介護保険制度の見直しをめぐり、厚生労働省の社会保障審議会は12月19日、2024年度の改正に向けた意見書を大筋で了承しました。利用者負担の原則2割への大幅負担増と「要介護1、2を介護保険から外す」給付の大幅カットについて、結論を先送りしました。

他方で、利用者負担割合が2割となる対象者を拡大するなどの一部の項目について、「遅くとも来夏までに結論」を出すよう要望しており、厚生労働省は2023年の年明け以降も議論を継続するそうです。

◆「ヤングケアラー爆増」の危機はひとまず回避

当初、財務省などは、厚生労働省に圧力をかけ、
・利用者負担は原則2割にする
・要介護1、2の訪問・通所系サービスは介護保険から外す。
・ケアプラン作成は有料化
などをもくろんでいました。

利用者負担原則2割が実施されれば、多くの人がサービスを受けることが無理になります。

実を言えば、「デイサービスへ親を通わせているが現状でも負担は大きい」(親がデイサービスを利用している関東地方の女性)「妻が利用しているが、やはり負担は重い」(県内の70代男性)という声も強くあるのです。それが、2割負担となれば、余計利用しにくくなるのは当然です。

その結果何が起きるか? ご家族を介護している人の負担が増えます。特に、懸念されるのがいわゆるヤングケアラーの増加です。

家族の中で「主軸」で働いている父母世代(要介護の祖父母から見れば子ども)は仕事が忙しいため、学生とか、新社会人くらいの子ども世代(要介護の祖父母から見れば孫)への負担が重くなることが想定されます。

昔は、介護は「嫁」の仕事とされ、夫の父母の面倒も、妻が見るのが当たり前、という男尊女卑の時代がありました。その上、要介護の父母が亡くなったら、介護を任せていた妻を捨てて不倫相手の若い女性と再婚、という酷い夫も少なからずいたのも事実です。介護保険制度のおかげで、そうした嫁の負担が軽減され、女性の社会的活躍が後押しされ、男尊女卑の解消につながっていったのも事実です。

介護保険制度が後退すればどうなるか?先進国の中ではまだまだ男尊女卑が強いとはいえ、昔に比べると改善される中で、さすがに母親=嫁に押し付けるということは難しい。しかし、そのかわり孫世代に負担が重くなる、ということが想定されます。

筆者も利用者のお孫さんで、よく見舞いに来られている方を拝見することもあります。当人は、責任感をもってがんばっておられるのもよくわかります。それでも、ご本人がおかれた客観的な状況から「大学生なら勉強、新社会人なら仕事をおぼえることを優先された方がいいのではないか」という思いが口から出かかることもあります。後々、学業や仕事に支障が出るなどを通じてご本人の、さらには、社会全体の損失にもなることが懸念されます。今回の改悪回避でそうしたヤングケアラーの爆増は、とりあえず、回避できたのかもしれません。

◆お金持ちには利用料負担割合増加より保険料引き上げ・増税を

こうした中、負担割合を二割に引き上げる人の範囲を増やす議論は続くそうです。そもそも、保険給付割合で差をつけるというのは筋が悪い議論と感じます。もし、お金持ちに負担をいただきたいなら、税金をしっかり負担していただく方がよいと思います。負担割合が異なる人がいるために、現場の事務処理も煩雑化しています。元の一割負担で統一して、お金持ちの保険料率や所得税負担率を引き上げる、という方向の改革を望みます。

◆総理支持率低迷と署名運動が「大幅改悪」撤回の原動力

2021衆院選で与党が3分の2を超え(これにより、反対する野党が参院で粘っていても、衆院で再可決されれば介護保険改悪案は成立してしまう。)2022年参院選でも自民党が圧勝する中で、上記のような財務省がもくろむ案が法案になってしまえば、阻止するのは極めて困難な客観的な情勢もありました。

しかし、安倍晋三さん暗殺を契機に旧統一協会問題が噴出し、岸田総理の支持率は暴落しました。これにより、介護保険大幅改悪はやりにくくなったのは事実です。

ただ、総理支持率暴落だけでは、改悪は阻止できなかったという思いも筆者はあります。

例えば、軍事費倍増とそのための増税は、総理は「支持率が低迷しているからこそ、蛮勇を見せつけて求心力を高めてやろう」と暴走した面が否めません。実際、歴史を振り返っても内政の失敗をごまかすために、対外的に緊張を高めようとした為政者は古今東西枚挙にいとまがありません。

やはり、今回の介護保険大幅改悪の断念の背景には、署名運動もあったのは間違いありません。認知症家族の会など、ご家族を介護する当事者の方が中心に署名運動を展開。「これを強行したら統一地方選2023は持たない」ということを自民党側も感じたのでしょう。

また、軍事費はまだ「国家の専管事項」という理屈もあり得ますが、介護保険に関しては市町村が保険者です。統一地方選では重要な争点になってしまうからです。

総理が暴走を加速する軍事費倍増・増税問題、あるいは原発の問題ではそれはそれで、きちんと野党がまとまって対抗軸を打ち出さないと反対の世論も盛り上がらないし、むしろ支持率低迷の中で総理の暴走は加速するだけにも思えます。

◆現場労働者の待遇改善、サービスの安定供給……課題は山積

そして、もうひとつ、強調しなければいけないのは、現場労働者の待遇改善などは、この改悪の先送りに関係なく、まったく進んでいないということです。要は、今でも矛盾だらけの介護保険制度が、せいぜい、これ以上悪くなるのが防がれただけの話です。

岸田総理は、介護労働者の給料アップを公約しました。ふたを開ければ3%。しかも、必ずしも、労働者の手元に来るとは限らない仕組みでした。その上、10月からは国費投入ではなく、介護報酬に上乗せすることを事業者=経営者が申請しないと給料アップにならない仕組みです。要は、給料アップがお年寄りの負担増になるし、事業者の事務負担増にもなってしまうということです。

こうした中で、広島の介護現場からは外国人労働者がより高い給料を求めて東京へ流出しています。

※参照=広島の外国人労働者が流出する理由 「労組代表」の筆者の説明で納得の町幹部

こうした経過をみれば、どうあがいても、実際のところ現在の介護保険の枠の中で、現場労働者の待遇改善を十分に行い、人手を確保するのは無理と言わざるを得ません。

また、コロナのもとで、一時的な利用者の急減が、経営に打撃を与え、事業者が倒産。お年寄りが路頭に迷うという事態も生じています。費用は保険で出し、介護報酬は国が決めるが、あとのことは市場原理任せ、という介護保険制度でサービスの安定供給ができるのか?という問題もつきつけられています。

※参照=介護事業所の倒産が過去最多! 市場原理でサービスの安定供給は確保できない! 

◆介護保険の限界認識し、対抗軸を!

結局のところ、当面は思い切った財政出動を行いつつ、介護は基本的には税で賄うという、欧州では一般的な方向での改革に向かうしかないのではないでしょうか?その場合は、現在は異常に甘すぎる超大金持ちへの課税を強化するなどの方向が、格差が広がってしまった現代日本ではふさわしいでしょう。

介護保険改悪阻止だけでなく、むしろ、その限界を認識し、市場原理に寄らない方向、例えば(特に広島のような労働力が流出する地方圏では)公務員として人手を確保して、責任をもって自治体が介護を供給する、などの方向性を野党側、あるいは労働側は打ち出し、自民、維新や資本側に対抗するべきです。

筆者も、統一地方選2023へ向け、暴走を加速する岸田総理の地元・広島でその先頭に立ちます。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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