1月18日、ある動画がYouTubeで公開され、話題を呼んだ。筆者も初めて見る映像だった。公開されたのは、ある刑事事件で「犯人隠避教唆」の疑いで逮捕され、有罪判決をうけた元弁護士・江口大和氏が、検察で取り調べられている映像だ。

江口氏は、逮捕時から一貫して容疑を否認、取り調べで黙秘した。しかし、横浜地検特別部の川村政史検事は、黙秘権を行使する江口氏に対して、延々と江口氏の人格を否定するような侮蔑的な発言を発し続けていた。動画は21日間約56時間に及んだ取り調べの映像を約13分に編集したものだ。

江口氏はその後、こうした取り調べは、憲法が保障する黙秘権を侵害する違法行為だとして、国に1100万円の国賠訴訟を提訴。動画は国側の証拠として開示されたものだ。

動画は、川村検事の後方から撮影しており、正面に江口氏が映っている。川村検事は机を叩く、怒鳴るなどはしないものの、「がきだよね、あなたって」「ぼくちゃん」「おこちゃま」「もともと嘘つきやすい体質なんだから」「詐欺師的な類型の人に片足突っ込んでる」などと江口氏をひたすら罵倒し続ける。江口氏が取り調べを中断しトイレに行き、席に戻った際には「取り調べ中段してすいませんでしたとか、いうんじゃねえの、普通」「あんた、被疑者なんだよ」などとイヤミをいう。

江口氏の弁護人・趙誠峰弁護士は公開前、ブログで「憲法が黙秘権を保障していることの意味は、権利を行使する人に対して、取り調べと称してこのような罵詈雑言を浴びせることは許されないということではないか」と書き、動画公開に踏み切った理由を「実際に行われている『取り調べ』が、いかなるものかを多くの人にみてもらう必要があると思ったからです。そのなかで、黙秘権を行使することの意味(黙秘権を行使しても、このような取り調べが20日以上も続く現状が、黙秘権侵害といえないのか)を考えてもらいたいと思ったからです」と述べた。


◎[参考動画]取り調べで「ガキ」「僕ちゃん」 検察官発言、法廷で再生 黙秘権巡る訴訟・東京地裁(時事通信映像センター 2024年1月18日公開)

2019年、業務上横領の容疑で逮捕、起訴され、2021年10月28日、裁判で無罪判決を勝ち取った東証一部上場企業プレサンスコーポレーション元社長の山岸忍氏が、国を相手に訴えた国賠訴訟で、同じく取り調べ動画の公開を請求した。

昨年9月19日、大阪地裁は、山岸氏の部下Kを取り調べた録画録音記録約70時間のうちの約18時間分の提出を国に命じた。そこには、検事がKに「あなたはプレサンスをおとしめた大罪人」などと迫った場面が含まれる。裁判では、山岸氏の有罪を立証するKの供述の信用性が問われ、山岸氏は無罪となった。

地裁判決は「違法な取り調べの立証には、検事の口調や動作といった要素も重要。映像は最も適切な証拠だ」として国に提出を求めたが、検察は控訴。1月22日、大阪高裁は、動画の重要部分を非公開とする決定を言い渡した。そこからは、検察官が机を叩いて一方的にKを怒鳴り続けたシーンが削られてしまっているという。山岸氏はこれを不服として、現在、最高裁に不服申し立てを行っている。

現在、筆者が取材を始めたこの事件は、2008年発覚した郵便不正・厚労省元局長事件(村木事件で、村木厚子さんを冤罪犠牲を強いた大阪地検特捜部が新たにつくった冤罪事件だ。学校法人明浄学園の運営する校地の売却代金21億円を、当時の理事長・大橋美枝子氏らが横領した事件で、山岸氏と部下のK氏、山岸氏が懇意にしていた不動産会社社長Y氏も共謀で逮捕、起訴された。

大阪地検特捜部は、K氏・Y 氏の虚偽供述に基づき山岸氏を逮捕した(Y氏はその後虚偽供述の撤回を検察に求めたが叶わなかった)。山岸氏は、個人資産18億円を貸し付けたのはあくまでも学校法人であり、大橋氏らの横領などに関わってないと一貫して無罪を主張した。

山岸氏の逮捕後、弁護団が客観的証拠などを検討してみると、じっさいには学校法人がお金を借り入れるという内容の文書やメールなどが多数存在していた。これはK氏の供述と完全に矛盾するものだった。

では、なぜK氏は世話になった山岸氏を罪人に落とし込めるような虚偽供述をしたのか? その後、弁護団が多くの証拠を開示させていくなかで、K、Y両氏の取り調べの録音録画の内容が明らかになってきた。記録は、K氏で21日間のうち20日計73時間半、Y氏も同じ日数で計69時間にも及んでいた。

接見にきた弁護士が山岸氏に「山岸さん、Kの取り調べで田淵大輔検事が怒鳴っているシーンがあったんだよ」「昨日観た場面では田淵検事がバンバン机をたたいてKを威嚇していたよ」と報告、その一部を書き起こして山岸氏に差し入れた。

田淵検事はKに対して、「ウソだろ。今のがウソじゃなかったら何がウソなんですか」「ウソついたよね」「なんでウソついたの?」「これ以外にもウソいっぱいついているだろ、わたしに。これ以外にもわたしにウソいっぱいついたでしょ。私はあなたの良心にすこしかけてみた。わたしは悪いあなたがでてきたら、今みたいな弁護をすると思いましたよ。でも、あなたがウソをついたことを悔い改めたら、頭をさげると思ってました。でも、あなたはそれどころか逆ギレじゃありませんか。しかも、そんな怖い顔をして。悪びれるどころか、ウソの上塗りをしてきたよ。なんでそんなことができるの?なんでそんなことをするんですか?ほかにもウソをついているだろ」、そして、「あなたは、プレサンス社の評判を貶めた大罪人だ。会社から10億、20億ではすまされないほどの多額の損害賠償請求をされるが、それを背負う覚悟はあるのか」などと脅し、山岸氏の関与を認める供述を強要させていた。山岸氏は、この書き起こしを読み、元々気の弱い部下のK氏がどうして自分を陥れるような嘘の供述をするのかがようやく理解できたという。

一方、Y氏を取り調べた末沢岳志検事について、「悪質さは(田淵と)同等かそれ以上ではないか」と山岸氏はいう。末沢検事はY氏に「何度もいうように、山岸さんの関与が本当にあるんやったら、それ言わへんかったら、今のこの立ち位置だけからしたら、大橋さんと同じくらいYさんすごくこの件に関与した、非常に情状的にはやっぱりかなり悪いところにいるよということ。もう、お金貸して戻すところまで全部わかっているんだから」と、Y氏が山岸氏の関与を否定する供述を続けるならば、主犯の大橋と同じくらいの罪になると恐怖心を煽っている。

 

山岸忍氏の著書『負けへんで! 東証一部上場企業社長vs地検特捜部』(文藝春秋社)

そのうえで、「山岸さんが主導する、プレサンス側の意向があったから、これはもうやらなアカンのやというような話で、今回の件の21億円回して返済するところまでやったんやというんやったら、それはおのずと責任の重い軽いというのは、それは変わってくるでしょ」と、山岸氏の関与を認める「自白」をしたならば、Y氏自身の罪が軽くなると騙している。更にY氏は部下にまで罪が及ぶと脅され、いったん山岸氏が大橋氏個人へ貸し付けたと認める調書の作成に応じた。

その後Y氏は調書を撤回してほしいと検察官に懇願したが、撤回されず、検事からは「そんだけ言うんやったら、法廷でひっくり返したらよろしいやん」などと捨て台詞を吐かれていた。Y氏は公判で、先の虚偽の供述を撤回したうえで、末沢検察官から「山岸さんの関与を認めないと、自分の責任が重くなる。部下も逮捕されるということを仄めかされて事実とは違う内容の供述調書に署名してしまった」とはっきりと証言した。

そこで山岸氏の国賠では、こうしたK氏やY氏への取り調べを録音録画した記録を証拠として提出させることが重要になった。しかし、大阪高裁は最も重要な部分を非公開にするとした。

実は山岸氏の弁護団は、膨大な量の録画録音記録の書き起こしを専門業者に依頼せず、自分たちで行った。書き起こしながら、その取り調べ時の検事の口調、動作などを少しでも知る ためだ。筆者も山岸氏の著書『負けへんで! 東証一部上場企業社長vs地検特捜部』(文藝春秋社)で、その内容の一部は読んでいた。しかし、そこに冒頭の取り調べのシーンのように、音と動作が入ったならば、一層その迫力が増すというものだ。ぜひ、山岸氏の国賠訴訟で、その場面を見てみたい。

▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

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