筆者の元職場である広島県の人事委員会は10月4日、県職員の月給を0.21%、期末・勤勉手当(ボーナス)を0.10カ月分それぞれ引き上げるよう湯崎英彦知事と県議会の中本隆志議長に勧告しました。 

右が広島県庁=知事・湯崎英彦さん、左の低い建物が広島県議会=議長・中本隆志さん(筆者撮影)

◆公務員がモノを言えぬことの代償措置としての人事委員会勧告

人事院/人事委員会勧告は公務員が労働基本権を制限されていることの代償措置です。

公務員労働者にも警察、消防、刑務、海保、防衛などの労働者を除き、団結権はあります。たとえば、わたしが現役の公務員時代に入っていた「自治労」、祖母が高校教師時代に支部で婦人部長をしていた「日教組」が代表例ですし、皇室労働者にも「宮内庁職員組合」があります。しかし、いずれも団体交渉権、争議権はありません。

また、公務員は国家公務員法・地方公務員法に基づき政治活動が、公職選挙法に基づき選挙活動が制限されています。これにより、公務員労働者は世論に叩かれても反撃しにくいわけです。

こうしたことの代わりに、国家公務員については人事院が、地方公務員については人事委員会がそれぞれ、民間の給料を調べて勧告を出すことになっています。

実際は国の人事院が調べて夏に人事院勧告を出し、それを国が地方自治体の首長に送り、基本的に地方自治体の人事委員会もそれに沿った形の勧告を出す流れになっています。

◆人事委員会勧告を無視、乱脈県政の付け回しで給料カット 自民系前広島知事

しかし、現実には広島県知事、特に(もちろん、広島は超ウルトラ保守王国ですので)自民党参院議員ご出身の故・藤田雄山前知事は00年代、人事院勧告を破りまくって賃金をカットしてきた時代もあります。

これは、藤田前知事がご出身の慶応義塾大学の先輩の自民党大物県議に忖度して、もう重厚長大産業が頭打ちだというのに山を削って工業団地をつくったり、海を埋め立てたりする、という類の投資効果の薄い公共事業を県単独でして財政危機になったという背景があります。その付けを反撃ができない職員に回しただけでした。公務員バッシングと言えば大阪維新の会が有名ですが、広島県では自民党がとうの昔にやっていたことです。

◆復興財源を「公務員給料カット」で賄う「痛恨の敗着」 旧民主党政権

暴挙は広島の自民党だけではありません。民主党政権(2009-2012)は、東日本大震災のあと、公務員給料を削って復興財源にあてました。民主党は公務員労働組合の推薦を得ながら公務員労働者を裏切った形です。すでに、長年の行革で人員が減らされた上に災害対応でてんやわんやだったのです。さらに給料引き下げで追い打ちをかけました。安倍晋三さんが政権を奪還することで、この公務員給料カットは廃止されました。安倍さんは安倍さんで官僚に忖度させるという問題ありまくりの総理でしたが、公務員労働者の給料だけは守ってくれました。このことは民主党政権の崩壊、その後の国政選挙での立憲民主党苦戦にもつながっています。あの時こそ、積極財政で復興財源をねん出すべきでした。それこそ、復興すれば、財政出動した分の投資効果があるわけですから。「公務員給与カット」は「痛恨の敗着」でした。

◆コロナ下で対照的な菅・岸田両総理

なお、人事委員会勧告をそのまま遵守することがよいとは限らぬ場合があります。コロナ災害で民間の給料がイレギュラーに下がった2020年。この時は、人事院勧告は引き下げ勧告でした。しかし、菅政権は、公務員の給料は据え置きました。これは当時の民間の給料低下がイレギュラーだったこと、そして公務員もコロナ対応で大変だったことに菅さんも配慮したのでしょう。コロナ感染爆発も背景に、支持率低迷の菅さんでしたが、このあたりは、そうはいっても自民党とはいえ、それなりには苦労した地方の中流家庭出身の感覚ではあったのでしょう。

しかし、岸田さんは、一転して勧告通りの引き下げに転じ、維新はもちろん、立憲、国民など組合推薦の政党も賛同。反対はれいわ、共産だけでした。

人事院勧告だからといって、このイレギュラーな民間給料乱高下があるときに公務員までそれに従わせるとどうなるか?公務員の給料を逆に基準としている民間企業も多くあります。そういうところの給料引き下げにつながる。まして、岸田さんは給料の引き上げによる経済底上げを政策の一丁目一番地にしておられたはずであり、残念です。

◆広島県内で顕著な公務員叩きの悪影響

公務員を叩いて、数を削減した結果は、コロナや災害時に支障をきたしています。広島の場合は、前出の故・藤田雄山知事(任期1993-2009)が総務省のレールに乗って市町村を86から23に減らしました。それと同時に県は市町村に権限を委譲したということで、市町村は合併したということでそれぞれ、公務員を削減しました。そのつけがいま、回ってきています。

そもそも、公務員が多い方が、若い人が公務員という形で毎年、地域に入ってきます。それが地域に元気をもたらします。地元にお金を落とすという点、そして若い人、特に女性の方が公務員という形で一定程度地域にとどまったり、東京など都会からやってきたりすることで、地域の気風がアップデートされる面は実感します。

逆に言えば、筆者がかつて県庁職員として担当した地域でも、公務員が減らされた影響でさびれた感があります。広島県を含めて日本の大部分の地域では、東京のようにグローバルな企業が若い人を引き付けるわけでもありません。公務員削減はまさに、地域にとり、自爆行為なのです。

あるいは、正規公務員をへらしたぶん、結局、非正規公務員を増やしたり、外部委託を増やしたりすることに追い込まれています。前者については、人の差別、使い捨てという問題が大きくなっています。後者については、経営者の利益の分、結局割高になるし、県外法人に委託すれば県外にお金が流出する問題もあります。平川理恵・教育長の官製談合疑惑は、教育長が故郷である京都のご友人に県費で仕事をつくってあげたのではないか?というものです。この問題も「県費をわざわざ県外に流出させたのではないか?」という視点からも批判できます。

◆政治家による現場公務員叩きは反則技だ

いずれにせよ、現場公務員が労働基本権や選挙運動、政治活動を制限されてモノを言えないことに便乗して政治家が公務員バッシングをすること自体、反則技です。

一般市民が公務員バッシングをしたくなる気持ちは、筆者も民間の介護労働者に転じて以降、よくわかっているつもりです。現実問題として、広島県庁職員だったときよりも介護福祉士として働いている今の方が圧倒的に労働はきついし給料は低い。松井一郎さんら、大阪維新の会の皆様などに言われなくても「公務員より低すぎる労働条件の労働者」がたくさんいることくらい、筆者はよくわかっています。

他人に目を転じれば、農業など食料を生産する皆様は原材料価格の高騰で苦しんでおられます。こうしたことは枚挙にいとまがありません。

しかし、政治家は、そうした状況に悪乗りして票集めに悪用するのではなく、きちんと公務員の給料の決まり方を説明すべきです。また、災害時の危機管理も含めて現状の行政を回していく上でどの程度の公務員が必要なのか? 地域経済にとってどうなのか? 丁寧に説明していくのが政治家(大臣や首長、議員)の役目でしょう。不当なバッシングから現場公務員を守るべきところは守るべきです。

その上で、給料や労働条件が低すぎる方を正規公務員並みに引き上げていく政策を打つべきではないでしょうか? 民間の介護や保育の労働者も、もちろん、現場の非正規公務員も、農家の方も、公務員並みの暮らしができるようにすべきです。給料アップや農業でいえば所得保障・価格保障などを図っていくべきなのです。

人事委員会勧告を受けて、正規公務員に適切な給料を出すとともに、人手が足りない部署には公務員を正規で補充していく。そのことを筆者は強く知事の湯崎さん、議長の中本さんに強く求めます。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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