第三次世界大戦の危機が迫っている。
ロシアに詳しい軍事評論家の小泉悠(東大先端科学技術研究センター講師)によると、ロシアには戦術核兵器の先制使用によるデモンストレーション戦略があるという。ようするに、紛争や外交交渉が停滞したときに、戦術核の先制使用で局面を打開するというものだ。
具体的には、戦術核ミサイルを人口の少ない場所に打ち込み、核の脅威を紛争相手・交渉相手に思い知らせることで、局面を打開する。バクチのような戦略である。
今回のウクライナ侵攻の停滞は、まさに戦術核使用の局面に至ろうとしているのではないかと、小泉は指摘している(報道番組での発言)。
そしてその戦術核の使用が、NATO諸国との偶発的な交戦に発展する可能性が指摘される。戦術核といっても、広島型の数百倍の威力を持っているのだ。
そうであれば、第三次世界大戦の偶発的な勃発が目前にせまっていることになる。世界大戦の戦場はヨーロッパである。
二次にわたる世界大戦ばかりではない。中世以来のバラ戦争、ナポレオン戦争と、世界的な戦争は、ヨーロッパの帰趨をかけたものとして行なわれてきた。ヨーロッパこそ人類の価値観と近代文明の源泉であるからだ。超大国アメリカといえども、近代的な民主主義の価値観と民族的な淵源をヨーロッパに持っているからこそ、NATOという軍事共同体の根っこをこの地に置いているのだ。
逆に中東やイスラム圏の紛争(ソ連のアフガン侵犯・アメリカのイラク戦争)は、それがいかに苛烈であっても世界的なものにはならなかった。そこにわれわれは、ヨーロッパ中心史観・イスラムに対する潜在的な蔑視。あるいは辺境観が、われわれの中にあるのを思い知るわけだが、それはまた別個の問題として、いまは世界大戦の危機に警鐘を鳴らさなければならない。
◆ヒトラーを思わせるプーチンの「嘘」
プーチンはロシア国内で、ロシア軍について誤った報道をした者に懲役15年の罰則をともなう治安法を成立させた。これによって、欧米諸国のロシア現地報道陣は取材活動を停止した。わずかに市民のSNSによって、ロシアの反戦運動が伝わるのみとなった。
ウクライナ現地の事実関係も、これによって「藪の中」になりそうな気配だ。原発施設への攻撃(ロシアはウクライナの謀略と主張)、ロシア兵の死者数、政府系機関による政権支持率70%、人道回廊の封鎖をめぐるウクライナとの見解の対立など、事実関係をめぐる虚偽の疑いが大きくなっている。
アドルフ・ヒトラーの『マイン・カンプ』における明言を想起しておこう。
「政府や指導者にとって、嘘は大きければ大きいほどいい」
「大衆の心は原始的なまでにシンプルなので、小さな嘘よりも大きな嘘の餌食になりやすい」
「大衆はドラマチックな嘘には簡単に乗せられてしまうものだ」
まさにプーチンは、ヒトラーの教訓を踏襲しようとしているかのようだ。そのプーチンはクレムリン宮殿の地下にある軍事作戦本部に入りびたり、将軍たちに「何が起きている?」と落ち着かない日々を送っているという(米ABC放送)。プーチンも事実確認に汲々としているのだ。ネットをふくめた事実関係の取材・報道こそわれわれの責務であろう。
◆NATOの偶発的な介入も
いっぽう、ウクライナのゼレンスキー大統領は、NATOに軍事支援を要求している。ウクライナ上空の「飛行禁止空域」化が実施されると、これまたロシア軍とNATO軍の交戦。第三次世界大戦の引き金となる。
いまのところNATOはウクライナの要求を拒否しているが、戦闘機をふくむ兵器・軍事物資の援助はスウェーデン・フィンランドなど、各国で積極的に検討されている。
この場合も、NATO諸国の軍事基地・飛行場から飛び立った戦闘機がウクライナ上空でロシア軍機と交戦する可能性が高い。これもNATO軍が偶発的に紛争に介入することになり、プーチンはすでに警告を口にしている。
プーチンもゼレンスキーも、すでにあとには引けなくなっている。プーチンが敗北すれば政治的失墜はまぬがれず、ゼレンスキーが白旗を上げるのはウクライナにロシアの傀儡政権をもたらすであろう。
戦争は発動されたら、もう引けないのである。かつてユーゴ内戦が、国土を廃墟にして、隣人の殺し合い(民族排除と浄化)のはてに終焉したことをわれわれは現認してきた。おそらくロシア兵の累々たる死体とウクライナの主要都市の壊滅後に、フランスや中国の仲介で和平会議が訪れるであろう。けれども、世界はそこから何を教訓としてみちびき、ふたたびの騒乱を回避しうるのか。
アメリカによるアフガン出兵とイラク侵攻は、テロとの戦いや大量殺戮兵器という大義名分によって、世界は戦争が発動されるのを傍観した。
しかし第三次世界大戦の危機に、われわれはアメリカが傍観するのを目撃することになった。これもまた、世界の警察官が無力だったことを証明することになったのである。
小泉悠・東京大学特任助教「プーチンのロシア」(2)(日本記者クラブ 2020年3月9日)
▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。