国立環境研究所の記載によると、アルゼンチンアリとは「体長約2.5mm.体色は黒褐色. 複眼はやや大きく,頭部背面前方よりに位置する.胸部は前中胸が多少隆起し側方からみて緩やかなアーチを描く.腹柄節は扁平なコブ状でその頂部は前伸腹節の気門より低いところに位置する、外皮は柔らかい、日本には同属種が生息していない」と示されています(サイト1)。

また、このアルゼンチンアリ生息による影響についての記載は「住宅や建造物に大量に侵入し、食品に群がったり、電気製品に侵入して不具合を生じさせたりするなど、日常生活に著しい障害をもたらす。アブラムシ類,カイガラムシ類など農業害虫を保護することで病害を広げる。種子への加害による農業被害。ミツバチの巣箱の蜜を食害」とあります。要するに人間にとっては害をもたらす厄介な生物です。

このアルゼンチンアリは外来種として日本で確認され、国立環境研究所の記載(サイト1)から判断するとその生存圏は、我々、人間の生存圏と重なっている地域があることが判ります。静岡県では、アルゼンチンアリの生息が確認されて以降、県独自で根絶作戦をすすめ、その結果、報道によれば、2019年10月21日の静岡県の発表で(サイト2)「特定外来生物「アルゼンチンアリ」の県内根絶を達成!」と記載されていました。また、国立環境研究所のサイト(サイト1)にも、「2019年に静岡県の定着個体群根絶を確認」と記載されています。

そこで、私は静岡市に住んでいた友人宅を訪れたとき(2022年7月)、庭先で、生物デブリ捕集装置を動かし、大気中の生物デブリを捕集し、そこからDNAを抽出しました。

アルゼンチンアリを検出するためのPCR用のプライマーを作製するには、アルゼンチンアリのミトコンドリアゲノム配列を用いました(サイト3)。アルゼンチンアリはカタアリ亜科に属し、日本に生息するアルゼンチンアリ以外のカタアリ亜科のアリは シベリアカタアリ、ルリアリ、アワテコヌカアリ、コヌカアリ、アシジロヒラフシアリ、ヒラフシアリとされています(サイト4)。

これらのアリで、ミトコンドリアの配列が登録されているものについて、私たちが設定した、アルゼンチンアリ用のプイラマーがカタアリ亜科のアリのDNAを検出してしまう可能性があるかを検討しました。その結果、コンピュータ上の計算結果ではありますが、明確に、「検出しない」ことが示されました。 つまり、PCRで”アルゼンチンアリ”が検出されれば、生物デブリを捕集した地域には、確実に、アルゼンチンアリが生息していると判断されるわけです。

そこで、2022年7月に静岡市で捕集した生物デブリのDNAにアルゼンチンアリのDNAが検出されるかどうかをPCRで検討してみました。その結果を[図4.1]に示しました。

[図4.1]アルゼンチンアリの検出

この図が示す通りPCR産物が検出されたことから、静岡市には、2022年7月現在もアルゼンチンアリが生息していると判断されました。2019年の静岡県の調査は、NHKで報道されたものを見る限り、目視確認だったと思われます。令和元年の調査と我々が2022年に調べた手法は異なりますので、断定はできませんが、2019年の調査では、調べきれなかった可能性、あるいは、その調査以降に新たに、侵入してきた可能性が考えられます。

生物デブリを解析すると、このように「当該地域にその生物が生息している(いた)か、いないか」を正確に調べることができます。

【文献】

サイト1 https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/60090.html
サイト2 https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/60090_shizuoka_houdou.pdf
サイト3 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/NC_045057.1
サイト4 http://ant.miyakyo-u.ac.jp/J/Tables/SpList201201.html

◎安江 博 わかりやすい!科学の最前線
〈01〉生き物の根幹にある核酸
〈02〉ヒトのゲノム解析分析の進歩
〈03〉DNAがもたらす光と影[1]
〈04〉DNAがもたらす光と影[2]
〈05〉生物種の生存圏
〈06〉大気中の生物デブリ捕集装置を用いたアルゼンチンアリの生存圏の解析 静岡市にはまだアルゼンチンアリが生息していた!

▼安江 博(やすえ・ひろし)
1949年、大阪生まれ。大阪大学理学研究科博士課程修了(理学博士)。農林水産省・厚生労働省に技官として勤務、愛知県がんセンター主任研究員、農業生物資源研究所、成育医療センターへ出向。フランス(パリINRA)米国(ミネソタ州立大)駐在。筑波大学(農林学系)助教授、同大学(医療系一消化器外科)非常勤講師等を経て、現在(株)つくば遺伝子研究所所長。著書に『一流の前立腺がん患者になれ! 最適な治療を受けるために』(鹿砦社)等

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