◆近畿大学医学部付属病院内の食堂も「犯行現場」だった
虚偽の診断書を書いた医師がいた病院の一つに世耕弘成の祖父弘一氏創設者の近畿大学病院が入っている。片岡さんの話では、近畿大学は、眞須美さんがDさんにヒ素をもったとされる「犯行現場」でもあるという。
大阪府狭山市にある近畿大学医学部付属病院内の食堂で、眞須美さんがDさんに睡眠薬入りのアイスコーヒーを飲ませ、帰宅中、Dさんが車で事故を起こしたとされた件だ。当然警察、検察は食堂を訪ね、現場検証をしたり、従業員に事情聴取するはずだ。
だが、片岡さんが現場を訪ね、事件当時勤務していた人に話を伺ったところ「そういうのは、病院の方でやっていたみたいです」との答えが返ってきたという。「病院の方でやっていた」としても、警察は当日現場にいた人に必ず確認するはずだ。コーヒーを運んだ女性に「この席です」と眞須美とDさんが座ったテーブルを示させ、証拠写真を撮るはずだ。
私の店でもこの20数年で何度か現場検証を受けている。開店当時、店の看板犬はなを酔った客らが別の店に連れて行き、「お前が連れてきた」「ママに怒られる」などと口論になり、殴られた男性が瀕死状態になった(のちに回復)。店に現場検証に来た警察官に「尾崎美代子所有の子犬はなを巡り口論となり……」という調書を取られ、子犬はなを指さした写真を撮られた。
眞須美さんは別の日、和歌山市内の喫茶店で、Dさんのコーヒ-に睡眠薬を入れ飲ませ、その後Dさんの意識を失わせ怪我をさせたという。片岡さんがこの店を訪ねると、当時の従業員から「うちでそんな事件があったことになってんの?」と驚かれたという。
また眞須美さんが、岸和田の競輪場で健治さんと共にIさんに睡眠薬入りコーラを飲ませ、意識消失にさせたという事件もあった。その後、片岡さんが同競輪場に電話取材したが、競輪場の参事、藤井宗孝氏は「うちでそのような事件があったという”噂”になっているんでしょうか?」の述べたという。
片岡さんは「噂ではなく、検察が裁判で岸和田競輪場でそのような事件があったと言っている」と伝えた。すると藤井氏は「私はこちらに来て5年になりますが、そのような事件があったと聞いたことはありませんが……」と戸惑っていたという。更に他の古い職員、警備員らに聞いてくれたが、そのような話は「誰も知らない」とのことだった。
これらの事実について、片岡さんは、健治さんの次のような言葉が真相を言い当てていると思うと話された。
「DさんやIさんにも、ワシら夫婦は裏切られたわけやけど、ワシはあの2人を恨み切れないんですよ。Dさんさんは酒を飲むとタチが悪いけど、普段は仏さんのようなエエ男でしたし、Iさんはワシらに良く尽くしてくれましたから、あの2人もワシらを裏切ったのは、そうせざるを得ない状況に追い込まれていたからだと思うし、今は本人たちも罪悪感に苦しんでいるのではないかと思うんです」(デジタル鹿砦社通信 2017年7月19日「和歌山カレー事件 捜査された形跡がない不可解な殺人現場」より)
12月10日の学習会では、長男さんが、数年前、健治さんと共にIさんに会いにいった話をした。寝たきりになったIさんは2人の訪問を拒むことなく、健治さんに向かっては「あんたは車いすで動けるからいいじゃないか」などと、昔に戻ったように軽口をたたいていたという。
しかし、当時の話には固く口を閉ざしたという。Iさんの父と妹夫婦が警察関係者であることも関係しているのだろう。Dさんの親族にも警察関係者がいる。2人が真実を明かしてくれる日はくるのだろうか。
◆眞須美さんを犯人に仕立てた小寺哲夫という検事
眞須美さんをカレー事件の犯人とするため、仲間の関係を引き裂くようなストーリーを考えたのが、警察、検察だ。以下は私が以前、健治さんに聞いた話だ。
逮捕された健治さんのもとに、1週間ほどして大阪地検から小寺哲夫という検事がやってきた。小寺は口には出さないが、和歌山県警に対して「こんな大きな事件は、お前らみたいな田舎デカには解決できないぞ」という態度を見せたという。
それに反感をもったのか、地元の刑事からは、「林、余計なこというな。余計なこというたら、アイツにおかしなストーリー作られるぞ」と注意されたという。
以降、朝9時~夜19時までは刑事から保険金詐欺事件の取り調べを受け、それから深夜遅くまで小寺検事によりカレー事件の取り調べを受けるようになった。
「裁判で泣いてくれ」。
眞須美さんが否認を続けるため、捜査に行き詰まったある日、小寺が健治さんにそう泣きついたという。
「なぜそこまでするんや」と聞く健治に、小寺は「これだけマスコミを騒がせたのだから、(眞須美を逮捕しないと)世間が納得しない」と答えたという。
小寺はまた「全国の女性から『眞須美に殺されかけた健治さんが可哀そう。助けてあげて下さい』と嘆願書が集まっている」と書類のようなものを見せたり、「公判も俺が担当、求刑も俺が出す。協力してくれたら、府中の医療刑務所に入れてやる。そこには今、角川春樹がいるから、彼に本でも書いてもらえ」などとあの手この手で健治さんを懐柔し、しまいには「協力しないと懲役15年だぞ」と脅したという。しかし健治さんは最後まで協力しなかった。
健治さんは、一審は黙秘、二審からは「自分でヒ素を飲んだ」と証言したが、「眞須美を庇うための嘘」とされ、2002年、懲役6年の実刑判決が下された。「やすいな(軽いな)」と思わず口にした健治さん。健治さんもまた眞須美さんの被害者にされていたからだ。
◆「ヒ素」は「同一」ではなかった
小寺が健治さんに協力してくれと泣きついた時期、警察と検察は、林家から見つかったというヒ素と、カレー鍋などから見つかったヒ素が同一であるという鑑定書を作成しようとしていた。
過去にシロアリ駆除の仕事をしていた健治さんは、ヒ素は持っていた。が、カレー事件でヒ素が問題になった頃、疑われるのが嫌で、眞須美さんに処分させた。それなのに、2人が逮捕された後、林家からヒ素が見つかった。
それも連日80人以上の刑事が捜索するなか、4日目にだ。しかも健治さんは、その事実を、起訴後に移送された拘置所で、面会にきた小寺に聞かされた。
警察署に勾留中、刑事や小寺はなぜ言わなかったのか。「何でや?」とその理由を聞いた健治さんに、小寺は「あったもんは仕方ない」と小声で答えたという。
「捏造したんやろ」と迫る健治さんに、「お前、こんなんとこ(拘置所)入って疲れてんのに、頭の回転早いな」と返したという。
当初、林家で見つかったヒ素を、科学警察研究所で鑑定した結果、祭り会場で見つかったヒ素と「同一と考えても矛盾はない」とされた。一見「同一」と思えるが、そうではない。
2015年、鑑識学会で発表された「鑑定書結論の強さの段階」で「~と考えられる」は「80%の推認」、「~として矛盾はない」は「70%の推認」で、「~と考えても矛盾はない」は、0.8×0.7=0.56%と、半分か、それよりも低いのだ。つまり「決定打」にはならなかったのだ。
しかし、眞須美さんが起訴される12月29日までに、ヒ素が「同一である」との新たな鑑定書が作成された。東京理科大の中井泉教授と聖マリアンナ大学の山内博助教授(いずれも当時)が、当時で世界最先端の科学分析装置「Spring-8」で実験を行った結果だった。
その後、この山内・中井鑑定を覆す学者が出現した。真須美さんの弁護団が、2009年、和歌山地裁に再審を請求、その後京都大学河合潤教授の、ヒ素は「一致していない」とする再審請求補充書、同教授によるヒ素の「鑑定書」を提出した。
しかし、2017年3月29日、和歌山地裁はこれを棄却。弁護団は大阪高裁に即時抗告したが、控訴棄却。最高裁に特別抗告中の2021年6月24日、眞須美さんは長女の突然の死という混乱の中で取り下げてしまう。弁護団は取り下げ無効確認の手続きを行うが2022年4月13日最高裁は取り下げは無効でなく特別抗告は終結したとの判断をだした。
一方、2021年5月31日、別の弁護士が新たな証拠による再審請求を和歌山地裁に行ったが、2023年1月31日棄却され、弁護人は大阪高裁に即時抗告中である。(完)
◎尾﨑美代子-緊急学習会「和歌山カレー事件は冤罪だ!」報告
〈前編〉カレー事件発生当時、林家に同居していた二人の男性についての話
〈後編〉大量殺人事件で「現場検証」がなされない不思議
▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58