河井案里さんが当選無効となり、筆者もその再選挙に立候補した参院選広島2019を舞台とした河井夫妻による大買収事件。中国新聞の9月8日付けの報道によると、黒幕はやっぱりこの方でした。そう、故・安倍晋三さんです。

2023年9月8日付け中国新聞

◆「安倍さんから」はリップサービスではなかった!

9月8日、中国新聞が河井克行受刑者の「総理2800、すがっち500、幹事長3300、甘利100」というメモを2020年1月に検察が押収していたことを報道しました。安倍晋三さんら当時の自民党幹部が現金を河井夫妻側に提供していた、ということです。

買収資金の出どころは、政党交付金を原資とする河井案里さん陣営への1.5億円の振り込みなのかどうか、ということも論議を呼びました。しかし、その1.5億円ではなく、現金を政府・自民党幹部からもらった上で、それを買収資金に充てていたことが明らかになったのです。

筆者の知り合いにも「安倍さんから」と言われてお金をもらってしまった議員(その後辞職し、不起訴)もいます。その「安倍さんから」というのはリップサービスではなかったことの傍証に、このメモはなります。

おさらいしますと、参院選広島2019では、改選数2の自民党現職の溝手顕正さん、野党系現職(立憲、国民、社民推薦)の森本しんじさんに対し、自民党が執行部主導で元県議の河井案里さんを擁立しました。案里さんは元々、ご本人も国政への野望は強く、県議としての選挙区であった安佐南区以外でもよく筆者(参院議員か知事を念頭に政治活動をしている)とイベントなどで鉢合わせしました。そのことにも便乗して安倍晋三さんが、個人的なうらみのある溝手さんを落としにかかったというのが地元での大方の見方でした。従って、安倍さんらがお金を克行受刑者に渡したことは全く不思議ではありません。

安倍さんの狙い通り、案里さんが当選し、溝手さんが落選。しかし、ご承知の通り、案里さんは夫の克行受刑者とともに逮捕、有罪となり、当選無効になったわけです。

◆安倍晋三さん暗殺でやっと出てきた?

しかし、なぜ、今頃になって、そんなメモがあったことが明らかになったのでしょうか?もちろん、中国新聞記者の金権腐敗打破へ向けた粘り強い努力があったのは事実です。

しかし、一方で、「安倍晋三さんが亡くなった今だから出せた。」のではないかという疑念がぬぐえないのです。家宅捜索があった2020年1月はまだ安倍晋三さんが現役の総理でした。そして、案里さんが猶予付き有罪判決を2021年1月に受けそれを受け入れて翌月当選無効になった時も、2021年6月に克行受刑者に地裁で実刑判決が出た段階では前総理とは言え、まだ隠然たる影響力を党内で持っていました。

当時は、安倍晋三さんへの忖度が検察にも働いていたのではないか?検察は、安倍晋三さんをお金の原資提供の容疑で調べるべきだったのにしなかったのです。

そして、むしろ、当初は不起訴となったお金を受け取った地方議員らの起訴へエネルギーを割くことになります。2022年1月28日に多くの議員が検察審査会(不起訴処分を不満とする多くの市民の申し立てを受けて)により「起訴相当」になります。この時点でも安倍さんはまだご存命で、もちろん、絶大な影響力をお持ちでした。

◆不自然だった河井夫妻の「潔さ」

もうひとつ、疑問点がありました。河井夫妻が意外とあっさり議員を辞めたことです。2021年初の時点では、正直、案里さんも、克行受刑者も、たとえ地裁で有罪になっても、控訴して、それこそ、最高裁で有罪が確定するまで議員でいて給料をもらい続けるのではないか?という予測が当時は強かったのです。ところが、あっさりと、両者は判決を受け入れたのです。

これは、裁判が長引けば、上記のメモに書かれていたような安倍晋三さんに都合が悪い「余計なこと」を案里さんや克行受刑者もしゃべってしまうリスクがあったからではないのか?

そこで、安倍晋三さんの影響力が強かった自民党中央サイドから「いい加減にしとけよ」という圧力が河井夫妻にあった可能性は否定できません。夫妻の不自然な「潔さ」はその傍証です。

◆検察の忖度が安倍さんの命を奪う皮肉な結果

しかしながら、安倍晋三さんが亡くなられた今となっては、検証は難しくなってしまいました。検察は、2020年1月当時、名前がメモに上がった安倍さんらから事情を聴くことはしませんでした。なぜ、安倍さんの生前に、安倍さんを追及しなかったのでしょうか?イスラエルと比較しても日本の検察の異常さは明らかです。

イスラエルでは、安倍晋三さん同様に政治を私物化していたネタニヤフ被告人が現職総理のまま起訴されています。妻のサラ元受刑者も安倍昭恵さんと似たことをしていましたが、有罪になり、罰金を払っています。

なお、ネタニヤフ被告人はいったん、野党共闘に打倒されましたが、政権を奪還後、イスラエルの司法を、日本のように行政に忖度するようなものに改革しようとしています。日本の司法が悪いお手本になっています。

それはそれとして、日本では憲法上、国務大臣の訴追は総理の同意なしには無理です。安倍さんが自分の起訴に同意することはあり得ませんが、起訴する構えを見せるべきだったのではないか?あるいはひょっとしたら、さすがの日本国民も怒りが爆発し、安倍さんは総理退陣に追い込まれ、退陣後に検察は安倍さんを逮捕できたかもしれません。いずれにせよ悔やまれます。

正直、安倍さんが国葬なんてされる対象ではなかったことがさらに明らかになったでしょう。いや、そもそも、むろん、検察が本気を出して安倍さんを逮捕していれば、山上被告人に暗殺されることもなかったでしょう。安倍さんは刑務所の中の可能性もあるし、出所していても選挙の応援演説なんて誰も頼まないでしょう。

今回の安倍さんが黒幕だったという趣旨の報道を受けて、お金を克行受刑者にもらって辞職した元議員は「悪いことばかりして結局天罰が下ったのではないか?」と吐き捨てました。

◆検察の「暴走」と「不作為」

既報の通り、検察は対地方議員ではこの事件で暴走しました。

当初、検察は、「先生を起訴することはないから」と議員に対して「お金のわいろ性を認める」供述を誘導したのです。また、克行受刑者の裁判に当該議員が証人として出廷するときも、検察に都合のよい証言するよう、口裏合わせをしていたのです。

しかし、お金をもらった側が不起訴になったことに、当然、市民の不満が高まり、検察審査会に申し立てが行われ、起訴相当の議決が出ます。検察もそれを受けて議員を起訴したわけですが、議員は議員で怒るのも当然です。

もちろん、信念があるなら、克行受刑者を起訴するための検察の捜査の段階で、わいろ性を否定する答弁をしておくべきだったということは言えます。自分だけ助かって、克行受刑者を陥れることに検察と共謀したという批判ももちろんあります。こうした議員たちの行動はお金をもらったことも含めて決して褒められたものではありません。だが、検察のやり方は強引でした。

また、当初からわいろ性を認めなかった議員に対しては、お金を政治資金収支報告書に載せないように求めた。そして、そのことを今度はやり玉に挙げて「政治資金収支報告書に載せてないからわいろの認識があった」と主張する。そんなだまし討ちを検察はしています。そして、裁判所も検察の言うことうのみです。

起訴されて、地裁では有罪判決を受け、高裁に上告中のある現職議員は筆者に対して「検察の前では人権がないことがよく分かった。」と憤慨していました。

一方で、当時の安倍総理に対しては忖度していたのです。暴走と不作為。これが検察の問題です。

◆暴走する岸田総理や県知事・市長を救う効果も

さらにうがった見方をすれば、今頃になってこんな情報が出てきたことは、安倍さんが悪であることを今頃になって印象付けて、岸田総理を相対的に持ち上げる、政治的な効果もあるのです。岸田総理がマイナンバーカード問題なども含めてピンチだからこそ、「安倍さんは悪だった」ということで目をそらすことができます。

もうひとつは、今回の事件で起訴された市議や県議の多くが、市議会では松井一実市長、県議会では湯崎英彦知事に批判的な保守系の議員が多かったことです。広島では新自由主義で暴走する市長や知事に対して、立憲民主党の方がべったりの地方議員ばかりです。そして、自民党・保守系の方がむしろ中には批判的な議員もそれなりにおられるという皮肉な状況があります。

例えば中央図書館の強引な移転には、共産党と並んで保守でも克行受刑者からお金をもらった議員が反対している場合が多かったのです。そうした中で、市長や知事に批判的な人が打撃を受けたことで、市長や知事の暴走が加速している感があります。もし、事件がなければ、共産党+一部の保守という構図で暴走を止められた課題もあったかもしれない。しかし、共産党もお金をもらった人とは絶対に組めません。結果として市長や知事の思い通りの展開になります。

いずれにせよ、検察の動きは、結局、総理、知事、市長という時の権力者のためになっている。そのことが、河井事件で改めて見えてきたことではないでしょうか?

袴田事件でも明らかになった検察や司法の在り方の問題。改革は一朝一夕にはいきません。しかし、常に疑いの目を向けていく。このことが大事ではないでしょうか?

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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