8月23日、老舗予備校である「代々木ゼミナール」が全国に27保有する校舎のうち20か所を閉鎖する、というニュースが流れた。
代々木ゼミナールは、河合塾、駿台予備校と並び大学受験ではかつてトップクラスの生徒数を抱えていたが、少子高齢化と経営判断のミスにより大幅な業務縮小を余儀なくされることになった。その背景には全国の大学のうち6割を超える大学が収容定員を確保できていない現実がある。選り好みさえしなければ大学に入ることは極めて簡単な時代にすでに突入しているのだ。
長引くデフレ経済のため保護者の給与所得は横ばいであり、大学進学で浪人させるよりは、入ることのできる大学に入学させておこう、という学費思弁者の事情もあり、「大学受験浪人」は2000年あたりから激減を始める。
◆少子化なのに定員を増やす大学の愚
少子高齢化は受験生人口の減少に直結する。大学業界では20年ほど前から「18歳人口の減少」が深刻な問題と認識されていたはずであった。受験生の人数が減るのだからそれに対しては従来から持っている定員の確保のために教学内容や学生サービスの充実を図る、というのがまっとうな判断なのだが、不思議なことに多くの中小大学は「18歳人口減少」期に学部や学科の増設を行い定員の増加に熱を入れるという理解に苦しむ行動を選択した。
このあたりが、民間企業の感覚と私立学校経営者の感覚との違いなのかもしれない。マーケットが確実に縮小することがわかっている分野に新たな設備投資を行う企業経営者はそうはいないし、そんなことをすれば経営にマイナス影響が必ず出る。
ところが多くの私大は、受験生の激減が明らかで定員の増加を行えば学生募集が従来以上に困難になり、経営的にも苦境に陥ることが明白であるにもかかわらず、定員の増加を行ったのだ。この期に及んでも毎年、学部、学科の新設を文科省に申請する大学は後を絶たないし、数は少ないものの新たな大学の設置申請すらある。要するに大学受験人口は毎年減少しているのに反比例し、大学に入学できる総定員は毎年増加の一途をいまだに辿っているのだ。
代々木ゼミナールは現役高校生の受験指導も行っていたが、浪人マーケットで名を馳せていた過去に引きずられたため、大幅な校舎閉鎖に追い込まれた。
◆入試問題の作成業務でも収益を上げる河合塾
一方、河合塾は30年以上前から中学生、高校生を指導するコースを持っており、浪人依存率は代々木ゼミナールに比べれば当初より低かった。また、講師陣に多彩な人材を揃え、浪人コースであってもあたかも大学名物教授のように一見受験準備に直結をしないような授業を行いながら、浪人生の実力を高めてゆくという講師が多く、その評判の高さが浪人コースの集客力を維持している。
また、これはあまり世間では知られていないが、多くの私立大学は入試問題の作成を自ら行わず予備校に依頼している。
大学入試と言えば、かつては「推薦入試」と「一般入試」の2回というのが常識だった。しかし、近年は学生確保のために様々な形態で1年間に4回、5回と入試を行う大学も珍しくない。入試には当然「入試問題」が必要だが、大学内部で度々問題作成をするのは大変な加重であり、力量的に無理な大学もある。そこで受験指導の専門家集団である大手予備校に問題作成を依頼するのだ。
確かな数字は明らかにされていないが、私の周囲の大学関係者の意見を総合すると、入試問題作成を依頼している予備校の中では河合塾が群を抜いている。講師が問題作成を担っているのだから大学入試の指導も容易になるに決まっているし。何よりも「入試問題作成」による収入が馬鹿にならない。
◆「学校教育への不安」が塾通いの低年齢化を引き起こす?
少子化が進行する中で、大学浪人にメインターゲットを絞った予備校が代々木ゼミナールのように苦境に落ち込んでいる一方、私立中学入試、高校入試指導に特化した塾はむしろ好景気だ。前述したように大学を選ばなければどこかには入れる時代であり、企業の採用活動でも昔ほど大学の名前による利益不利益が無くなっているのに、毎晩夜9時過ぎまで塾で勉強をする小学生の数は増える一方だ。
私はこの現象の分析を何度か試みたのだが、今のところ明確な回答が出せていない。というのは、激烈な塾通い小学生は自らも納得はしているものの、基本は親の意向に依るところが大きいからだ。
では、親は将来どのような成長像を抱いているのかと問うと、その回答は実に曖昧であるのだ。「一流企業に入って欲しい」、「医者になって欲しい」などという答えはまず帰ってこない。最も多い回答は「学校の授業だけでは不安だから」である。親の学歴を問わず「学校の授業だけでは不安」の回答が飛びぬけて多い。
そんなに勉強させなくても、大学なんか入れるのになー。
(田所敏夫)