◆私の夏 in ピョンヤン 悲喜怒こもごもの夏
8月の京都は、祇園祭、大文字など京都五山の送り火、鴨川縁の納涼床etc.華やかな夏の季節、学生時代の私はイベント屋のバイトで見物場設置などに汗を流していたが、ゆっくり祭り見物をしたことがない。納涼床も下から見上げるだけ、夜の鴨川散策中の恩人と「あんなとこで一回くらい食べてみたいよねえ」と言いながら。でもそんな「夏の京都の文化」はいまも懐かしい。
夏の夜、三条大橋下で「作家志望の詩人」と企画した乞食のおっちゃん二人組との酒宴、翌朝目覚めて比叡山方向から昇る太陽を皆で眺めたこと、その時「満州の太陽はもっとでっかいぞ!」と叫んだおっちゃんの一言etc.は「夏の京都青春記」のいい思い出だ。鴨川の夜に舞うホタルも見に行ったなあ……。
そして今年の朝鮮の夏のエピソード……
例年なら東海岸(日本海)の海に行くところだが、寄る年波に「遠出の海へはキツイ」ということで今年は3時間ほどでいける南浦(ナンポ)近くの龍崗(リョンガン)温泉に二泊三日のプチヴァカンスを楽しんだ。ラドン系温泉は皮膚疾患、神経疾患に効能があり、みな肌色が若返ったように思う。私は7、8年前にバレーボール着地時に痛めた左膝靱帯の若干の痛み(階段登り降り)がかなり和らいだ。たった二日でこれだから、この温泉の効能は抜群ということだろう。
炎天下のバレーボールもやった。70代後半、80歳の後期高齢者がやるのを見た温泉場の人たちは「まあ、ようやる爺さんたちや」と驚きあきれていた。夜は私がバーテンダー、マティーニをつくるのをウェートレスの一人が興味深げだったので「ジンとベルモットを3:1で混ぜるだけ」と教えた。朝鮮の若い女の子とのささやかな交流で若林爺の頬は緩む。
とまあ、いいヴァカンスを過ごせた。
日本の今年の夏には「夏休みなんてなくしてほしい」というシングルマザーの声に驚いた。子供の学校給食がなくなると家計が苦しいからだというのには絶句、朝鮮で呑気な夏休みの私は言葉もない。
昨日(16日)の朝鮮のTV報道で平安北道、慈江道、両江道の鴨緑江氾濫で被災した幼児教育(幼稚園)、学童教育(小中学校)の必要な子供たち、幼児持ちの母親、病弱者、弱った老人ら総勢15000余の人たちがピョンヤン到着、4・25旅館は学校になるそうで、宿所の閲兵式参加兵士用の大きな宿泊施設に全員が入ったと報じ、宿所訪問の金正恩総書記と子供たちの交流場面も報道。
中国東北地方、朝鮮北部の前例のない豪雨で鴨緑江が氾濫、広大な地域が水没、人民軍大型ヘリコプター総出動で5000余名が全員救出されたが、これを陣頭指揮する金総書記は現地で緊急列車会議を連日持ち、復旧対策を矢継ぎ早に打ち出した。4400戸の新規住宅建設、また幼稚園、学校建設も最新式のものを2、3ヶ月内に完工することなど実にスピード感のある対応策だった。この時、教育は一瞬間も遅らせられない国事だとして採られた措置が被災地の子供たちに、現地復旧までの期間、首都ピョンヤンでの幼児、学童教育を全面的に保障する措置だった。
こんな朝鮮の災害対策の迅速さ、キメ細かさと見比べて、能登地震から7ヶ月経ったいまも珠洲市では水道も電気も通っていない家があり、被災現場と破壊家屋がまだ放置され、仮設住宅建設と入居もままならず車中泊の人々、ましてや家業や自宅復旧の目途も立たない能登の惨状はひどすぎる。大規模災害時に総動員されるべき自衛隊は、日米韓やNATO各国軍との共同軍事演習に明け暮れるという変な実態。いったい誰の顔を見て政治やっとるんや! と泉房穂さんじゃないが言いたくなる。岸田政権は能登を地方消滅政策の「見本」にするつもりなのだろう、ここまで来た戦後日本は革命すべき対象以外の何ものでもない。
そんな悲喜怒こもごもの「私の夏inピョンヤン」をプロローグに以下は「戦後日本の革命inピョンヤン」7回目に訴えたいこと。
◆「いまトラ」でも「もしリス」でも老衰一途は止まらない
「いまトラ」から「確トラ」移行かと思われた米大統領選挙戦だが、どうも風向きが変わりつつある-いまや風は「もしリス」へ? 「もしリス」は私の勝手な造語、「もしハリス」の「ハ」を抜いた短縮形、まあ語感もいいし「トラ」と「リス」の闘いになぞらえたような感覚的な造語、この連載ではお許し頂きたい。
トランプ暗殺未遂事件で勝利は確定的と言われた「確トラ」、またハリスは副大統領としても無能だからトランプに勝てる候補はオバマ夫人ミシェルだとか言われてたのがいまや世論調査では「ハリス優勢」にまで変わった。「外交無能」が急に「有能」に変わるはずもないから「ハリス優勢」には何か裏があると考えるのが当然だ。
トランプはウクライナの負けは確定、だからウクライナ戦争はやめさせ対中対決に集中するとしたが、ガザ中東戦争の方はトランプのイスラエル絶対支持では終息が見込めない。中東と中国との二正面作戦をやる力は米国にはない。だとすればどちらかといえば「パレスティナに同情的」とされるハリスに中東戦争終結を任せる。またNATO諸国を対中対決に引き込むにはNATO諸国と軋轢のあるトランプではまずい、しかも欧州で台頭するいわゆる「極右」、「NATO離脱」主張の自国第一主義勢力が勢いを増すのもまずい等々の判断が米覇権支配層をして「もしリス」に風向きを変えたとしてもおかしくはない。
すでにウクライナはトランプと関係なくいまや「ウクライナ敗北」は確定的で和平交渉に向かって動いており、いまは「どう負けるか」、少しでも有利な「敗戦交渉」に向けて事は動いている。それがウクライナ軍をして必死の「数十kmロシア領内侵攻」に踏み切らせ、敗戦後の「ゼレンスキー亡命を米国が受け容れる」佐藤優発言を呼んでいる。
だから「確トラ」の声は消え「いまトラ」変じて「もしリス」といういまの状況になったのではないかと思う。
でも「もしリス」になったところで老衰一途の米覇権秩序、「米中心の国際秩序」瓦解は止めようがない。誰が大統領になろうと、米国自身がいくらあがこうと世界と時代の様相は変わったのだ。いまや米国の「例外主義」を誰も認めないし、「パックスアメリカーナ」の時代に戻ることはありえない。ボブ・ディランじゃないが「きのうの一番はびりっかすになる」-「時代は変わる」いや時代は変わったのだ。
「対中対決に集中」という長州征伐ならぬ「中国征伐」のためにG7諸国がこぞっていまインド太平洋地域に軍を送りこみ各種の共同軍事演習に熱を上げている。でも徳川幕府の長州征伐同様、老衰一途の米覇権帝国「幕府ご瓦解」はいまや時間の問題だろう。
でもトラになっても、リスになっても米国という狼が羊になることはない。覇権瓦解をなんとか押し止め回復を図る、そのためには手段を選ばない、あがきにあがく。「窮鼠猫を噛む」から始末に負えない。
その一番の被害をこうむるのがわが国、岸田首相の言う「米国の最も近い同盟国」日本だ。
◆日米“核”協議体創設が始動 「2+2」で「拡大抑止協議」を閣僚級に格上げ
2年ほど前から本通信で日本の対中・代理“核”戦争国家化への危険を訴えてきたが、これまではまだ具体的な動きはなかった。
昨年4月の米韓首脳会談で米韓の間で米韓“核”協議グループ新設が決まり、「有事の核使用に関する協議」が米韓では可能になった。しかしながら日本との間では米国の慎重姿勢が続いた。米韓首脳会談につづく昨年8月の日米韓キャンプデービッド首脳会談でも、今年4月の岸田国賓訪米、日米首脳会談でもこの問題が公式に表面化することはなかった。
「いずれ日米間で“核”協議体創設が合意されることは必至」と訴えてきた私は「狼少年」と言われるところだったが、やはり狼はやって来た。
7月28日、日米外務、防衛担当閣僚による日米安全保障協議会「2+2」が開かれ、在日米軍司令部を作戦指揮権を持つ「統合軍司令部」に再編、自衛隊の統合作戦司令部との連携強化を決めたが、これとは別途に拡大抑止に関する閣僚協議が持たれ、自衛隊にも「拡大抑止の任務」付与へと一歩、事態を進めた。
拡大抑止とは「核の傘」提供を指すが、今回の協議ではこれまで「核の傘」提供、核抑止力担当は米軍だけの任務だったのが、日本の自衛隊もこれを担うことが暗黙の内に合意された。
もちろんこのことは明文化されてはいない。しかし閣僚協議後、米戦略国際問題研究所(CSIS)クリストファ・ジョンストン日本部長は「日本が導入した長射程ミサイルを組み込むことは有用だ。これまで拡大抑止は米国だけの任務だったが、今は日本にも果たすべき役割がある」と述べたことでも米国の目的は明らかだ。
更に言えば、これまで拡大抑止協議は実務級レベルだったが、今回、閣僚級レベルに引き上げられた。エマニュエル駐日米大使は「閣僚級協議は今回が初めてだが、これが最後とはならないだろう」と述べた。
上記の事態が示すことは、すでに稼働している米韓“核”協議グループにつづいて、「対中(朝)有事の核使用に関する協議体創設」が今後、日本でも本格化するということだ。いや「日米2+2・閣僚級レベルでの拡大抑止に関する協議」定例化ですでに日米“核”協議体は始動を開始したとも言えるだろう。
この協議体の正体は「核持ち込み容認」そして日米「核共有」を日本に迫る協議体だ。その狙いは自衛隊新設の中距離ミサイル部隊への有事の際の米国の核提供、自衛隊“核”武装化による日本列島の中距離“核”ミサイル基地化、つまり日本の対中・代理“核”戦争国家化にあることは何度も述べてきたことだ。
これに先立つあるTV番組で兼原信克・元国家安全保障局次長(現同志社大学特別客員教授・笹川平和財団特別理事)は番組最後の提言ボードにこう書いた。
「持たず 作らず 撃ち込まさせず」!
この意味するところは日本の非核三原則「持たず 作らず 持ち込まさせず」のうち「持ち込まさせず」を削除して「撃ち込まさせず」に変える、要は「核持ち込み容認」の提唱だ。
この「安全保障問題の第一人者」は、昨年、G7広島サミットを前に持たれた広島でのシンポジウムでは「日本の最大の弱点は“核に対する無知”だ」とまで言い切った。そしてあるTV番組では「非核の国是を守ることが大切か、国民の命と安全を守ることが大切か、議論すべき時が来た。答は明らかでしょう」と日本国民に決断を迫った。そしていまは「核持ち込み容認」という具体的対応策まで示すようになった。
これは日米“核”協議体の創設、始動に合わせた世論工作であろう。
次ぎに来るのは日米「核共有論」であることは間違いない。
今年の8月6日、広島市長は「広島平和式典」へのロシア、ベラルーシ大使の出席を拒否、イスラエル大使は招請(パレスチナ代表の出席拒否)の挙に出、9日の長崎の式典には長崎市長のイスラエル大使の出席拒否に抗議したG7各国大使が自ら出席を拒否したりのごたごたした事態になった。これは「新しい戦前」のいまの日本を象徴する出来事だ。
いまや非核放棄を迫るに至ったというのが「新しい戦前」の正体だ。すでに非戦の国是は実質的に放棄された。岸田訪米後に始まった日米同盟新時代が日米同盟の「攻守同盟化」への変容を示すものとなったが、このことが「戦争のできる自衛隊」を要求、言葉を換えれば9条改憲を迫ることは必至の事態になった。
老衰化覇権帝国が迫る9条改憲と非核放棄、これにどう対処すべきかが日本国民に問われている。このように「あの8月」を今年は「新しい戦前」に向かう「危機の8月」として迎えている我々には決断が迫られている。
◆「保守政治家 石破茂」登場! その意味
いま日本の政局が大きく動いている。
岸田首相が9月の自民党総裁選出馬を断念したことで総裁戦は活況を呈するものとなった。
なかでも脚光を浴びているのが石破茂氏だ。
自民党総裁選の度に国民的人気は常にトップで党員投票でも優勢を保つが、国会議員投票で常に負けるというパターンを繰り返したが、今回はちょっと事情が違う。
石破氏は最近、自分の著書「保守政治家 石破茂」を世に問うた。その著書をひっさげて8月15日にはフジTVのプライム・ニュースに出演して自分の「政治的信念と主張」を語った。
彼は自民党の刷新と共に抑止力強化を訴えた。なかでも抑止力強化のための9条改憲と核の問題についての持論を「国民の理解を得られるように」じっくり展開した。
石破氏の9条改憲論はズバリ「第二項、交戦権否認と戦力不保持の削除」だ。しかしこれを国民投票にかけるには「長い時間がかかる」という認識を示し、「憲法は変えてもいんだよ」ということを国民の皆さんがわかるようにすることが大事だと語った。おそらくいまの自民党改憲案「“自衛隊は合憲”を書き込む」程度の国民の納得できるものからやればいいということを言ったのだろう。
日米同盟新時代は「戦争のできる自衛隊」のための9条第二項改憲を迫っているが、ではこれをどうするのか?
石破氏は、当面する安保危機(対中対決)に対処して抑止力を高めるために、安全保障基本法を国会で審議、採決していくという方法で解決していけばよいと述べた。これは無理に9条第二項改憲をせずとも「交戦権の容認、戦力の保持」は安全保障基本法に盛り込み、国会承認でできるという方策を示したものだと言えるだろう。改憲なしの「実質改憲」策だ。
また核についてはこのように語った。
米韓の間にはすでに“核”協議グループが存在し、有事の際の核使用に関する取り決め体制ができている。このような日米“核”協議体が日本にも必要になる。日本が何もしないで米国が核抑止力を日本に提供するなどありえない、と。
結局のところは石破政権ができれば、9条改憲と非核の放棄という老衰覇権帝国の求めを実現するという意思表示だ。その行き着く先は日本の「対中・代理“核”戦争国化」であることは明白だ。
これを巧みに「国民の理解を得ながら」進めていく、これが「保守政治家」石破総裁、石破首相が石破政権でやることだ。
◆「政権交代論」に対抗の「政権変容論」の正体
懸案の9条改憲と非核の放棄、これを「国民の理解を得ながら」進めていく石破政権は野党もこれに巻き込む挙国一致政権をめざすものになるのではないだろうか。
すでにその兆候は見えている。
橋下徹の唱える「政権変容論」がそれだ。
岸田内閣への支持率が史上最低を更新する中、政権交代要求が政権継続要求を上回った。
2024年3月16日、17日、ANN世論調査、政権継続要求38%、政権交代要求46%。2024年4月6日、JNN世論調査、政権維持要求34%、政権交代要求48%。
そうした中、注目の二論者が相次いで政権交代論を出版した。
泉房穂「政権交代、始まる」(光文社)(5月20日出版)
橋下徹「政権変容論」(講談社)(7月19日出版)
泉房穂氏の場合の「政権交代論」は極めて単純明快だ。国民の生活苦はかつてないものになっている。この苦しみから抜け出るためには、政治を変えるしかない。だから、政権交代であり、それにより打ち立てる「救民内閣」の下に国民生活の救済だ。それが切実な国民の要求になっているということだ。
これに対し、橋下徹氏は「国民は、自公政権から野党による政権への転換を求めている訳ではない。政権の交代というより、野党予備選で候補者の一本化を果たし、本選での与野党逆転を実現した上で、野党側が石破氏など国民的に人気のある自民党有力者を総理に担いで与野党合同とも言える政権への変容を実現するのを求めている」と主張した。
先に述べた石破政権のめざすもの、「国民の理解を得ながら」実質的に9条改憲と非核放棄を実現する安全保障基本法を国会で議論、承認を得る、そのためには石破政権が挙国一致政権的なものにならねばならない。橋下徹氏が「政権変容論」で「野党側が石破氏など国民的に人気のある自民党有力者を総理に担いで与野党合同とも言える政権への変容を実現する」と述べたのは偶然の一致だろうか、そうではないだろう。
前号で私はこう書いた。
あるTV番組で石破氏と野田佳彦・立憲民主党最高顧問は互いに気脈が通じるとしながら岸田政権後の次期政権構想を語り合った。この政権の第一課題として立民の野田氏は「日米基軸」を上げた。石破氏はこれを高く評価した。
また次期立憲民主党代表に立候補意思を表明した枝野幸夫氏は最近、こんなことを言い始めた。
「海兵隊機能、米軍依存でいいのか。自衛隊が持つべき」だと。
枝野氏は沖縄の南西諸島の対中防衛を念頭に置いたものとしているが、海兵隊というのは敵国侵攻の先頭に立って上陸作戦を行う最精鋭部隊、外征戦争の突撃部隊だ。対中・対朝鮮最前線の沖縄に米海兵隊基地が集中しているのはこのためだ。「海兵隊機能を自衛隊が持つ」ということは「戦争のできない」憲法9条を改正するということと一体だ。
うがった見方をすれば次期政権は自民・立民の挙国一致政権、「新政権の課題は9条改憲」、「非核の国是放棄」、これがあながち邪推とは言えない時代が来たと思う。実際、日米基軸という点では与野党に大差はない。
これが「邪推」とは言えないことが、いま大きく動き出した政局の現実が示している。
その現実とは「保守政治家 石破茂」の登場、そしてこれを後押しする橋下徹「政権変容論」、「野党側が石破氏など国民的人気のある自民党有力者を総理に担いで与野党合同とも言える政権への変容を実現する」政権構想の登場だ。
これは私が「戦後日本の革命」実現の希望と見る、投票率を高めた先の東京都知事選に登場した無党派層、特に若者の間で高まる当事者意識、それに応えうる泉房穂氏の唱える「政権交代論」、「救民」で野党や無党派新人を各小選挙区で一本化して選挙で自民党に勝つ「救民内閣」構想、これへの対抗策であろうことは間違いない。
泉房穂「政権交代論」を潰す目的の「保守政治家・石破茂」と橋下徹「政権変容論」の登場、それは自民党内でも盛り上がる総裁選後の解散総選挙展望において泉房穂「救民内閣」のための「政権交代」要求の民意が彼らも無視できないものと見ている証左だと思う。
この二つの政権構想の対決で誰が勝利するか、それは日本の命運、私式に言えば「戦後日本の革命」の勝敗を決するものになるだろう。
情況は厳しさを増し、残された時間は限られている。でも遠くピョンヤンの地から「戦後日本の革命」へと小さな一歩、しかし大きな一歩が踏み出されることを願い、期待してやまない。
▼若林盛亮(わかばやし・もりあき)
1947年2月滋賀県生れ、長髪問題契機に進学校ドロップアウト、同志社大入学後「裸のラリーズ」結成を経て東大安田講堂で逮捕、1970年によど号赤軍として渡朝、現在「かりの会」「アジアの内の日本の会」会員。HP「ようこそ、よど号日本人村」で情報発信中。
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