原子力規制委員会(田中俊一委員長)は2月12日、関西電力高浜3、4号機について、新規制基準を満たすと認める「審査書」を正式決定し、安全対策の基本方針についての関電の申請を許可した。既に「安全審査」が許可され再稼働一番手になるのではないかと警戒されていた川内原発よりも先に高浜原発が再稼働される懸念も出てきた。
忘れてならないのは「規制委員会」の審査が通ったからといって「安全」が担保されたわけでは全くないことだ。これは田中委員長自らが認めている。政府は再稼働の可否を「規制委員会」に委ねると言い、「規制委員会」は「最終的には政治決断だ」と言う。どちらも責任は取らない。責任を取れる道理がないから「押し付け合い」という茶番を選択するしかない(『No Nukes Voice』第2号参照)。
◆「当社は今『会社』としての体を成しておりません」と答えた事故直後の東電社員
まだ原子力規制委員会が「原子力保安院」と名乗っていた2011年に日本原電敦賀原発で、燃料のペレットが損傷して放射性物質が大気に漏れだすという事故があった。私は保安院敦賀事務所へ電話取材(抗議)を行い当時の所長遠藤氏をはじめ所員の方々と話をした。私は福島事故に見られるように制御できない技術を使うべきではないと主張し「原子炉即時停止ではなく即時廃炉にしてください」とお願いした。「廃炉ですか!」驚いた声を挙げた遠藤所長は典型的な官僚からはほど遠く、自身の知識で回答できない時は電話を保留にして資料を探しに行ったり、正直に「それは知りません」と回答されたり、姿勢は誠実な方であった。私との会話に1時間以上費やすことも珍しくなかった。
私は放出されたとする放射性物質の量が如何に危険なものであるかを指摘し、ベクレルとキューリーの換算方法などをお伝えした。遠藤所長はベクレルとキューリーの換算や、被爆による人体への影響や致死量もご存知なかったのでこちらからお話した。「そんなに危険なんですか、これから福島ではどのくらいの被害が出るのでしょうか?」との逆質問まで受ける始末。遠藤所長とは忌憚のない話が出来たけれども、彼は原発の安全を司る経済産業省の職員でありその辺の市民とは違うのだから、もう少し知識を備えてほしいと伝えた。「勉強します」と言っていた遠藤所長、最近取材して分かったのだが、私との電話での会話が影響したわけではないだろうが、直後に定年を待たずに退職されていた。
原子力保安院敦賀事務所の中には地元出身の方もいて遠藤所長が不在の際にはしばしば言葉を交わした「端的にこのお仕事(原子力保安院)お好きですか」と問うと「原発が無くなればこの仕事は不要ですから他の仕事をします」との回答が返ってきたこともあった。
それほどに危機意識と緊張感、もっと言えば恐怖が日常を支配していた。その感覚は至極真っ当だった。当時から危機を感じなかった関係者や、マスコミの報道に真実を隠蔽されたとはいえ、何も変わらぬ日常を安穏と送っていた方々の神経こそが愚鈍であったというべきだ。
事故直後、東京電力の社員は電話取材に「当社は今『会社』としての体を成しておりません!」と答えていた。株価は一時1円になった。
◆人類が初めて遭遇した事故の最中に私たちはいまも暮らし続けている
だが、総体としてこの国は、2011年3月11日以降の緊張感をもう忘れてしまっている。日本全滅が大げさではない危機だったあの時期を意識的・無意識的に忘却しようとしている。明白な自滅行為だ。70年前の太平洋戦争や50年程前の東京オリンピックの話をしているわけではない。現在も収束せずに進行しているわずか4年前の「福島第一原発メルトダウンと4機の原発爆発」という人類が初めて遭遇した事故の中を我々は毎日暮らしていることを再度くどいようだが認識しなおすべきだ。
再稼働議論にあたり周辺自治体の中には「避難計画が示されていない」等との疑問を呈する首長がいるが、何をとぼけたことを言っているのかと呆れるしかない。「避難」と言えばいつかは返って来られる印象を受けるが原発事故による「避難」は完全な片道切符だ。二度とその場所へは戻れない。土地が喪失するのと同義であるのに「避難計画」や「安定ヨウ素剤の準備」など全く無意味ではないか。なぜこんな簡単なことが福島で事実によって示されているのに理解できないのか。
はっきりしていることは、福島の被災者の方々を国も東電も購おうとはしていない、そして「誰も何の責任をとらない」ということだ。
国には「死刑」という「合法殺人」や「放射線による緩慢な殺人」が許される。電力会社はいかに健康被害を住民に与え、「死」を強要しても刑事罰に問われることはない。原子力に関する限りこの国は実質的に「無法状態」なのだ。
当時は頼りないことこの上ないと腹が立ったけれども、政治判断で「浜岡原発」を中部電力に止めさせた菅直人が今では立派に思える。
▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ
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