◆「気候危機」対策の現況と評価
① COP26合意の背景
2021年11月、英国グラスゴーで開催されたCOP26会議で、産業革命前からの気温上昇を1.5度に抑えることで合意、2050年までに世界のCO2排出量を実質ゼロにすることが世界目標となった。この決定プロセスについて、朝日新聞編集委員原真人氏は、以下のように書いている。
ここ数年、世界を脱炭素の急進路線に一気にかじを切らせた立役者はおそらくグレタ・トゥンベリさんや環境NGOではなく、世界の金融ネットワークである。
いま欧米金融界を中心に機関投資家、資産運用会社、投資コンサルティング会社などがこぞって脱炭素をめぐる国際的な指針づくりを進めている。企業が脱炭素にどれだけ熱心か情報を詳しく開示させ、市場で適正に評価するためだ。脱炭素市場に巨額の投資を呼び込もうという思惑である。仕掛け人は米投資銀行出身でカナダと英国の中央銀行総裁を歴任し、いまは国連の気候変動問題担当特使を務めるマーク・カーニー氏だ。同氏が提唱して発足した金融・投資家連合は「脱炭素に30年間で100兆ドルを投資しうる」と宣言している。狙うは化石燃料を利用する発電所やガソリン車を排し、代わって再生可能エネルギーや電気自動車への転換を1気に進めること。総とっかえの投資ブームを金融からの強力な締め付けで実現しようというのだ。(中略)
かつて地球温暖化外交で日本政府の交渉官を務めた有馬純・東大特任教授は「いまや温暖化そのものが巨大ビジネスになった。金融や再エネ業者、環境NGO、学者、そしてメディアも含めて1種の気候産業複合体、『温暖化ムラ』とも言えるような1大勢力ができている」と指摘する。
世界経済は1970年代はインフレで、80年代以降は政府や民間の借金積み上げで成長を遂げてきた。それも行き詰まり、昨今は中央銀行のお金のばらまきが頼りだ。それでも低成長から脱せないことに危機感を抱く金融・投資家連合が、次なる成長エンジンとして見込んだのが脱炭素マネーということか。(『朝日新聞』2021年12月22日付)
この記事は現代世界における脱炭素の位置付けを的確に描写している。1997年の京都議定書で設けられた排出権取引制度を通じてCO2の金融商品化が進んだことも、欧米金融界が脱炭素を後押しする大きな動機になっていると思われる。
欧州では月間10億~15億トンの排出権が売買され、月間500億~750億ユーロ(約6・5兆~9・8兆円)の巨大市場を形成している(『週刊東洋経済』2021年7月31日号 高井裕之「脱炭素で活況呈するEU排出権市場」)。「気候危機」論が普及し脱炭素対策が進めばこの排出権市場が拡大し、金融資本家にとっての利潤獲得機会が増大する。
脱炭素は、欧米金融資本の利潤獲得に貢献するものである。
② グレタ・トゥーンベリ氏の原発への態度
2021年7月18日にBS朝日から「グレタ・トゥーンベリ気候変動の最前線をゆく」という番組が放映された。この番組は英国BBCが18歳を迎えた彼女が大学を休学して世界中を旅した1年間に密着取材したドキュメンタリーを再構成したものである。
この番組の中でトゥーンベリ氏はポーランドの火力発電所を視察し、それに続いて廃坑になった炭坑を訪れ元炭鉱労働者たちと交流する。その後、その体験を踏まえてダボス会議(2020年1月21日)で演説し以下のように言う。
「先週私は職を失ったポーランドの炭坑労働者の方々と会いました。彼らでさえ諦めていませんでした。むしろ変わらなければならないという事実をあなた達以上に理解していました。」
この発言にはトゥーンベリ氏の原発容認姿勢が表れている。彼女が訪れたポーランドでは、再生エネルギーに加えて代替主力電源として原発の建設が進められており、将来的には代替電源の約5割を原発でまかなう予定になっている。その事実と考え合わせると、彼女の発言は「CO2削減のためには原発を使ってもよい」という主張に他ならない。
彼女は2022年10月、ドイツ公共放送ARDのインタビューで、気候保護のために原発は現時点でよい選択かと問われ、「それは場合による。すでに(原発が)稼働しているのであれば、それを停止して石炭に変えるのは間違いだと思う」と答え(『毎日新聞』電子版2022年10月14日付)、原発容認の姿勢をより明確に打ち出している。
③ IPCCの原発への肯定的評価
IPCCが2022年4月に発表した第6次評価報告書第3作業部会報告書には「原子力は、低炭素エネルギーを大規模に供給することができる(高い確信度)」と書かれている。
しかしこの認識自体、事実に照らせば誤りである。原発がCO2を出さないのは発電場面のみであり、ウラン燃料の採掘・精錬・運搬、施設の建設、運転終了後の廃炉作業、使用済み核燃料の保管・処理まで含めれば、膨大な量のCO2を排出する。
IPCCが提唱するCO2の排出削減という目的に照らしても、原発は極めて不合理な選択である。IPPCがそのような不合理な主張をしているという事実を見過ごしてはならない。
◆むすび 脱炭素から脱却し本来の環境保護を
メディアはグレタ・トゥーンベリ氏を環境活動家と呼んでいる。しかし、先に見たようにトゥーンベリ氏は「気候危機」対策としての原発を容認している。言うまでもなく原発こそが最悪の環境破壊の元凶であり、それを容認するような運動を環境運動と呼ぶことは適切ではない。「気候危機」論と環境保護を同1視すべきではないのである。
石燃料の無制限な使用が環境に悪いことは誰も否定しえない。化石燃料の資源は有限であり、その使用は大気汚染をはじめ各種の環境汚染の発生を伴う。従って、「化石燃料の使用を抑制しよう」という「気候危機」論のテーゼは、環境保護と共通点がある。
しかし、CO2の排出が気候に悪影響を与えるため脱炭素を進めよう、という点において、「気候危機」論は環境保護とは別物である。CO2自体は汚染物質ではなく植物の生長に必須の物質である。しかし「気候危機」論においてはCO2を出すもの=悪、CO2を出さないもの=善という2項対立が作り出され、実際には環境に最も悪い原発が推進される。
欧米金融資本は脱炭素に利潤の源泉を見出し、強力に脱炭素を後押しし、各種国際機関、各国政府も脱炭素を推進する政策を打ち出している。しかし脱炭素は原発推進を促すため結果として深刻な環境破壊をもたらす。
原発以外の手段で脱炭素を進めればよいという議論もある。しかし化石燃料を一挙に再生可能エネルギーに置き換えることは困難なため、脱炭素を是認すれば「足りない分は原発で」という論理によって原発推進に道が開かれてしまう。そもそも「気候危機」論自体が科学的に不確かな議論である以上、脱炭素に同調すべきではないのである。
脱炭素は端的に言えば資本の論理である。われわれは資本主義社会に生活している以上、それに順応した生活形態を余儀なくされる。例えば生活の糧を得るために営利企業に労働力を提供し賃金を得る必要がある。しかし、だからと言ってわれわれ市民に資本主義体制を強化する義務はない。同様に、市民には脱炭素に加担する義務はないのである。
市民は、IPCCの見解やそれに追随し無闇に危機感を煽るメディアの報道を額面通り受け取ることをやめ、脱炭素から距離を置くべきであろう。市民は真に環境によいことは何かを自分の頭で考え、大気、水、土地の汚染を防止し自然の植生を守り育てるという、環境保護本来の理念に立ち返るべきである。そうした環境保護の着実な活動こそ、今日の社会で求められている運動だと言える。その意味で、原発の廃絶=脱原発が最優先の課題であることは言うまでもない。(完)
◎「気候危機」論とは何か
〈前編〉二酸化炭素の人為排出は本当に気候に甚大な悪影響を与えているのか?
〈後編〉最優先の課題は、原発の廃絶=脱原発である
本稿は『季節』2023年夏号(2023年6月11日発売号)掲載の「『気候危機』論についての一考察」を本通信用に再編集した全2回の連載記事です。
▼原田弘三(はらだ・こうぞう)
翻訳者。学生時代から環境問題に関心を持ち、環境・人権についての市民運動に参加し活動している。
不屈の〈脱原発〉季刊誌
『季節』2023年冬号
通巻『NO NUKES voice』Vol.38
紙の爆弾2024年1月増刊
2023年12月11日発行 770円(本体700円)
2024年の大転換〈脱原発〉が実る社会へ
《グラビア》
「東海第二原発の再稼働を許さない」11・18首都圏大集会(編集部)
福島浪江「請戸川河口テントひろば」への道(石上健二)
《インタビュー》小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教)
必要なことは資本主義的生産様式の廃止
エネルギー過剰消費社会を総点検する
《インタビュー》井戸謙一(元裁判官/弁護士)
「子ども脱被ばく裁判」と「311子ども甲状腺がん裁判」
法廷で明らかにされた「被ばく強制」 山下俊一証言のウソ
《報告》後藤政志(元東芝・原子力プラント設計技術者)
【検証】日本の原子力政策 何が間違っているのか〈1〉
無責任な「原発回帰」が孕む過酷事故の危険性
《報告》木原省治(「原発ごめんだ ヒロシマ市民の会」代表)
瀬戸内の海に「核のゴミ」はいらない
関電、中電が山口・上関町に長年仕掛けてきたまやかし
《報告》山崎隆敏(元越前市議)
関電「使用済燃料対策ロードマップ」の嘘八百 ── 自縄自縛の負の連鎖
《インタビュー》水戸喜世子(「子ども脱被ばく裁判の会」共同代表)
反原発を闘う水戸喜世子は、徹底した反権力、反差別の人であった
[手記]原発と人権侵害が息絶える日まで
《インタビュー》堀江みゆき(京都訴訟原告)
なぜ国と東電に賠償を求めるのか
原発事故避難者として、私が本人尋問に立つ理由
《報告》森松明希子(原発賠償関西訴訟原告団代表)
原発賠償関西訴訟 提訴から10年
本人調書を一部公開 ── 法廷で私は何を訴えたか?
《報告》平宮康広(元技術者)
放射能汚染水の海洋投棄に反対する理由〈前編〉
《報告》山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)
「核のゴミ」をめぐる根本問題 日本で「地層処分」は不可能だ
《報告》原田弘三(翻訳者)
「気候危機」論の起源を検証する
《報告》三上 治(「経産省前テントひろば」スタッフ)
汚染水海洋放出に対する闘いとその展望
《報告》佐藤雅彦(ジャーナリスト/翻訳家)
フクシマ放射能汚染水の海洋廃棄をめぐる2つの話題
映画になった仏アレバ社のテロリズムと『トリチウムの危険性探究』報告書
《報告》板坂 剛(作家・舞踊家)
再び ジャニーズよ永遠なれと叫ぶ!
《報告》山田悦子(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈22〉
甲山事件50年目を迎えるにあたり
誰にでも起きうる予期せぬ災禍にどう立ち向かうか〈上〉
再稼働阻止全国ネットワーク
岸田原発推進に全国各地で反撃中!
沸騰水型の再稼働NO! 島根2号、女川2号、東海第二
《東海第二》小張佐恵子(福島応援プロジェクト茨城事務局長/とめよう!東海第二原発首都圏連絡会世話人)
《福島》黒田節子(原発いらね!ふくしま女と仲間たち/「ひろば」共同代表)
《東京》柳田 真(たんぽぽ舎共同代表)
《浜岡原発》沖 基幸(浜岡原発を考える静岡ネットワーク)
《志賀原発》藤岡彰弘(命のネットワーク)
《関西電力》木原壯林(老朽原発うごかすな!実行委員会)
《島根原発》芦原康江(さよなら島根原発ネットワーク)
《中国電力》高島美登里(上関の自然を守る会共同代表)
《川内原発》向原祥隆(川内原発二〇年延長を問う県民投票の会事務局長)
《規制委》木村雅英(再稼働阻止全国ネットワーク)
反原発川柳(乱鬼龍 選)
書=龍一郎