当連載ではこれまで、事務所から独立したために干されたタレントを多く紹介してきたが、独立後も干されないこともある。そのひとつが、角川春樹事務所から独立した女優の薬師丸ひろ子のケースだ。
薬師丸は、13歳の時に1978年公開の角川映画『野性の証明』の一般公募オーディションでヒロイン役に抜擢され、スクリーンデビューし、角川春樹事務所に所属した(出版事業を展開する現在の角川春樹事務所とは別会社)。その後も、多くの角川映画に出演したが、特に主演を務め、81年に公開された『セーラー服と機関銃』のヒットで一躍、スターとなった。
そして、1985年1月に、前年12月に公開された『Wの悲劇』でブルーリボン賞主演女優賞を受賞し、授賞式の席上、「20歳をすぎましたし、そろそろただのアイドルではなく、いろんな傾向の作品に挑戦して、芸域を広げたい。そのためにもフリーになりたいんです」と発言。同年3月26日、7年間所属した角川春樹事務所から独立することとなった。
◆薬師丸の独立に寛容だった角川春樹
当時の報道によれば、薬師丸の年収は2200万円。映画の年間配給収入が約40億円と言われていたが、稼ぎの割りに収入は多くはなく、ギャラへの不満が独立の理由と見る向きもあった。また、角川春樹社長が原田知世に力を入れだしたことや、自分で仕事を選べないことに対する不満も独立の原因ではないかと言われた。
通常、タレントが事務所から独立すると、元所属事務所や業界団体の日本音楽事業者協会(音事協)からの妨害やマスコミのバッシングが付きものだが、薬師丸の場合、そのようなことはなかった。
それどころか、薬師丸独立をめぐって、各プロダクションが激しい争奪戦を繰り広げ、契約金が2億円まで高騰したといった噂が流れ、既成プロダクションへの移籍説も生まれたが、結局、薬師丸は完全なフリーとして個人事務所、オフィス・メルを設立し、自ら社長に就任した。独立後の薬師丸には、仕事の依頼が殺到し、同年12月には、 独立後第1作の映画『野蛮人のように』(東映)が公開され、配給収入は86年の邦画で2位の14.5億円を記録した。
角川社長は、事務所を去る薬師丸に対し、仕事ができないよう圧力を加えるどころか、「ひろ子ならやられる、独立してひとりでやるなら」というはなむけの言葉を送ったという。
◆出版から異業種参入した角川映画の栄枯盛衰
80年代の角川映画と言えば、薬師丸ひろ子、原田知世、渡辺典子の3人が支え、「角川三人娘」と呼ばれたが、薬師丸が去ると、三人娘が所属していた角川系列のマネジメント事務所が解散し、角川春樹事務所に吸収された。この時点で角川社長は女優育成に情熱を失ったと言われ、87年になると渡辺、原田が相次いで独立してしまった。80年代末になると、人気タレントの流出の影響もあり、角川映画は急速に力を失い、本格的に映画事業に参入したフジテレビがそのお株を奪っていった。92年、角川春樹事務所は角川書店本体に吸収され、幕を閉じた。
なぜ、角川春樹事務所には「タレント管理」で失敗したのだろうか。
そもそも、角川グループの本業は出版業であり、角川文庫の売上げ拡大を狙ったメディアミックス戦略の一環として映画事業があった。芸能プロダクション事業は、映画事業の展開のために始めたにすぎず、経営の核ではなかった。芸能プロダクション部門がなくても、角川グループとしては大きな痛手を受けない。
一方、いわゆる「芸能界」の芸能プロダクションは、タレントの斡旋により収益を得ているから、タレントが勝手に独立したり、移籍されることは死活問題だ。そのため、芸能プロダクションの業界団体、日本音楽事業者協会(音事協)では、タレントの移籍を禁じ、独立阻止で団結している。
映画界でもかつては五社協定と呼ばれるカルテルが存在し、映画メジャー同士で、俳優の引き抜きを禁じ、独立を阻止していたが、観客動員数の低迷により71年ごろに俳優の専属制度は崩壊していた。
角川映画は、76年に第1作『犬神家の一族』で出版という異業種から映画事業に新規参入し、一時代を築いたが、過去の五社協定のような俳優の専属制度を守る仕組みを復活させることは遂にできなかったのである。
▼星野陽平(ほしの ようへい)
フリーライター。1976年生まれ、東京都出身。早稻田大学商学部卒業。著書に『芸能人はなぜ干されるのか?』(鹿砦社)、編著に『実録!株式市場のカラクリ』(イースト・プレス)などがある。
戦後芸能界の構造を確かな視座で解き明かす星野陽平の《脱法芸能》
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