緊急シミュレーション:イスラム国日本潜入!「ISIL VS 自衛隊」もし戦わば…(後編)
作=青山智樹(作家、軍事評論家)
暑い。ヘルメットを砂漠の太陽が容赦なく照りつける。だが、脱ぐわけにはいかない。
ヘルメットには国籍マーク、日の丸が描かれているからだ。
ヨルダン自体はイスラム教シーア派の王の元にまとまっているが、立憲化に反対する勢力、反政府勢力、スンニ派ゲリラが入り交じっている。国連に対しては寛容だが、反アメリカ主義のアルカイダ勢力もある。政府軍や、国連軍、アメリカ軍だという理由だけで銃撃される恐れがある。
だが、日本を敵視する勢力は例外的にISがあるだけだ。もし、日本ではないと認識されたら、すぐにミサイルが飛んでくるかも知れない。
日が傾き、一日の作業が終わる。施設隊員たちは輸送車に乗り込み、宿営地に戻る。警備にあたっていた普通科も乗り込む。幸いにして今日も弾は飛んでこなかった。砂漠の中で野営することもできたが、何かの間違いで砲弾が飛んでくるかも知れない。憲法が改正されても、自衛隊が自分から攻撃するのは手控えたい。憎しみは憎しみしか生まない。現場で、凄惨な最前線を見た隊員ならではの実感だった。
だが、帰路、宿営地から工事現場へ戻れという指示が飛び込んできた。
「なんだって?」
「工事中の道路の2キロほど先に村落がある。住人は30人ほどだが、その村を今夜ISが急襲するという情報が入った。その前に住人を救出しろ」
「なんだってそんな小さな村を」
「偶像崇拝だそうだ」
皮肉にも原因は先日、C2が投下したパック飯のイラストだった。
イスラムは偶像崇拝を禁止している。仏像や、キリスト教の十字架、神道の鏡、すべて偶像として排除される。信仰の対象は唯一、クルアーンのみである。特にISの規律は厳しく、紙幣や硬貨などに描かれた人物像すら禁止である。
拾ったとは言え、食料パックにキャラクターが描かれていたら、クルアーンの教えに背いたとして死である。被刑者が女性の場合、原則として輪姦される。処女のまま死ぬと、清らかな存在として次の世界では神に近い位置に生まれ変わるとされる。ISとしては犯罪者を清らかなまま死なせるわけにはいかない。殺す前に念のために犯す。
「アメリカ軍にやらせたらどうなんです。やつらガンシップ持ってきているでしょう」
C130ガンシップ。輸送機の側面にバルカン砲、100ミリ砲を取り付け、遠距離から精密攻撃をする。大型機に高精度の赤外線探査装置を持ち、精密な攻撃が可能だ。
「偵察機は出すらしいが、相手が難民か、ゲリラかどうか判るわけじゃない。下手すると逃げてきた難民が皆殺しだ」
宿営地へ向かっていた隊列は一旦停止した。帰還する施設科と、普通科を分け、普通科は夜を待った。
日が暮れると砂漠では急速に気温が下がる。赤外線スコープで人影がはっきり目立つようになる。
村落のそばまで輸送車を進め、小隊長はどうすべきか考え込んだ。堂々と乗り込んでISが来るから逃げろと言っても信じるだろうか。逆にこちらがゲリラと間違えられて反撃される恐れもある。小さな村とは言え、紛争地帯だ。自衛のため武装してと考えるべきだ。
アメリカ軍ならどうするだろうか? 問答無用でひっくくって、難民キャンプに放り込むだろう。村人のためにはそれが安全だろうが、正解とも思えない。
「普通に突入しましょう。銃を持っている者だけ制圧すれば一時的に村を離れさせられるでしょう」
曹が進言した。昔であれば伍長とか、軍曹と呼ばれる下士官だ。言うなれば現場監督だ。
「静かにいけるか?」
「やります」
突入というと、銃を構えて歓声と共に飛び込んでいく印象がある。だが、それはアメリカ軍のやり方だ。
自衛隊では違う。そっと中の様子を伺い少人数が侵入する。武装している人間だけを抑えれば済む。一つの建物を制圧すると、無言で次の建物に移っていく。訓練でこの様子を見たアメリカ軍は陸上自衛隊を指してニンジャと呼んだ。
部隊は村落の一番端の建物から侵入した。明かりはついていないが、人がいるかも知れない。兵は赤外線探知装置で人の体温を察知して、さらに銃を持っていないのを確かめて寝ていた男に「ISがこの村を狙っている」と告げて、外に連れ出した。村の反対から見えない場所に兵員輸送車を止め自動車の影に保護する。
次々と村人が収容される。
「あと、距離で一キロほどです」
指揮車から報告が入った。小隊長は星空を見上げた。高度二万メートル、アメリカ軍の高々度偵察機グローバルホークが映像情況を送ってきている。ISはまだかなり離れている。
「もし、何事もなければ、村に帰れる」
通訳が村人たちにそう告げたとたん、闇の中に閃光が翻った。榴弾が空気を裂き落下する。遠くからさほど大きくない破裂音が聞こえる。グレネードランチャーの発射音だ。いわば手榴弾を連続発射する対人兵器だ。ISは村を丸ごと焼き払う方法を選んだのだ。
村人たちが悲痛な声をあげる。さっきまで自分たちが住んでいた村が、家が燃えているのだ。
燃える炎の向こうに銃を持った人影が走る。掃討にかかろうとしているのだ。
「逃げよう。怪我人を出すわけには行かない」
小隊長は村人たちを輸送車に乗り込ませると、きびすを返して駐屯地に向かう。到着したら村人たちは難民キャンプに寝床を与えられる。もともとは日本が災害用に準備しておいた仮設住宅だ。不便な生活を強いられることになる。
銃を降ろした曹は頭からショールをかぶった女性がまだ年端もいかない少女であると気がついた。父親らしい男の腕にすがりついている。
「おい、パック飯はないか?」
曹は積んであった赤飯を加熱剤で暖めさせると、少女に差し出した。食べろ、と手真似で告げる。パックには現地語で「ハラール」と書かれている。少女は父親に何事か問いかけるとプラスチックのスプーンで赤飯をひとすくい、口に運んだ。
曹からは目しか見えないが、嬉しそうに笑っているのが見て取れた。
戦争が起きると、被災者が発生する。前線で銃を振り回すだけでなく、逃げ出した人たちを助けるのも、重大な貢献だ。
国が軍事力を持つ最大の理由は戦争に勝つことではない、戦争を起こさないことである。
太平洋戦争から70年。一度も戦争を引き起こしていない自衛隊は世界最強の軍隊なのだ。(了)
▼青山智樹(作家、軍事評論家)
1960年生まれ。作家、軍事評論家。著書「原潜伊六〇二浮上せり」「ストライクファイター」等多数。航空機自家用単発免許、銃砲刀剣類所持許可、保有。
HP=小説家:青山智樹の仕事部屋