「警察はなんであんなに頑固なのだろうか……」。

6月10日より大阪地裁で始まった裁判員裁判がある。大阪府羽曳野市で2018年2月、当時64歳の男性が刺されて殺された事件で、殺人の犯人として逮捕された山本孝さん(48歳)の裁判だ。事件発生から4年後に逮捕された山本さんは一貫して犯行を否認している。そしてようやく迎えた刑事裁判は、異例の長期審理となるそうだ。

弁護団長を伊賀興一弁護士が務めていることもあり、おつれあいの伊賀カズミさん(国民救援会大阪府支部会長)が青木恵子さんに「傍聴に来て」と依頼していた。青木さんは多忙な中、傍聴にいっていた。

私も行きたいところだが、仕事の時間と重なり行けなかったが、傍聴帰りに店に寄る青木さんにその都度、話を聞いていた。そうしたところ、6月20日の朝、青木さんから「夕方から弁護団が緊急の記者会見をやるそうです。ママは来れないね」とメールが来た。

確か来週月曜日に山本さんの本人尋問が予定されていたはず。なのに、なぜ今日(6月20日)突然に……と思い、私は店を休んで会見に行ってきた。


◎[参考動画]羽曳野市の殺人事件で初公判 被告の男「やっていません」起訴内容を否認(テレビ大阪 2024/06/10)

◆山本さんを犯人とする直接証拠は全くない

山本さんを犯人とする直接証拠は全くない。そのために「山本しかいない」とあれこれ「言い訳」するかのように証人が多く登場する。裁判が始まって10日目で、17人予定されている証人のうち11人が証言台にたった。

青木さんの話では、ある日は事件当日の夜、灯りがついていた山本さんの家に聞き込みにきた女性刑事が証言に立ったという。女性刑事に応対した山本さんの奥さんは「主人が散歩のため家を出た」と話し、散歩から戻った時刻がだいたい午後9時30分頃だったと話したという。

刑事の手帳にも「9時30分頃」との記述があり、刑事は裁判前、ほかの刑事に「(山本さんが)家に戻った時間」と言っていたという。しかし、裁判の証言台に立った女性刑事は「戻ったのではなく散歩に出た時刻」と証言したという。 

事件が起きた様子はこうだ。被害者の男性が、食事後内縁関係の女性を先に家の前で降ろし、男性は近くの駐車場に車を止めにいった。男性はそこから女性の家に歩いて帰る途中襲われた。

犯人が現場を去った時刻は周辺の防犯カメラやドライブレコーダーの映像などから午後9時44分とわかっている。そしてその不審な男性の背格好が、山本さんに似ていたというだけで、山本さんが逮捕された。もちろん顔など一切映っていない。 

◆山本さんの些細な嘘と警察の杜撰な捜査

実は、山本さんは、その女性と植木鉢をめぐって近隣トラブルを起こしていた。その日も「散歩」ではなく、車の音がしたので、降りてくる様子などを確認(見張り)に行ったのだった。

「見張り」していることを家族に知られたくなかったのか、山本さんは「散歩に行ってくる」と家族に告げて出ていた。その些細な嘘も、山本さんが疑われた背景にあったのだろう。

しかし、裁判で証言台に立った山本さんの家族(元つれあいと長女)は、散歩から戻った山本さんはいつも通りにくつろいで酒を飲んでいたと証言した。詳細は省くが、殺害方法が非常に残忍というか、一発で仕留めるような特殊な方法だが、そのようなスナイパーのような方法で殺害してきて、いつも通りにのんびり家族と過ごすことができるだろうか?

また、被害者は路上で殺害されたが、警察、検察は被害者は「密室」で殺害されたかのような主張を行っていた。つまりその住宅地に入るには3箇所しか入れる場所はなく、そのいずれの入口の防犯カメラでは、当社夜8時~11時の間、不審者が入った形跡はないというものだ。だから、犯人は当時その住宅地にいた者だと。4年間で約460人の容疑者が浮かんだが、結局地元に住む山本さんが犯人とされた。

今日(6月20日)の裁判では、先の3つの入口からしか入れないとの検察の主張が崩され、警察官が弁護側が主張する「ほかのルートもあった」を認めたという。

◆「なんで、警察というのはあんなに頑固なんですかね」

6月20日、私は店を休み、なるべく良い場所を確保しようと、弁護士会館に5時過ぎに着いた。6時まで別の会議が入っていたため、部屋の外で待っていると、カメラを担いだ報道陣などぼちぼちがやってきた。そのあとに「ここかな?」と不安そうにやってくる初老の男性がいた。青木さんから「今日の会見にはお父さんが出席するそうよ」と聞いていた私はとっさに「お父さんだな」と思った。

しばらく窓際で並んで黙っていたが、おもわず「山本さんのお父さんですか」と話しかけた。「そうです」と男性。「私はこういう者です」と持参した自著『日本の冤罪』を渡そうとした。青木さんから、裁判には両親、山本さんの姉、おばさんらが泣きながら来ていると聞いていた。

青木さんは、「自分が持っている『日本の冤罪』を今日の午前中の裁判で家族に渡す」と言っていた。何人かで読むのは時間がかかるだろうから、私も一冊家族に手渡す予定で持っていった。1冊を5000円、1万円で買ってくれる方もいるので、「これを読んで冤罪を知って下さい」と関係者に無料で渡す使い方もありだと考えていた。

するとお父さん、本をじっとみながら「これは、伊賀先生のところで『読んでおいて』と渡されました」という。ああ、そうだったんだ。そして、5階の窓の下に見えるきれいな花を見て、「きれいな色ですね。弁護士会館の外に咲いてたのと色がぜんぜん違う」とお父さんがいう。

そう、あの花、いつもこの時期、弁護士会館の入り口にきれいに咲いている花だ。そんなに色が違うとまで見ていなかった私は「玄関先に咲いてるのは排気ガスとか吸ってるからですかね」というしかなかった。

そしてまたぽつりとお父さん。「なんで、警察というのはあんなに頑固なんですかね」と。 

「今日来ている青木恵子さんなんか、再審で無罪になったのに、国賠で当時取り調べた刑事が、今でも青木さんを犯人と思ってると言ってましたよ」と話した。そして、「多くの人が警察は嘘をつかない、市民を守ると思ってますから」と話した。でも違うから。山本さんのお父さんがいうように、警察、検察は頑固だ。一度こうと決めたことを絶対に変えない。変えたくない。だからいつまでも冤罪が起きてしまう。伊賀弁護士は会見中何度も強く訴えていた。「山本さんの無実を勝ち取ること、そして冤罪を作らないために弁護活動をやっていきたい。」

会見中の弁護団(6月20日筆者撮影)

▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

尾﨑美代子著『日本の冤罪』

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