当連載では、これまで芸能界の最近の動きについてレポートしてきたが、ここからは第2部として、紙幅の関係で『芸能人はなぜ干されるのか? 芸能界独占禁止法違反』(鹿砦社)で採り上げられなかった、過去に起きたタレントの独立・移籍事件を振り返ってゆくことにする。
タレントの独立と移籍は、日本の芸能界の核心部分を浮き彫りにし、「芸能界とは何か?」ということの答えが見えてくる。
芸能尾事務所のビジネスモデルは、人気タレントを独占的に抱え込むことで成立する。だから、芸能界の論理では、タレントが勝手に他の事務所に移籍したり、独立することは許されない。そこで、1963年に渡辺プロダクションが中心となって設立されたのが日本音楽事業者協会(音事協)だった。音事協加盟社間では、タレントの引き抜きを禁じ、独立を阻止するカルテルが結ばれている。過当競争を防いで、共存共栄を図ろうというのだ。
渡辺プロ元取締役、松下治夫は「かつてはタレントのほうがプロダクションより力が強いということもあった。ほかのプロダクションにもっていかれたくないものだから、プロダクションはタレントのいいなりになるしかない。そんな時代が長く続いていた。音事協ができたことで、レコード会社に対しても、タレントに対しても、プロダクションの発言力は強くなった。原盤権製作の交渉もスムーズに進められたし、タレントのやみくもな引き抜きもなくなった」と述べている(松下治夫著『芸能王国渡辺プロの真実。』青志社 )。
◆「掟」を破った仲宗根美樹の末路
では、音事協設立以前の芸能界はどうだったのか。ここでは音事協設立前年の1962年に起きた仲宗根美樹の引き抜き、独立トラブルを紹介する。
仲宗根美樹は、1960年、『愛に生きる』で歌手としてデビューした。翌年、17歳の時に『川は流れる』が大ヒットし、レコード大賞の新人奨励賞を獲得。62年には『紅白歌合戦』にも出場し、トップスターの仲間入りを果たした。だが、「金の卵」となった仲宗根をめぐり別所と美樹の母親、八重子との間で骨肉の紛争に発展していった。
美樹が所属していたのは、松竹の元社員、別所弥八郎が経営する「おれんじプロダクション」という芸能事務所だったが、1962年4月に別所が行なった記者会見で引き抜きトラブルの存在が発覚した。
八重子は、別所の乱脈経営と過密スケジュールを問題にし、別所と手を切って、美樹のマネジメントを西銀座プロダクションの小林忠彦に依託した。
これに対し、別府は人気に収入がやっと追いついてきた段階で引き抜かれたのでは芸能事務所の経営は成り立たないと主張したが、引き抜きを防ぐことはできなかった。
さらに母、八重子は移籍先の西銀座プロからも独立し、1962年11月、仲宗根プロダクションを設立した。
八重子が不満だったのは、出演交渉で相手と直接にではなく、間に第三者を挟む芸能界のしきたりだった。
たとえば、当時、都内のジャズ喫茶は渡辺プロの縄張りだったから、ジャズ喫茶に出演するためには、渡辺プロに出演料の1割を払わなければならなかった。また、東映の作品に出演するためには、美空ひばりが所属するひばりプロダクションを通すことになっていた。
これについて、小林はこう語っている。
「われわれプロダクションの仕事は、潜在失業者みたいなもので、プロダクション同士が助け合っていかねば、とうてい生きていけるものではない。
不動産屋みたいなもので、みるだけみせてもらって、あとは持ち主と直接取り引きでは不動産屋は上がったりですよ。モノゴトには順序があり、私が口をきいた話なら、あくまでも、私のプロダクションを通して仕事をするべきで、それを断わり直接に取り引きされたのでは、私の面目もまるつぶれだし、この世界のシキタリにも反することでしょう」(『週刊サンケイ』1963年2月11日号)
◆「掟」を制度化した渡辺プロと音事協
この芸能界の論理を突破しようとした仲宗根美樹は、結果的に干され、映画出演の話は潰れ、全国の巡業も極端に減った。これについて、小林はこう述べている。
「全国各地の興行関係の親分衆たちも、私が可哀そうだと思えばこそ、シキタリに反する不義理な八重子さんの仕事は、引きうけないという態度をとるのであろう」(前掲誌)
同じ年に設立された音事協は、有力芸能事務所が団結することで、この「芸能界の掟」を制度化する狙いがあったのである。
(星野陽平)
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