◆『グレタ たったひとりのストライキ』という本

グレタはその後も気候運動を続けている。

私は最近、書店で『グレタ たったひとりのストライキ』(海と月社)という本を見つけて購入し読んだ。この本はグレタの母親であるマレーナ・エルンマンが、グレタが学校ストライキを始めるまでの背景と家庭環境などについて書いた伝記である。スウェーデンでは2018年に、日本では2019年に出版された。この本の226ページ以降には、学校ストライキを始めたグレタが両親と交わした会話が以下のように紹介されている(下線引用者)。 

グレタはカーペットの上に座っていた。……

「それから、原子力について話す人たち」と彼女は続ける。「あの人たちは、原子力のことしか話題にしない。気候危機や環境危機なんて存在しないかのように、原子力のことだけしゃべりたいの。だから事実を知らない。もっとも基本的なことについても耳にしたことがないんだって。ただ、「じゃあ、原子力についてどう考えるのか? 」って言いたいだけ。そして、未来社会の問題を全部自分の手で解決したかのような笑みを浮かべる。だけど恐ろしいのは、多くの政治家も同じってこと。内心では、原子力ではもう解決できないって知っているのに、同じことを繰り返してる」

「科学者はどう言っているの?」と私が聞くと、スヴァンテが答えた。

「IPCCは、原子力は大きな包括的解決策の小さな部分にはなりうると言っている。でも、エネルギー問題は再生可能エネルギーでしか解決できないとも言っている。どっちにしても、決定するのは科学者の仕事じゃない。気候研究の科学者たちは、政治や現実の条件を考慮しない原子力に置き換えるなら、明日にでも何千もの発電所が必要になる。だけど、原子力発電所は完成までに10~15年はかかる。そんな事実は反映されてないんだ」……

「そう、私たちには新たな非化石燃料が膨大に必要。それも、いますぐ」とグレタは言った。「いちばん安くて早いベストの代替手段に投資する必要がある。それなのに、どうして建設に10年もかかるものに投資しなくちゃいけないの? 太陽光や風力を利用した発電所なら数ヵ月で完成するのに、どうして、どの会社も投資したくないほど費用のかかるものに投資しなくちゃいけないの? 太陽光や風力ならずっと安いし、しかも分単位でコストが下がっている。全然リスクがないものがほかにあるのに、どうしてリスクが高いものに投資しなくちゃならないんだろう? 既存の核廃棄物の最終処分の問題だって解決してないのに。それに、すべての化石燃料を原子力に置き換えるとしたら、今日から毎日ひとつずつ原子力発電所を完成しなくちゃ間に合わない。建設に必要なエンジニアを教育するだけでも100年単位の年月が必要なのに。だから原子力は実現可能な代替手段じゃない。そんなことはとっくにわかってる。なのに、どうしてその話ばかりする人たちがいるの? 私、ほんとうに怖い。政治家って、こんなこともわからないほど馬鹿なの? それとも、時間を無駄にしたいの? どっちがひどいことなのかわからないけど」

「原子力の問題は、多くの人たちにとって、すごく大きなシンボルなんだろうね」とスヴァンテが言い、アイランドキッチンのスツールに座った。「もし気候の話をしたくないんだったら、原子力の話題を持ちだすことだ。そうすれば、そこで話が止まってしまうから。原子力は、気候問題の解決を遅らせたい人たちにとって最良の友だ。自分もそうだったから、よくわかるよ。原子力発電を続けることはいい解決策だと、僕も以前は考えていた。それを完全に閉鎖しろと主張する環境活動家たちに対し、なんて後ろ向きなんだとうんざりしていた。人類は常に問題解決できるんだと、僕は信じたかったんだと思う。これまでだって、どんな解決策だって見つけてきたじゃないかってね。だから、現状の社会秩序を変える必要もないし、行きたい場所に旅行に行けばいいって。こっそり憧れていたレンジローバーも買えるって」……

君は原子力を話題にするのを絶対に避けたほうがいい。人々が完全な解決策について話さないのは、それに興味がないからだろう。5年や10年前だったら、また違ったかもしれない。そのころには、原子力発電の拡大は解決策の一部だという気運がまだあった。でも、べつの危機が起こってしまった

◆グレタの原発観

私はこの本を読んで、グレタさんに手紙を書いた時の自分の認識が誤りであったことに気付かされた。両親との会話の中で、グレタは「全然リスクがないものがほかにあるのに、どうしてリスクが高いものに投資しなくちゃならないんだろう? 既存の核廃棄物の最終処分の問題だって解決してないのに。……だから原子力は実現可能な代替手段じゃない。……私、ほんとうに怖い。」と言っている。

グレタに手紙を書いた時私は、彼女が原発の危険性や害悪についての認識が不十分なために原発を容認するような発言をしているのだと思っていた。しかし、この会話からは、グレタは原発のリスクも害悪も充分認識していることがうかがえる。

しかし父親のスヴァンテは「君は原子力を話題にするのを絶対に避けたほうがいい」とアドバイスする。その後に続く「人々が完全な解決策について話さないのは」以降の父親の発言は、何度読んでも意味がわからない。

彼が「別の危機が起こってしまった」と言っているのはもしかしたら福島原発事故のことを指しているのかもしれない。だとしても、そのことをもってなぜ「原子力を話題にするのを絶対に避けたほうがいい」ということになるのだろうか? そして彼は「原子力発電を続けることはいい解決策だと、僕も以前は考えていた」と言いながら、その考えがどう変わったのかについては具体的に何も語っていないのである。

両親との会話の中でグレタは「それから、原子力について話す人たち……は、原子力のことしか話題にしない。気候危機や環境危機なんて存在しないかのように、原子力のことだけしゃべりたいの。」と言っている。ここでのグレタのコメントは事実に反している。

グレタがここで「原子力について話す人たち」と言う対象が原発反対派のことか推進派のことか、あるいは両者を指しているのかは明確ではない。いずれにしても、原発推進勢力は「気候危機や環境危機なんて存在しないかのように、原子力のことだけ」話してきたわけではない。彼らは地球温暖化が世界的な共通認識になった1980年代以降1貫して、CO2を排出しない原発は温暖化対策に有効であり、気候危機対策のためにこそ原発が必要だと主張し続けてきたのである。グレタはなぜか、その重要な事実をオミットしている。

この本の読者の多くは、グレタは原発に反対だという印象を持つだろう。確かにグレタはこの本の中で原発に批判的な発言をしている。しかしグレタが本当に原発に反対であるなら、日本の一部の環境団体のように「原発にも化石燃料にも反対」と唱えるべきなのだが、彼女は運動の中では原発への反対は1切主張せず、もっぱら化石燃料反対を訴え続けている。彼女は理由不明な父親のアドバイスに忠実に従っているのだ。

2021年9月24日、グレタはドイツに乗り込み、「ドイツは気候変動の最大の悪者の一人だ」と演説した。ここでのグレタには、福島原発事故の教訓に学び脱原発を決めたドイツ政府の功績など眼中にないかのようである。

◆原発の「救世主」となったグレタ

こうして、グレタ・トゥーンベリは原子力発電の「救世主」となった。2011年の福島原発事故によって深刻な打撃を受け息をひそめていた原発推進勢力は、グレタが火をつけた気候運動によって反転攻勢の足掛かりをつかんだ。

グラスゴーでのCOP26開催中の2021年11月9日、フランスのマクロン大統領は「他国に依存せず、温室効果ガスも排出しない電源を確保していくため」福島原発事故以来ストップしていた原発の新設を再開する方針を発表した。

2022年1月1日、欧州委員会はEUタクソノミーに原発を含める方針を打ち出し、7月6日の欧州議会で最終決定した。韓国では2022年5月に発足した尹錫悦政権が、前政権の脱原発政策を転換し、脱炭素推進のためと称して原発回帰にかじを切った。

岸田政権はGX(グリーントランスフォーメーション)を推進して脱炭素社会を実現するという名目で、2023年5月12日にGX推進法を、5月31日にGX脱炭素電源法を、それぞれ国会で可決・成立させた。すべて気候危機対策を謳った原発推進である。

グレタはそうした原発推進の動きに対して反対を表明しない。それどころか2022年10月、ドイツ公共放送ARDのインタビューで、気候保護のために原発は現時点でよい選択かと問われ、「それは場合による。すでに(原発が)稼働しているのであれば、それを停止して石炭に変えるのは間違いだと思う」(『毎日新聞』電子版2022年10月14日付)と答えたことが報じられた。

この発言は原発の積極推進を主張するものではない。しかし世界的な環境活動家グレタが気候危機対策に原発が有用だと改めて認めたことは、世界の原発推進勢力にとって絶大な激励のメッセージとなったはずだ。

2021年に私がグレタさんに1通目の手紙を書いてから2年近くが経つ。返事はまだ来ない。かつて自分自身が語った「原子力は実現可能な代替手段じゃない」という言葉とは真逆の方向に向かっている今の世界の状況を彼女はどう見ているのだろうか。あるいは、これは彼女自身の当初の目論見通りの結果なのだろうか? グレタの運動は、原子力を「実現可能な」代替手段として蘇らせる上で、大きな役割を果たしてきたように見える。

私は折りを見て、彼女に2通目の手紙を書きたいと思っている。「あなたが本当に地球環境を憂うるなら、原発廃絶のためにこそ運動してほしい」と。(完)

気候危機運動の旗手 グレタ・トゥーンベリさんへの手紙
〈前編〉彼女がダボス会議で行った演説内容への疑問
〈後編〉そして彼女は原子力発電の「救世主」となった

本稿は『季節』2023年秋号(2023年9月11日発売号)掲載の「グレタ・トゥーンベリさんへの手紙」を本通信用に再編集した全2回の連載記事です。

▼原田弘三(はらだ・こうぞう)
翻訳者。学生時代から環境問題に関心を持ち、環境・人権についての市民運動に参加し活動している。

『季節』2023年冬号

〈原発なき社会〉を求めて集う
不屈の〈脱原発〉季刊誌
『季節』2023年冬号通巻『NO NUKES voice』Vol.38
紙の爆弾2024年1月増刊
2023年12月11日発行 770円(本体700円)2024年の大転換〈脱原発〉が実る社会へ《グラビア》
「東海第二原発の再稼働を許さない」11・18首都圏大集会(編集部)
福島浪江「請戸川河口テントひろば」への道(石上健二)《インタビュー》小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教)
必要なことは資本主義的生産様式の廃止
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《報告》木原省治(「原発ごめんだ ヒロシマ市民の会」代表)
瀬戸内の海に「核のゴミ」はいらない
関電、中電が山口・上関町に長年仕掛けてきたまやかし

《報告》山崎隆敏(元越前市議)
関電「使用済燃料対策ロードマップ」の嘘八百 ── 自縄自縛の負の連鎖

《インタビュー》水戸喜世子(「子ども脱被ばく裁判の会」共同代表)
反原発を闘う水戸喜世子は、徹底した反権力、反差別の人であった
[手記]原発と人権侵害が息絶える日まで

《インタビュー》堀江みゆき(京都訴訟原告)
なぜ国と東電に賠償を求めるのか
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《報告》森松明希子(原発賠償関西訴訟原告団代表)
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本人調書を一部公開 ── 法廷で私は何を訴えたか?

《報告》平宮康広(元技術者)
放射能汚染水の海洋投棄に反対する理由〈前編〉

《報告》山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)
「核のゴミ」をめぐる根本問題 日本で「地層処分」は不可能だ

《報告》原田弘三(翻訳者)
「気候危機」論の起源を検証する

《報告》三上 治(「経産省前テントひろば」スタッフ)
汚染水海洋放出に対する闘いとその展望

《報告》佐藤雅彦(ジャーナリスト/翻訳家)
フクシマ放射能汚染水の海洋廃棄をめぐる2つの話題
映画になった仏アレバ社のテロリズムと『トリチウムの危険性探究』報告書

《報告》板坂 剛(作家・舞踊家)
再び ジャニーズよ永遠なれと叫ぶ!

《報告》山田悦子(甲山事件冤罪被害者)
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誰にでも起きうる予期せぬ災禍にどう立ち向かうか〈上〉

再稼働阻止全国ネットワーク
岸田原発推進に全国各地で反撃中!
沸騰水型の再稼働NO! 島根2号、女川2号、東海第二
《東海第二》小張佐恵子(福島応援プロジェクト茨城事務局長/とめよう!東海第二原発首都圏連絡会世話人)
《福島》黒田節子(原発いらね!ふくしま女と仲間たち/「ひろば」共同代表)
《東京》柳田 真(たんぽぽ舎共同代表)
《浜岡原発》沖 基幸(浜岡原発を考える静岡ネットワーク)
《志賀原発》藤岡彰弘(命のネットワーク)
《関西電力》木原壯林(老朽原発うごかすな!実行委員会)
《島根原発》芦原康江(さよなら島根原発ネットワーク)
《中国電力》高島美登里(上関の自然を守る会共同代表)
《川内原発》向原祥隆(川内原発二〇年延長を問う県民投票の会事務局長)
《規制委》木村雅英(再稼働阻止全国ネットワーク)

反原発川柳(乱鬼龍 選)

書=龍一郎

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