人命よりも経済を優先する電話会社の方針が露骨になっている。際限なく事業を拡大して、小学校の児童にまで電磁波による健康被害のリスクが及んでいる。
5月29日、わたしは朝霞第二小学校(埼玉県朝霞市)の正門前で、通信基地局から放射されているマイクロ波の測定を実施した。マイクロ波は、携帯電話の通信に使われる電磁波で、人体影響が懸念されている。特に幼児に対する影響が深刻とする見方があり、欧米では学校などで、年少者が携帯電話を使用することに一定の制限を設けている国もある。
そんなこともあって、わたしは自宅近くの朝霞第二小学校でマイクロ波を測定することにした。測定の結果、危険領域に入る数値が測定された。
マイクロ波の値は、μW/c㎡などで表示することになっている。数値が高ければ高いほど人体への影響が懸念される。そのことを念頭に以下、①日本の総務省が定めている規制値、②朝霞第二小学校の正門前の測定値、③欧州評議会の勧告値を紹介しよう。
①総務省の規制値:1000μW/c㎡ (マイクロワット・パー・ 平方センチメートル)
②朝霞第二小学校の測定値:7.35μW/c㎡
③欧州評議会の勧告値:0.1μW/c㎡
※測定に使ったのは、TM195という測定器である。この測定器でカバーできる電磁波の周波数領域は3GHzまでなので、5Gのマイクロ波やミリ波が使われていれば、測定値はさらに高くなる可能性がある。
※通信基地局から発せられる電磁波は、様々な周波数のものが混合されている。変調電磁波と呼ばれ、マイクロ波は言うまでもなく、厳密にいえば、低周波の電磁波も交じっている場合が多い。デジタルで瞬間的に高いエネルギーを放出する。それを延々と繰り返す。
◆朝霞市は状況を把握していない
明確な時期は記憶していないが5月に入ってから、わたしは仕事中に頭の中で「キーン」という音を感じるようになった。仕事部屋はマンションの9階。窓を開けると眼下は戸建住宅と畑、それに公園が広がっている。朝霞市郊外の新興住宅地である。
仕事部屋のマイクロ波の数値を繰り返し測定してみた。平均すると0.5μW/c㎡前後の数値だった。以前は、0.01μW/c㎡ぐらいだった。急激に電磁波が強くなったことが、頭に違和感を感じるようになった原因のようだ。
わたしは近くに基地局が設置されたのではないかと思って調査した。すると仕事部屋から250メートルぐらいの地点に、新しい基地局があるのを発見した。電柱の上に平べったい3つのアンテナが設置されている。
以前は、基地局の下にはかならず電話会社の社名と連絡先が表示されていたが、最近はこの種の表示は消えてしまった。行政機関が電話会社に配慮して非表示を認めるようになった可能性が高い。
しかし、わたしはアンテナの形状から所有者の電話会社を推測できた。確認を取るために電話会社の広報部にメールで問い合わせた。しかし、返ってきたのは、「個別の事案については回答を控えさせていただきます」という回答だった。
次にわたしは朝霞市に問い合わせてみた。朝霞市は、次のように話している。
「携帯電話基地局に関する情報は一切、把握していません」
さらに関東電波通信局にも問い合わせたが、「基地局の所有者がだれかは、公開していない」と、回答した。
結局、電話会社を特定することはできなかった。
◆フリーラジカル説、ラマッィー二研究所の実験
マイクロ波の毒性評価には、対立する2つの学説がある。マイクロ波の「非熱作用」を認める説と認めない説である。
マイクロ波に「熱作用」があることは、万人が認めている。熱作用というのは、物質を加熱する作用のことである。典型例としては電子レンジの過熱メカニズムがある。電子レンジはマイクロ波の熱作用を利用した調理器である。
これに対して非熱作用というのは、文字通り熱作用以外の人体影響を意味する。その代表格が遺伝子を傷つける作用である。推測されるメカニズムはいくつかある。そのひとつがフリーラジカル説と言われるものである。
人間は呼吸により体内に酸素を取り込む。その酸素は、細胞内のミトコンドリアでエネルギーに代わる。その際、原子核の周りにある「プラス」と「マイナス」の電子が対になってバランスを保っているが、何らかの原因で一方が欠落して、「椅子取りゲーム」がはじまることがる。このような不対電子に変質した原子をフリーラジカルと呼ばれる。
フリーラジカルは、活性酸素の働きを過激にする。その結果、肉体に不具合を引きおこす。
フリーラジカルが生まれる原因のひとつが、電磁波である可能性が指摘されているのだ。
もともと人間の神経細胞は超微弱な電気や神経伝達物質で制御されている。そこに電磁波を放射し続けた場合、神経が微妙にかく乱される場合がある。その結果、脳が反応して頭痛を感じさせたり、吐き気を感じさせたり、場合によっては皮膚にかゆみを感じさせたりする。脳の働きでこうした感覚を体験するわけだから、症状と医学的根拠は結合しにくい。
日本の総務省は、マイクロ波の毒性評価に関しては、電磁波利用に奔走する産業界の意向に配慮して「非熱作用」を否定してきた。一方、欧州評議会は「非熱作用」を肯定している。それがマイクロ波の規制値などの大きな違いとして表れているのだ。
『身の回りの電磁波被曝』(緑風出版、荻野晃也著)は、2018年にイタリアのラマッィー二研究所が、約10年をかけて行ったマイクロ波による発がんを調べる動物実健の結果を紹介している。これは電話機から漏れるマイクロ波ではなく、通信基地局からの電磁波を想定した実験である。使ったラットは、約2500匹。前代未聞の規模だった。
ラットの胎児段階から自然死の段階まで、ラットにマイクロ波(1.8GHz、第3世代携帯電話)を照射した。死後に解剖して心臓と神経鞘腫の発症を調べた。
その結果、電磁波の測定値が6.6μW/c㎡の領域で、雄のラットに高い発癌率が確認された。(表参照)
◆懸念される電磁波による長期影響
5Gで使われる電磁波と、第三世代携帯電話の電磁波は周波数が異なるが、ラマッィー二研究所の実験は、安易な基地局設置に警鐘を鳴らしている。
朝霞第二小学校の近くに基地局を設置した電話会社は、みずから名乗り出るべきではないか。児童たちをモルモットにしてはいけない。
▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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