野田正彰の記事「大阪心療内科放火事件に思う」に注目だ。事件そのものではなく、心療内科というよくわからない精神科についての疑問である。心療内科放火事件の背後には、拡大自殺にいたる人間の世界観(存在観)が横たわり、自殺による世界の消滅が自分をとりまく世界を道連れにする。このような構図が鮮やかに解説されている。

記事それ自体は朝日新聞のウェブ論座向けに書いたものを、直前で没にされたものだ。

それらの経緯については、別記事の「野田正彰論考を朝日新聞『掲載見送り』の裏側──『心療内科』はマスコミダブー」(浅野健一)を読んでいただきたい。

◆病は気から

さて、一流の書き手ならではの明解な文章で、その秀逸な問題意識は読んでいただくとして、わたし自身が得心したことを述べておこう。

野田さんは心療の診療行為に、一時間半をかけるという。じっくりと患者の話を訊き、鬱症状の因子をさぐりあてる。患者もその因子に気づき、対応できる行動(職場替えなど)で解決するという。鬱病と呼ばれるものの大半は、心理的な因子、環境によるものなのだ。薬で治ると考える医師たちによって、患者は薬漬けの「ジャンキー」にされるのだと。

『紙の爆弾』2022年8月号より

野田さんの記事中には村西とおるさん(映画監督)の薬漬け体験記の抄録があり、とても参考になる。

わたしの場合は鬱ではないが、神経性胃炎みたいな症状が「持病」である。いずれは胃がんで死ぬなと思っているが、症状が出る時はH2ブロッカーのお世話になる。小学校低学年のころ寄宿学校に通っていたことがあり、月曜日の登校日(寄宿学校への出発)の朝になると、行きたくないから胃がキリキリと痛む。母が「じゃあ、今日は休んで明日になさい」で、ピタリと嘘のように胃痛が治るのだった。

長じて仕事の責任がかかってくるようになると、しばしば胃痛に悩まされたが、40代のころに初めて胃カメラを体験。十二指腸潰瘍の痕跡がある(つまり知らないうちに治癒している)ことを告げられた。薬によるピロリ菌の除去をへて安堵したが、しかし十二指腸潰瘍は再発した。

ちょうど「情況」の編集長を引き受け、某元総理大臣(こう書けば誰だかわかる)のインタビューの前日のことだった。その前日には東大阪に某元政治家の大物弁護士(こう書けば誰だかわかる)の親族の取材をして、河内方面の人々の手荒い歓迎(大きな声、タバコと酒)で神経が参っていたのかもしれない。ようするに、やや苦痛な取材だったのだ。

診察の結果、すぐに入院ということになったわけだが、そこで医師と論争をするという、とんでも患者を演じてしまったものだ。明日は大事な仕事があるので、入院なんて絶対にできない、というわけだ。

前日までの疲労、翌日のコーディネーターとしての責任感から、十二指腸が出血していることが判明。抵抗むなしく、人生で初めての入院となったものだ。入院生活4日で味気ない食事とはお別れしたが、やがて収入の半分近くが年金生活となり、編集長も辞した安穏な現在も、ときどきその気が訪れる。

論争や創造的なことだとアドレナリンが出て活力を感じるし、遠距離のサイクリングでβエンドルフィン(快楽物質)を体感することはあるが、嫌なことや大儀なことを前にすると──。今後は野田さんの記事を参考に、自分との対話をくり返しながら、おだやかに生きていこうと思うこのごろだ。

◆台湾有事について

5月号につづいて、天木直人さんと木村三浩さんの対談が掲載されている。「台湾有事の米国戦略と沖縄の可能性」である。ウクライナ戦争の原因については、両氏と意見を異にするが、熱のこもった対談には元気をいただいた。

お二人によると、沖縄が反戦の声をあげることで東アジアの危機(台湾をめぐる米中戦争、およびそれに巻き込まれる日本)は回避できるというものだ。日本の平和を沖縄に押しつけるような疑問は残るが、それ自体としては慧眼である。沖縄は命を宝として、日米の基地押しつけに耐えてきた。われわれヤマトンチュが、辺野古をはじめとする米軍基地の撤去に何ができるのか。そのことを抜きに沖縄の可能性は問えないであろう。

いっぽうで、ウクライナ戦争が反戦平和一般では解決できないことを、この4カ月余は厳しくも知らしめて来た。かつて日本は朝鮮半島の戦争で焼け太り、いままた台湾危機に逢着しようとしている。外交による解決が最優先であるにしても、戦争は外交が破綻したあとに起きるものであって、勃発した戦争は戦争でしか止められない。

朝鮮戦争のとき、共産党をはじめとする革命勢力は武装闘争で「戦争を内乱へ」(レーニン)を実行し、壊滅的な弾圧をうけた。その方針は、朝鮮動乱で大量の避難民が日本に流れ込む、その混乱と政治危機をとらえて革命情勢を創出するといったものだった。中朝共産主義勢力の、いわゆる「第5列」として内乱を実行する。帝国主義戦争を終局させるのは、社会主義革命しかないと。こうした議論はいまや日本の左翼にはない。

木村さんのように対米自立・自主防衛を唱える場合も、平和一般ではなく国防という問題は避けられない。共産主義のコミューン原則であれば、現在のウクライナが採っているように、18歳以上60歳未満の男性は国内にとどまり、郷土を防衛しなければならない。さて、台湾有事にさいして、われわれは何を議論するべきなのか。テーマは鮮明だが、議論の軸心があやうい。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年8月号