安倍元総理の国葬が国民を分かつ議論になっているところに、United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)から訃報がとどいた。エリザベス女王の薨去である。
第二次大戦に陸軍整備兵として従軍し、伯父エドワード8世の退位、父ジョージ6世の死去によって70年ものあいだ、世界史的な存在として君臨した女王には謹んで弔意を表したい。
◎[参考動画]英・エリザベス女王死去 96歳 在位70年|TBS NEWS DIG 2022/09/09
さて、国論を分かつ安倍国葬問題そのものが、世界史的な女王の訃報によって色褪せてしまいそう。いや吹き飛びそうな趨勢なのだ。
それには56か国のコモンウェルス・オブ・ネイションズ(旧イギリス領=世界人口の3分の1)の女王とアジアの一国の宰相の差。女王の70年にわたる君臨にたいする安倍の8年余の治世という以上に、相応の理由がある。そのあまりにもトホホな業績のゆえである。
◆自民党+旧統一教会の宰相
法的根拠もないまま、安倍国葬儀を閣議決定した岸田総理は、その根拠に「8回にわたって選挙に勝った」ことを挙げている。選挙に勝ってきたことが「業績」だというのだ。
たしかに、アベノミクスの失敗、領土交渉の完敗、拉致事件の未解決、森友・加計・桜を見る会問題と、失政と疑惑だらけの政権にもかかわらず、安倍晋三は選挙にはめっぽう強かった。官邸による官僚統制と自民党の党公認一元化という武器のほかに、選挙に勝てる根拠があったからだ。
すなわち、その選挙の強さが「旧統一教会」の支援によって可能だったことが、ますます天下に明白な事実として暴露されつつあるのだ。足掛け8年にわたって選挙で強さを誇示してきたのは、安倍「自公」政権ではなく、安倍「自統」政権だったのである。
さてその安倍国葬儀は、海外からの元首級の参列者がほとんどいないという、トホホなものになりそうだ。
◆日本の弔問外交の貧弱
あまりにもトホホな情勢だ。安倍国葬儀における、海外要人の来訪予定である。
現在までの発表によれば、インドのモディ首相、シンガポールのリー・シェンロン首相、欧州連合のミシェル大統領、カナダのトルドー首相、ベトナムのフック国家主席、オーストラリアからアルバニージー首相らの名が挙っているのみだ。
G7関係の出欠はどうか?
アメリカ バイデン大統領(×)
カナダ トルドー首相(◯)
イギリス ジョンソン元首相・トラス首相(×)
フランス マクロン大統領(×)
ドイツ シュルツ首相(×)
イタリア マッタレッラ大統領(×)
盟友アメリカからは、ハリス副大統領が訪韓も兼ねての参加となる。欠席が決まっているのは、バイデン大統領、フランスのマクロン大統領のほか、当初は訪日を検討中と伝えられていたドイツのメルケル前首相も参列を見送ることが分かった。つまりG7首脳からは、見向きもされていないのだ。
「G7で一番長く一緒だったメルケル前首相まで来ないのには驚きました。諸外国首脳は、弔意は示しても、国葬にわざわざ行く価値はないと判断したのでしょう。海外の対応はシビアで、安倍元首相が日本の地位を高めたと言うけれど、残念ながら、これが国際社会における実力ということです」(五野井郁夫高千穂大教授=国際政治学、ヤフーニュース9月5日)。
ドイツからはメルケル氏に代わってウルフ元大統領が出席する予定だが、日本での知名度は低い。連邦大統領(名誉職)に就任した翌年(2011年)に汚職が発覚し、その事実を報道しないようメディアに圧力をかけたことが分かり、批判を浴びた人物だ。ウルフ氏は大の親日家だという。
大の親日家といえば、シラク元フランス大統領の国葬に安倍総理(当時)は参加せず、日本は首脳級も送らなかった。
内外に影響を与えた大人物の国葬に、クリントン元米大統領やイタリアのマッタレッラ大統領、ベルギーのミシェル首相らが出席するなか、日本政府からの参列者は木寺昌人駐仏大使だったのだ。このときの特使すら送らなかった「非礼」が、いまフランス首脳の不参加として返ってきたのである。
シラク元大統領は引退後を含めて、40回以上も来日したほどの親日家である。大相撲が好きで、しばしばお忍びで観戦し、それに気づいた国技館の観客から「シラク! シラク!」の喝采を浴びたものだ。優勝力士へのフランス共和国大統領杯(シラク杯)を創設したり、愛犬に「スモウ」の名をつけたりしていたことも報じられた。現職時代には、京都に「カノジョ」がいた、という話も囁かれていたほどである。このような失政は、対フランス外交だけではない。
◆二流の外交政策のツケ
日本はこれまで、ロシアのエリツィン元大統領(2007年)、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世(2005年)の葬儀の時、首相級を送らずに弔問外交で失敗しているのだ。
ヨハネ・パウロ2世のときは、米国からブッシュ大統領、英国からチャールズ皇太子及びブレア首相、フランスからシラク大統領、ドイツからケーラー大統領及びシュレーダー首相、イタリアからチャンピ大統領及びベルルスコーニ首相、カナダからマーティン首相、ロシアからフラトコフ首相らが参加し、弔問外交をくりひろげた。
キリスト教国にとってのみ、外交舞台だったかのような印象を受けるが、じつはバチカンは世界レベルの宗教国家であり、仏教界もそれにふくまれる。問題は国家と宗教の関係をただしく理解できない、日本の政界の弱点が顕われたとみるべきであろう。
日本から参列した川口順子元生外相(当時)は首相補佐官なので、大国の首脳と会談することはかなわなかった。ようするに、いくら世界の大国を自認してみても、じっさいの外交力・外交政策は二流国なのである。一昨年のフランシスコ法王の来日にさいしても、国民的な歓迎というにはほど遠く、国会での演説も見送られたのだった。
安倍元総理が重視してきたアジア・アラブ関係ではどうか。今年5月にアラブ首長国連邦のハリファ元大統領が亡くなった際、弔問式に首相特使として自民党の甘利明前幹事長を遣わしている。政権閣僚はおろか、党の本流からもはずれた人物が特使なのである。結果は推して知るべしであろう。
◆警備費という名のお手盛り
◎[参考動画]安倍元総理の国葬 約17億円【WBS】(2022年9月6日)
ところで、国葬儀の費用が当初発表の2.5億円から16億5000万円と発表された。識者の試算では、結果的には37億とも100億とも言われているが、まずは政府発表の予算を検証してみよう。
このうち、警備費用が8億円(延長勤務手当5億円・派遣旅費3億円)、外国要人の接遇費(車両手配や空港の受入体制)が6億円。ほかに細かいところでは、自衛隊の儀じょう隊が使用する車両借り上げなどに1000万円だという。
この「延長勤務手当」(5億円)というのは、要するに警察官(機動隊員)の残業手当および特別手当なのである。3億円の派遣旅費というのは、機動隊員が警備車両で移動すればガソリン代と高速費用(公的・緊急派遣であれば免除される)で済むところ、新幹線で旅行をさせる、ホテルに宿泊させるというものだ。
外国要人の接遇費も、具体的な内容が明らかになっていない。借り上げるハイヤーや警察の警護車両のほかに、空港関係者が「接遇」する何に、6億円かかるのか不明なのだ。自衛隊の儀じょう隊は、自衛隊車両を使用するのではないのか。
ようするに、警備関係者が予算を膨らませることで、国費を「横領」しているのだと指摘せざるをえない。国葬それ自体よりも、警察官僚の予算獲得という副業を問題にするべき時であろう。
◎[参考動画]【ノーカット】安倍元首相の国葬めぐる閉会中審査 岸田首相が説明 立憲・泉代表らが質問
▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。