全国の新聞(朝刊単独)の「押し紙」率が20%(518万部、2021年度)で、卸価格が1500円(月間)として、「押し紙」による販売店の損害を試算すると、年間で約932億円になる。「朝夕セット版」を加えると被害はさらに増える。
これに対して、旧統一教会による高額献金と霊感商法による被害額は、昨年までの35年間で総額1237億円(全国霊感商法対策弁護士連絡会」)である。両者の数字を比べると「押し紙」による被害の深刻さがうかがい知れる。
しかし、公正取引委員会は、これだけ莫大な黒い金が動いていても、対策に乗り出さない。黙認を続けている。司法もメスを入れない。独禁法違反や公序良俗違反、それに折込広告の詐欺で介入する余地はあるはずだが黙認している。
わたしは、その背後に大きな政治力が働いていると推測している。
次の会話録は、2020年11月に、わたしが公正取引員会に対して行った電話インタビューのうち、「押し紙」に関する部分である。結論を先に言えば、公取委は、「押し紙」については明確な回答を避けた。情報を開示しない姿勢が明らかになった。
個人情報が含まれる情報の非開示はいたしかたないとしても、「押し紙」に関する調査をしたことがあるか否か、といった「YES」「NO」形式の質問にさえ答えなかった。
以下、公取委との会話録とその意訳を紹介しよう。「押し紙」を取り締まらない理由、日経新聞店主の焼身自殺、佐賀新聞の「押し紙」裁判などにいついて尋ねた。
◆公取委の命令系統
── 「押し紙」を調査するかしないかは、だれが決めていますか?だれにそれを決める権限があるのか?
担当者 どういう調査をするかによって変わるので、なんともいえません。ただ、事件の審査は審査局が行います。
── そうすると審査局のトップが最終判断をしているということですね。
担当者 しかるべきものが、しかるべき判断をするということになります。
── そこは曖昧にしてもらってはこまります。
担当者 何を聞きたいのでしょうか。
── どういう命令系統になっているのかということです。
担当者 命令系統というのがよく分からない。
── 公正取引委員会として(「押し紙」問題を)調査するのかどうかの意思決定をする権限を持っている人のことです。だれがそれを最終決定しているのですか。
担当者 「押し紙」とかなんとかいうことは離れまして、
── では、残紙にしましょう。
担当者 残紙でもなんでも。個別の事件に関して、お答えするのは、適当ではないと思います。
── どういう理由ですか?
担当者 誤解が生じることを防ぎたいからです。
── 誤解しないように質問しているのです。
担当者 言葉の揚げ足を取られていろいろ言われるのもちょっと。わたしどもの本位ではないので、お答えを差し控えさせていただきます。(略)わたしどもは、個別の事件について、申告があったかとか、なかったとか、についてはお答えしないことにしています。それは秘密を保持する必要があるからです。申告の取り扱いについては、対外的にお答えしないことになっています。
── そういうことを聞いているのではなく、
担当者 ですから具体的に聞かれても、わたしどもはなかなか答えることができないということをご理解いただきたい。
── 答える必要はないというのが、あなたの立場ですね。
担当者 そうです。個別の事件については、お答えしないことにしています。
◆「押し紙」の実態調査の有無
── では、「押し紙」の調査を過去にしたことがありますか。
担当者 「押し紙」の調査?
── 残紙の性質が「押し紙」なのか、「積み紙」なのかの調査を過去にしたことがありますか。
担当者 「押し紙」の調査を過去にしたかしていないかについては、これまで公表していません。
── はい?
担当者 こちらから積極的にそういう広報はしていません。
── 広報ではなく、調査をしたかどうかを聞いているのです。
担当者 したかどうかの事実の確認もしません。
── 事実の確認ではありません。
担当者 もちろん個別の事件の情報を寄せられれば、必要に応じて調査をして、さらに調査が必要だということになれば、本格的に調査をしますし、そうでないものについては、そこまでの扱いになります。それ以上のことは申し上げられません。
── その点はよくわかっています。わたしの質問は、過去にそういう調査をしたことがありますか、ありませんかを聞いています。YESかNOで尋ねています。
担当者 「押し紙」の調査をしたことがあるかないか? 公表はしていません。
── はい?
担当者 公表はしていないので、お答えは差し控えさせていただきます。
── これについても答えられないと、命令系統についても、答えられないと。
担当者 はい。
◆日経新聞の店主の焼身自殺
── それから、日本経済新聞の店主が、本社で自殺した事件をご存じですか。
※【参考記事】日経本社ビルで焼身自殺した人は、日経販売店の店主だった!
担当者 承知しておりません。
── 知らないのですか。
担当者 知りません。
── 新聞を読んでいないということでしょうか?
担当者 そうかも知れませんね。
── この件は、全然把握していないということですね。
担当者 そうです。不勉強だといわれれば、甘んじて受けます。
◆「押し紙」の存在を認識しているか?
── 新聞販売店で残紙とか「押し紙」といわれる新聞が、大きな問題になっているという認識はありますか。
担当者 それ自体は承知しております。
── いつ聞きましたか?
担当者 わたしも公正取引委員会で働いているので、また、取引部にいたこともあるので、またネットなどにも出ています。黒薮さんのものも含めて。こうしたことは存じ上げおります。
── 問題になっているのに、なぜ、動かないのですか。
担当者 問題になっているということは知っていますが、じゃあなぜ動かないのかということについては、わたしどもからお答えすることは控えたいと思います。わたし個人としては、「押し紙」の事象があることは知っていますが、なぜ公正取引委員会が動かないのかということについては、申し上げる立場にありません。公正取引委員会として、なぜ取り締まらないのかということを、個別の事件について申し上げることはありません。
── 個別の事件について質問しているのではなく……
担当者 「押し紙」についてなぜ取り締まらないのかということは、基本的に述べないという立場です。
── これまで3つの質問をしましたが、命令系統につても答えられない、調査をしたかどうかも言えない、「押し紙」については聞いたことがあると。
担当者 「押し紙」については、個人の経験としては聞いたことがありますが、「なぜ調査しないの」ということについては、申し上げられない。
── 新聞販売店の間で公正取引委員会に対する不信感が広がっていることはご存じですか。
担当者 まあ色々な考えの方がおられるでしょうね。
── 知らないということでよろしいですか。
担当者 知らないといいますと?
── 販売店が(公取委について)「おかしい」と思っているという認識はないということですね。
担当者 そういう見解を申し上げる立ち場ではありません。
── いえ、あなた自身がおかしいと感じないですかと聞いているのです。
担当者 「押し紙」とか、残紙といった話があることは認識していますが、それについてどう思っているかという点に関しては、個人の見解もふくめて、ここで申し上げることは控えたい。
◆佐賀新聞の「押し紙」裁判
── 佐賀新聞の「押し紙」裁判の判決が、今年の5月にありましたが、この判決については聞いたことがありますか。
担当者 はい。それは聞きました。
── 独禁法違反が認定されましたが、どう思われましたか?
担当者 それは裁判でしかるべく原告がだされた資料と主張を踏まえて判断されたということだと思います。わたしどもからコメントする立場にはありません。
── 今後とも、佐賀新聞についても、調査する気はないということですか?
担当者 佐賀新聞の事案を公正取引委員会がどう扱うかは、個別の案件ですので、コメントは控えたいと思います。
── 原告の弁護団から公正取引委員会にたくさんの資料を提出されていますが、それは把握しているわけですね。
担当者 それについては、申告がされたかどうかという話に該当しますので、こちらから何か申し上げることは差し控えたいと思います。
── これについても答えられないと・
担当者 答えられません。
── 「押し紙」問題は、重大になっていますが、今後も取り締まる予定はないということですか。
担当者 取り締まる予定があるかどうかをお答えするのも不適切ですので、回答は差し控えます。
▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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