汚染水放出のトリチウム濃度について東電は「海洋放出の場合」 「海水中のトリチウムの告示濃度限度(水1リットル中6万ベクレル)に対して、 「地下水バイパス」及び「サブドレン水」(原発建屋周囲の地下水汲み上げ井戸)の運用基準(水1リットル中1500ベクレル)を参考に検討する、としている。
一見、法令上の規制値から40分の1に下げているので安全と思われるかもしれないが、それは誤解だ。
放射性物質による公衆の年間被曝制限値は1ミリシーベルトと定められている。
1500ベクレルとは、現在も放出されているサブドレン水及び地下水バイパスの排出運用に基づき設定された値である。これ以外にも放射性物質が漏出している福島第一原発では、法定基準値で排出したら他の放射性物質との合計で1ミリシーベルトを超えることから、トリチウムについては1500ベクレルとした。
事故によりさまざまな放射性物質を拡散させる福島第一原発では、排水中にトリチウム以外にもセシウムやスト097ロンチウムなどの放射性物質が含まれることから、それらが混在していても全体として公衆への被曝線量が法定基準内に収まるよう2012年に設定されたのである。
サブドレンとは、建屋周りの地下水を汲み上げて排水することで建屋などへ流入する地下水を低減させるために使用する井戸。地下水バイパスとは原発の上流側の海抜35メートルの高台に12本の井戸を設け、地下水を連続して汲
み上げ排水する設備だ。
アルプスで処理した水も、ストロンチウムやセシウムが全部なくなるわけではないし、その他の放射性物質も残留するとして、その値が告示濃度以下であっても環境への影響、人体への影響を抑えるために設定されている。現在は排水中のトリチウムが1500ベクレルを超えることは認められないことから、サンプリングで超えた場合はすべてタンクに貯蔵される。このことから東電はそれを目安として排出する
ことにしている。
一般の原発では存在しない1500ベクレル/リットルという基準を定めなければならないほど、福島第一原発の環境は汚染されていることを示している。
貯蔵すればトリチウムの総量は減る海洋放出について全国漁業協同組合連合会(全漁連)は、反対の意志を変えていない。県漁連と国・東電との間では「関係者の理解なしには放出をしない」ことを文書により約束している。
国も東電も反故にすることはしないという。しかし一方で海洋放出に関する「説明会」が1000回以上開催されており、既成事実化しようとしている。放射性物質は常に「減衰を待つ」ことが基本だ。
トリチウムの半減期は12.3年で、初期値が850兆ベクレルでも2052年時点で約90兆ベクレルに減る。さらに、濃縮すれば体積を大幅に削減できる。
123年経てば1000分の1になるので問題はさらに解決しやすくなる。
トリチウムの量を減らすには、時間経過を待つのが最も効率的だ。地元をはじめ多くの人々が求めているのは100年以上の長期保管だ。
これについて経産省は「2011年12月から30~40年での廃止措置終了時においては、アルプス処理水についても処分を終えていることが必要」としている。そして「貯蔵継続は廃止措置終了まで(注:最長2052年まで)の期間内で検討することが適当」と期限を切る。
東京電力は4月12日に海洋放出の関連費用が4年で計430億円に上る見通しだと明らかにした。これだけの費用を掛ければ、数年で新しく地下式のタンクで備蓄することは可能だ。地上タンクもなくすことができ、防災上も有利である。
肝心の廃炉が40年以内に完了する見通しは、まったくない。この前提で検討を進めること自体が全体をミスリードさせている。考え方を変える必要がある。ありもしないゴールを想定して汚染水放出を正当化することなど許されない。(完)
◎山崎久隆《特別寄稿》福島第一原発からの「汚染水海洋放出」に反対する
〈1〉放出にいかなる理由があるのか
〈2〉「汚染水対策」は最初から失敗
〈3〉「1500ベクレル」の根拠
本稿は『季節』2022年夏号(2022年6月11日)掲載の「福島第一原発からの『汚染水海洋放出』に反対する」を本ブログ用の再編集した全3回の連載記事です。
▼山崎久隆(やまざき・ひさたか)
たんぽぽ舎共同代表。1959年富山県生まれ。脱原発東電株主運動、東電株主代表訴訟に参加。反原発運動のひろば「たんぽぽ舎」設立時からのメンバー。湾岸戦争時、米英軍が使った劣化ウラン弾による健康被害や劣化ウラン廃絶の運動に参加。福島第一原発事故に対し、全原発の停止と廃炉、原子力からの撤退を求める活動に参加。著書に『隠して核武装する日本』(影書房 2007年/増補新版 2013年)、『福島原発多重人災 東電の責任を問う』(日本評論社 2012年)、『原発を再稼働させてはいけない4つの理由』(合同出版 2012年)、『核時代の神話と虚像』(明石書店 2015年)等多数。
◎たんぽぽ舎 https://www.tanpoposya.com/
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