数えられるくらいしかまともに出席しなかった大学時代の講義。マスプロ教室での詰め込みと講義内容の中くだらなさを理由に大いにさぼっていた。気まぐれだったか、友人に誘われてだったか定かではないが差別問題を扱う講義に出席した時のことだ。履修登録者の数は数十名はいるだろうに、教室には学生が4名だけだった。

講師の先生は非常勤の方で、関西の部落解放運動に関わっていて、かつ身体障害を持った方だった。こちらはたった4名出席者だった。嫌でも先生の鋭い視線から逃げられない。でもそんな状況とは関係なく、その先生が日本の戦後社会状況を俯瞰的に語った内容を今でも明確に記憶している。大学講義の中でこれほど明晰に記憶している場面は他にない。

「革新陣営はいつも『守る』ことにことさらこだわり過ぎではなかったのか。憲法を、人権を、平和を『守る』とみんな語る。それらは十分に満足すべき状況なのか? 今日的な危機の根本は変革を求める側が『変える』のではなく『守る』ことに足場をおいたことに端を発するのではないか」

◆「守る」だけでは勝てはしない

この講義を聞いたのは80年代半ばだが、こう語られた先生の言葉を今、当時より実感をもって首肯できるような気がする。「守る」ことが悪いわけではないけれども、「守って」いるだけでは決して勝負に勝つことは出来ない。長時間守備にばかりついていれば、いずれ隙を作り攻撃側に得点を与える。こちらも得点を得なければ。得点を得るためには「攻撃」をしかけなければ。

戦争を露骨に指向する悪辣な自民党の改憲案には平和主義の立場から、憲法(とりわけ9条)を「守り」たいという心境が働くのはごくごく自然なことではある。しかし「守る」だけで勝てはしない。

しかもこの改憲攻撃には一理ある。護憲派は前文から始まる憲法を総体として好感するあまり、前文と9条の間に挟まれた第一章、1条から8条、すなわち「天皇制」の問題、この憲法に凡そ決定的な不協調として無理矢理に押し込まれたような「天皇制」を軽くとらえ過ぎてきたのではないか。憲法前文の中に「天皇」の文字はない。「詔勅」という一文字がほのかにそれを想像させるだけだ。。前文と直接に呼応するのは2章以降の9条であり、21条で、その他の多くの条文もそれに次いで前文と意味のやり取りが成立する。が、1条から8条はどう読んでも全文精神との親和性を持たない。だから、自民党の改憲案は全文を含めて憲法を変えようとしているのだ。

憲法前文(またはその精神)や「9条」を具現化したいと考えるのであれば、「1条から8条まではこの憲法にそぐわない」との論理が成立してもおかしくないのではないか。と、今さら知らないふりをしているのではない。何も私が今頃言い返すまでもなく、そのような議論は何十年も前からあったことは承知している。護憲派はそれは腹に収めた上で、最大公約数的に「9条」を「象徴」として護憲を語りそれを「守る」活動を続けてきたのだろう。

◆「守る」姿勢を構えたのが間違いだった

「わかってるよ、でもな」と面倒くさがられながら「私は改憲派だ」と憲法が話題になる度にぼそっと語ってきた。冒頭紹介した大学時代に聞いた講義の影響が多少はあったように思う。「でも、お前、前文や9条には賛成なんやろ? 天皇制反対ってそりゃこっちの多数はそうやがな、やけど、そんなこと言い出したら混乱するから改憲なんて言わへんだけや」昔はたいていそんな風に叱られた。が、状況ここにいたって、やはり「守り」に徹してきた(そうでなく攻撃をしかけた陣営もあるけども)護憲派の多数は圧倒的に押しまくられている。

憲法も、人権も、平和も、生存権もこの国では、歴史的に時限付きで与えられたものだったのじゃないだろうか。少なくとも私たちの世代はより豊かな社会を獲得するためにそれなりの力を注いだといえるだろうか。80年代以降は60年代、70年代の遺産と預金で辛うじて生き延びてきたのではないか。与えられたものを「守る」ことには無意識に賛成していた。でも「守り」、「保つ」社会的態度は「保守」という言葉に置き換えられなくはないか。

再度、大学時代の講義である。先生はさすがに「保守」という言葉までは引っ張り出さなかった。ましてや「反動」を匂わせることも。でも彼は喉元までそれが出かかっていたと感じた。私なりに推測すれば彼の本音はこうだ。

「戦後革新運動の一部方針に誤りがあった。『守る』姿勢を構えたのが間違いだった。そこから敗北は始まった」

解釈改憲、原発、特定秘密保護法、戦争、消費税値上げ、沖縄の米軍基地・・・それらに反対する勢力の共通の弱点が、実は「守る」こと(あるいは言葉)に依拠していることではないだろうか。

見渡してみればもう「守る」ものなどほぼ実質的に奪われつくしているじゃないか。これから益々寒風の吹きさらす時代が進むだろう。「守る」から「獲得する」へと転換を、と言っても遅すぎる気がしないでもないが、絶望よりははるかにましだろう。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

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