子ども時代(保育園から中学2年生まで)の父親からの性的虐待により、大人になった現在、PTSDに苦しんでいるとして、広島市の40代女性が父親に慰謝料など3700万円を請求している「性虐待PTSDひろしま裁判」の控訴審判決が11月22日、広島高裁であり、原告=被害者女性の訴えを棄却する不当判決となりました。
◎父親から性的虐待、女性が損害賠償求めた裁判 広島高裁が訴え退ける「請求権は消滅」女性は上告の方針(広島ニュースTSS 2023/11/23)
◆「人倫にもとる」と父親を断ずるも「除斥期間」を理由に却下
広島高裁の脇由紀裁判長は被告=加害者=父親による性的虐待行為は「人倫にもとるもの」認定しました。しかし、女性が10代後半にはPTSDの症状を発しており、不法行為から「除斥期間」である20年がたってからは請求する権利はない、として一審判決同様、女性の訴えを退けました。原告の女性は、この判決にあきらめずにただちに上告することにしました。
原告は、2020年に提訴。しかし、広島地裁は2022年10月に父親による性的虐待の事実や女性の被害を認定しましたが、「10代後半には精神的苦痛を受けていた」ので、「遅くとも20歳になったときから20年が経過した提訴前の時点で、賠償請求できる権利が消滅した」と判断して原告の訴えを棄却。原告が控訴していました。
◆苦しむ期間が長いほど不利になる理不尽な理屈
たしかに本件の性虐待自体は20年以上前ですが、被害者はそれによって大人になった後もPTSDに悩まされています。父親による被害が現在進行形で続いています。裁判長は、PTSDが10代後半で既に発症していたことも理由に、そこを起点に除斥期間を設定してしまっています。これは苦しむ期間が長いほど、被害者が不利になるという理不尽な理屈です。
そもそも時効とは法的安定性の確保のために「権利の上に眠る者は保護せず」というのが趣旨です。権利があるのに怠慢で権利行使を怠ってきた者にはもう権利行使は認めないのが民法の思想です。例えば、友人に貸したお金の返済を長い間催促しなかったとか、大家さんが借主に未払いの家賃を催促しなかったとか、そういう場合を想定しています。今回適用された法理は旧民法で定められていた除斥期間であり、不法行為の債権が20年で消滅するというものです。モノを壊された被害者が20年間損害賠償を請求しなかったとか、そういう類のものです。
しかし、本件では、被害者は権利を漫然と行使せずにきたのではなく、10代後半以降、ずっと苦しんでおられたが、父親の性暴力による被害であることさえ意識できなかった。そして最近、やっと被害を言い出すことができたという事情があります。この点が、一般の損害賠償請求訴訟とは異なります。さらに、その被害は今も継続しているのです。被害者が直面した事態は、除斥期間を旧民法に導入した立法者が想定していない事態です。旧民法の時代には、そもそも家父長制のもと、父親の権威は絶対です。それと連動して刑法には戦後も維持された尊属殺人という規定がありました。父親の虐待に耐えかねて父親を殺した娘にあわや死刑適用かという場面もありました。この時は尊属殺人の規定は違憲だという判断が示されました。この時は「裁判官が仕事をした」と言えます。
だが、脇裁判長は、尊属殺人の規定があった時代の考えをひきずって今回の判決を出した、すなわち「仕事をしなかった」とも言えます。
◆伊方原発広島裁判仮処分却下に続き期待を裏切った脇裁判長
今回の裁判長は女性の脇由紀裁判官であったことから、ひょっとしたら、原告勝訴の判決もあるかもしれない、と筆者も期待しました。しかし、その期待はもろくも打ち砕かれました。冷静に考えると、脇裁判長は、筆者も原告である伊方原発広島裁判において、筆者ら原告側が求めていた運転差し止めの仮処分申し立てを却下した裁判官でもあります。要は、従来の判例から踏み込んだ判断をされるような裁判官ではなかったということです。
不当判決を上告した原告を徹底的に支援するとともに、一方で、裁判官の質によって被害者の救済が左右されないよう、今回のような事案に対応した法改正も必要と感じます。
◆フラワーデモ「勇気をもって訴えた原告に感謝」
広島高裁による不当判決を受け、「フラワーデモ」が夕方17時から広島市中区の本通り電停前で行われました。フラワーデモは2019年3月に、性暴力で起訴された男性が相次ぎ無罪となったことを受けて、それに抗議するために2019年4月11日に東京駅前で始まりました。それにより性暴力の厳罰化など、一定の法改正が進んだのは皆様もご承知の通りです。
この日は11日ではありませんが、今日の判決日にあわせて被害者勝訴であろうが、不当判決であろうが、開催されることになっていました。広島市での開催は大都会の割に少なく、7回目です。それだけ広島が特に岸田総理の選挙区である中心部ほど保守的ということはあるのですが、そんな状況で開催されている皆様には敬意を表します。
フラワーデモでは、まず、寺西環江弁護士から本件判決についての報告が行われました。
また、夫婦同姓を義務付けた民法の規定は「法の下の平等」を定めた憲法に違反するとして、国を訴えていることでも有名な恩地いずみ医師は「勇気をもって提訴した原告に感謝する」と原告の勇気を称えました。
また、主催者を代表して岡原美智子さんからはフラワーデモの歴史などについて紹介。その上で「同じ広島県内で、男性塾講師から10年以上も洗脳の上、性暴力被害を受け続けた20代女性が、フラワーデモのニュースを見て勇気を得て、弁護士に相談。提訴をし、事実上勝利となる和解を勝ち取った」ことが紹介されました。
広島県内では、このほかにも、呉の海上自衛隊でセクハラ被害者の女性隊員が望まないのに、加害者に直接謝罪させ、女性隊員が退職に追い込まれる一方で、加害者や上司は停職処分で済まされるという理不尽な事件が起きています。
全国的に見れば、例えばジャニーズにおける性加害問題は、長年、鹿砦社を除いてほとんど追及されてきませんでした。
性暴力を許さない社会へ、今回のように声を上げた被害者を支援することで声を上げやすくするとともに、裁判官の質によって被害者の救済が左右されないような必要な法改正が引き続き求められます。
[追記]広島高裁による不当判決を受け、広島市で行われた「フラワーデモ」は、毎月11日に首都圏で行われているフラワーデモとは直接、組織的な関係はなく、今回の原告の支援者が不当判決に抗議して行った街宣です。(筆者)
▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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