◆国益最優先、自国第一への期待

10月22日、イタリアで国益最優先、自国第一主義を掲げるジョルジャ・メローニ氏を首班とする新政権が発足した。9月25日に行われた上下院の総選挙で26%を獲得し第一党になったメローニ氏率いる「イタリアの同胞」にベルルスコーニ氏の「フォルツァ・イタリア」、サルビーニ氏の「同盟」を加えた3党連立政権である。

日本のマスコミはメローニ氏が青年時代にネオファシスト政党「イタリア社会運動」ので活動していたことをもって「イタリアの同胞」は、その流れを継ぐ極右政党だとし、新政権がロシア制裁の足並みを乱すことへの警戒と懸念を説く。

メローニ氏自身は、選挙公約でロシア制裁を続けるとしているが、連立を組む、ベルルスコーニ氏はロシアのプーチン大統領と互いに「親友」と呼び合う仲であり、選挙中もロシア制裁を批判する発言をしている。そして、メローニ氏は、ベルルスコーニ政権で、史上最年少の31歳で入閣し、ベルルスコーニ氏を「政界の師」だと公言しており、今後、ロシア制裁継続の公約もどうなるか分からないということである。

メローニ氏は、選挙ではロシア制裁継続を表明し、これを争点化せず、物価高騰にあえぐ国民の生活問題を争点にした。イタリアでも、ガソリンやガス、食料が高騰しており、物価上昇は10%に達し、電気代は5倍にもなっている。そして、その原因は、ガスの40%を占めるロシア産の供給が滞るなど、ロシア制裁にあると見なされている。こうして元来、親露的で、国益最優先を掲げるメローニ氏の「イタリアの同胞」への期待が高まったのだ。 

イタリア総選挙でメローニ氏の「イタリアの同胞」が勝利した日、国益第一、自国第一と主張を同じくするフランスのマリーヌ・ルペン氏、ハンガリーのオルドバン首相、スペインの右派政党Vox(「声」)などが祝電を送った。

EUで第三の国力をもつイタリアに国益第一、自国第一の政権が誕生したことの歴史的意義は大きい。イタリアの勝利を追い風に、欧州では国益第一、自国第一の政権が各国に生まれ、欧州の政治地図は激変するのではないか。

◆全欧州がその志向を強めている

そう思うのは、国益第一、自国第一の政治への期待が全欧州で高まっているからだ。今、欧州各国で、ロシア制裁の結果、エネルギーや電気、食料価格が高騰する中で、国民生活を犠牲にして戦争を継続する自国政府への抗議デモやストライキが各地で展開されている。それは、「凍える冬」を前に、このままでは、大勢の凍死者を出しかねないという状況の中で切迫したものになっている。

そのスローガンを見れば、フランスでは「マクロン、お前の戦争を我々は望んでいない」「NATOからの脱退」「ウクライナへの武器供給を停止せよ」、ドイツでは「国益第一」「我々にはロシアの石油とガスが必要だ」「NATOは武器を送るな」「いい加減にしろ-凍えるより抗議しろ、暖房とガスと平和を」、英国では「燃料の貧困を終わらせろ」「福祉ではなく戦争を切り捨てろ」、イタリアでは「我々にはガスブロムが必要だ、ヤンキーゴーホーム」などなどである。そして、抗議の波は、オランダ、チェコ、モルドバ、ギリシャにも波及し全欧州を覆うものになりつつある。

このデモの呼びかけは、フランスではルペンの「国民連合」から出た「愛国党」、ドイツでは「ドイツのための選択肢」(AfD=Alternative für Deutschland)だが、英国は労働組合や社会運動団体で結成された「いい加減にしろ」キャンペーンであり、イタリアは労働組合総同盟が主催者であり、極右云々とは関係ない左右の垣根を越えた国民的なものになっている。

ロシア制裁は、米国が主導している。力を落とし、その覇権的地位を失いつつある米国が、欧州、日本に米国を支えさせ、米国中心の覇権秩序を維持・回復させるためのものである。米国とそれに追随する欧州の現政権は、ウクライナに武器を送り込んで代理戦争をさせながら戦争を長引かせて、国民に生活苦を強いている。

欧州でも新自由主義改革の結果、1%が99%を支配する社会になっており、99%が貧困層に追いやられ、ロシア制裁で、その「返り血」をもろに被らされている。デモのスローガンにロシア革命でレーニンが提起した「平和、土地、パン」を髣髴させる「暖房とガスと平和を」があるなど、その怒りが現体制転覆というほどの「革命」的なものと見るのは行き過ぎだろか。英国の「いい加減にしろ」キャンペーンは、「私たちはこの国を変え、国民のために勝利する」と述べている。

◆日本にこそ問われている

こうした中で、欧州ではロシア制裁を機に米国が自国のガスを高値で売りつけていることやロシアと欧州の長年の経済協力関係を分断して欧州市場を犠牲にして自国経済を立て直そうとしている、との声が起き、対露制裁の継続は「欧州の自殺」ということが実感をもって捉えられるようになっているという。

それは、日本にも当てはまる。日本は、石油や食料をもって他国を支配する米国の国家戦略の対象にされ、石油、ガス、食料の多くを米国に依存しており、高騰した、それらを買い続けている。米国が提唱する米中新冷戦の下で日本は中国との長年の経済協力関係を切ることを強要されており、軍事的にも対中対決の最前線に立つことを要求されている。そこでは、日本の力を軍事的にも経済的にも米国の下に統合する日米統合が進められている。こうして日本経済は米国経済建て直しの犠牲にされ、国土は米国防衛のための戦場にされようとしている。それは、まさに「日本の自殺」であろう。

しかし、「同盟こそ国益」とする自民党政権は、頭から米国に追随するだけである。それで良いのか、それで日本はやっていけるのか。

ロシア制裁に参加し、それを実質的に行っているのは、欧州、日本だけである。中国はもちろん、米国が民主主義陣営の一員として期待するインドも制裁に参加しようとはせず、逆にロシアから安価な石油、ガス、資源、食糧を大量に輸入している。トルコ、イランも米国の裏庭と言われた中南米の国々も中国、ロシアとの関係を深めており、ロシアからの資源輸入を拡大している。

そして、これらの諸国は、上海協力機構、拡大BRICsなどに結集しつつある。そこでは、米国覇権に反対するだけでなく、覇権そのものに反対し、覇権ではない、「公平で民主的」な新しい国際秩序形成が目指されている。

 

魚本公博さん

その共通理念は「主権擁護」である。これらの国々は、かつて欧米日の植民地にされ、それとの血を流しての戦いを経て独立を勝ち取った国々であり、「主権擁護」を確固不動の国家理念にしており、それは本質的に国益第一、自国第一主義である。

日本でも物価高騰が国民生活を直撃しており、これに空前の円安が追い討ちを掛けており、生活苦は今後益々、過酷になるだろう。こうした国民の生活地獄を救うためにも、これまでの日米同盟基軸、米国覇権の下で生きる生き方を見直し、世界的な脱覇権、主権擁護の流れ、欧州で強まる国益第一、自国第一の流れを直視し、この時代的な流れに合流することを真剣に考えなければならない時にきていると思う。

▼魚本公博(うおもと・きみひろ)さん
1948年、大分県別府市生まれ。1966年、関西大学入学。1968年にブントに属し学生運動に参加。ブント分裂後、赤軍派に属し、1970年よど号ハイジャック闘争で朝鮮に渡る。現在「アジアの内の日本の会」会員。

『抵抗と絶望の狭間~一九七一年から連合赤軍へ』

『一九七〇年 端境期の時代』