが、そもそも大半の住民が電磁波による人体影響を聞いたことがないので、総会で設置の是非を採決した場合、設置に反対する住民側が勝つとは限らない。むしろ基地局の賃料収入を得ることで、管理組合の財政が潤うという観点から、設置に賛成する住民の方が多い可能性もある。

楽天基地局の設置を阻止するためには、Aさんは住民運動を組織しなければならない。チラシを作成し、電磁波学習会を開催し、住民運動体を組織したうえで署名活動などを強いられる。それが計画を撤回させるオーソドックスなプロセスである。それでもなお設置反対派が勝を制すとは限らない。この問題が身の上に降りかかってきたことで、Aさんは老後の大事な時間を奪われてしまうのである。これだけでも大きなストレスになる。

◆わたし自身の2つの体験

実は、わたし自身もこれまで2度に渡ってAさんと同類の問題に直面させられた。1度目は、2005年だった。埼玉県朝霞市にある9階建て中古マンションの9階の一室を買った翌年のことである。KDDIとNTTドコモが基地局の設置を打診してきたのである。しかも、設置場所は、わたしの書斎の真上、天井をひとつ隔てた屋上だった。屋上はマンションの共有スペースだから、わたしがいくら設置に反対しても、管理組合が設置を承諾すればどうすることもできない。1年365日、1日24時間、延々と電磁波のリスクにさらされる。

幸いにわたしの両隣の住民も基地局設置に猛反対して計画は、中止になった。実は、わたしが電磁波問題を取材するようになったのは、この事件が引き金なのである。

その後、わたしは2020年の6月に2度目の試練に遭遇した。発端は、自宅から100メートルの位置にある城山公園(朝霞市の所有地)で、KDDIが基地局の設置工事をしているのを発見したことである。わたしはKDDIに工事の中止を申し入れた。KDDIは、工事を中止して、一旦は機材や重機を現場から搬出した。そして工事現場に囲いを設置した。しかし、8月に入るとわたしに事前通知することなく、再び工事を再開して、強引に基地局を設置したのである。ちなみに朝霞市には、工事再開を通知した。

埼玉県朝霞市の城山公園。KDDIが基地局設置の場所で柵で囲った

ちなみにKDDIが朝霞市に支払う賃料は、月額で360円程度である。5万円から6万円ぐらいが相場であるから、賃料が相場からかけ離れている。

この件では、現在も朝霞市とKDDIに対して解決を求めている。朝霞市が撤去に応じないので、富岡勝則市長を提訴することを視野に入れている。賃料が法外に安いので、相場との差額分を市に返済するように求める裁判である。次に、「予防原則」を根拠に基地局そのものを撤去させる裁判を視野に入れている。

◆自宅から退去を余儀なくされた被害者たち

Aさんやわたしが遭遇しているような基地局問題は、日本の隅々で日常的に起きている。電磁波による人体影響が住民の間に周知されていないために、水面下に埋もれているケースが多いが、これはだれにでも起こり得る身近な問題なのだ。

わたしが受けた相談の事例をいくつか紹介しよう。

(1)2020年、川崎市、KDDIのケース。基地局の設置場所は、7階建ての分譲マンション。25世帯ほどが入居している。世帯数が少ないために各世帯が負担する管理費が高い。そのために管理組合は基地局の設置を受け入れた。

 基地局の設置に反対したのは、自宅の真上に基地局が位置する最上階の住民家族である。設置当初、基地局からの低周波音に悩まされてホテルに避難することもあったらしい。この家庭の主婦は、フィンランドの人で、「自国では自宅の屋上や直近に基地局を設置することはありえない」と非常識な工事強行に憤慨していた。

(2)2021年、川崎市、楽天のケース。マンションに基地局が設置された後、居住者のBさん(女性)が身体の不調を訴えるようになり、Bさんの夫からわたしに相談があった。楽天と撤去の交渉をしたが、当該物件が賃貸マンションであるために、設置の是非を決める権限はオーナーに属しているとして、撤去には応じなかった。Bさん夫妻は、別の場所へ転居すると話していたが、その後、連絡がない。

(3)2021年、埼玉県志木市、楽天のケース。楽天が集合住宅(分譲)の屋上に基地局を設置する計画を打診した。Cさん(女性)がわたしに相談してきた。電磁波に対する感受性が強く、基地局が設置されると自宅から退避せざるを得ないという。Cさんは、電磁波の健康リスクを伝えるチラシをポスティングしたり、署名活動を展開した。仕事の時間を割いて、基地局設置に反対する運動にエネルギーを投入せざるを得なかったのである。疲弊している様子だった。

しかし、マンションの総会で基地局の設置が承認されてしまった。通常、住民の4分の3の承認が必要なのだが、このケースでは2分の1で可決されてしまったという。その後、Cさんからは志木のマンションを捨てて、郷里で老後を過ごすと連絡があった。自宅を失った可能性が高い。

(4)2020年、千葉県柏市、楽天のケース。自宅の直近に電柱と基地局を設置する計画が浮上した。直接被害を受けかねない2家族が、チラシなどを配布した。楽天は計画を断念した。

◆「楽天さんが多いです。特に管理費が乏しい賃貸マンションが対象になっているようです」

 

楽天の基地局

私的なことになるが、わたしは2020年2月19日、自宅がある集合住宅で開かれた理事会の後、管理会社の(株)東急コミュニティーの担当者にある質問をしてみた。管理会社に対して電話会社から基地局設置計画の仲介を求める動きがあるかを質問してみた。担当者はあると応えた。

「楽天さんが多いです。特に管理費が乏しい賃貸マンションが対象になっているようです」

賃貸マンションの場合、管理組合が存在しないので、オーナーの判断だけで基地局設置の是非を決めることができる。そのために住民からの反対運動はあまり起きない。反対する住民がいても、電話会社は強引に計画を押し切ってしまう傾向がある。沖縄県読谷村の例がその典型である。

◎5Gの時代へ、楽天モバイルの通信基地局をめぐる3件のトラブル、懸念されるマイクロ波の使用、体調不良や発癌の原因、軍事兵器にも転用のしろもの 

住民運動を組織するために被害者は、莫大はエネルギーを投入せざるを得ない。しかも、会社に勤務している人の場合、住民運動にかかわっていることをあまり口外できないので、秘密裡に活動するしかない。さらに都市部の場合、近隣との交流が少ないので、運動体を立ち上げるのがなかなか難しい。逆に地方都市では、封建的な人間関係がある場合が多く、企業や目上の人に物を言いにくい空気がある。住民運動などを起こすと「村八分」にされかねない場合もある。こうしたすきを突いて、電話会社は急速に拡大しているのだ。

基地局設置をめぐるトラブルは、水面下で進行している同時代の深刻な問題なのである。マスコミはこの問題を直視しない。電磁波と何らかのかかわりをもつ産業界(電話、電気、自動車他……)が、メディアの大口広告主であることに加えて、無線通信網を充実させる国策があるからだ。そのために自粛が働く。この問題は、実は「押し紙」よりもタブー視されているのである。

◆総務省の電波防護指針そのものがデタラメ

2月15日、東京都板橋区の山内えり議員(共産)が板橋区議会で、基地局問題をとり上げた。電磁波のリスクを指摘して、基地局設置に一定の規制を求めた。これに対して坂本健区長は、「電磁波については50年以上にわたる研究の中で一定の知見が得られており、それに基づいて、国は電波防護指針を策定し、事業者に対して遵守を求めている」と答弁した。電磁波による人体への影響はないとする趣旨の答弁である。

しかし、2018年11月、米国・国立環境衛生科学研究所の一大プロジェクト「NTP(国家毒性プログラム)」が、ラットの実験でマイクロ波(スマホ等の電磁波)に発がん性が認められたとの研究結果を発表している。これは携帯電話の端末を想定した研究であるが、マイクロ波の遺伝子毒性という点では、無視できない結論である。事実、ドイツ、イスラエル、ブラジルなどでは大規模な疫学調査により、基地局周辺に癌患者が多いとする調査結果も出ている。

こうした動きを受けて、欧米では電磁波利用を規制する動きが強まっている。

参考までに電波防護指針の国際比較を紹介しておこう。総務省が1990年に定めた1000μW/c㎡ (マイクロワット・パー・ 平方センチメートル)は、たとえば欧州評議会に比べて1万倍もゆるやかで、実質的には規制になっていない。しかも、総務省は規制値の更新を1度も行っていない。

日本:1000μW/c㎡
欧州評議会:0.1μW/c㎡、(勧告値)
ザルツブルグ市:0.0001μW/c㎡(目標)

さらに問題なのは、5Gで将来導入されるミリ波に関する研究がまだほとんど始まっていない点である。ミリ波による人体影響は、評価そのものが定まっていない。従って予防原則に即して言えば、安全とは言えないのである。50年の研究歴があるから、安全だという坂本区長の答弁は、客観的な事実とは言えないのである。

わたしは板橋区に対して区長の答弁を修正するように申し入れた。すると担当者は、総務省の説明をそのまま転用したことを認めた。そして電磁波問題は区の管轄ではないと逃げた。

電磁波問題の背景に政府の誤った国策があるのだ。水俣病と同じ過ちを繰り返しているのである。

【東急コミュニティーのコメント】

お世話になっております。
東急コミュニティー 広報センター 小笠原と申します。
このたびは、当社にお問合せいただきありがとうございます。
早速取材の件を社内で協議させていただきました。
その結果は誠に残念ですが今回の取材は見送らせていただきたく存じます。
本件は、管理組合様の個別の内容となりお客様情報に関わることから
ご要望にお応えできない形となってしまい大変申し訳ございません。
なにとぞ事情をご賢察のうえ、ご寛容賜りますようお願い申し上げます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

※なお、電磁波とは何かについては、筆者の次のブログを参考にしてほしい。
◎日本人の3%~5.7%が電磁波過敏症、早稲田大学応用脳科学研究所「生活環境と健康研究会」が公表

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

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