以前、本コラムで「ロースクール」の惨状 について言及したが、法曹の現場では司法改革に端を発する深刻な「事件」が既に起こっている。

新司法試験導入以降、合格者は激増し、昨年も約2000人が合格している。

裁判官、検事に就任するのはその中でも僅かであり、弁護士登録をする人がほとんどである。だから弁護士は毎年凄まじい勢いで増加している。日弁連によると、2000年時点で弁護士登録者は17,126名だったが、2014年には35,045名だ。15年間で倍増しているということだ。

◆人員過剰で就職もままならぬ弁護士たち

だからといって、日本が米国のような「訴訟社会」に急変したわけではないので、弁護士にとっては「仕事」を確保するのがますます困難を極める時代になっている。

特に、登録して日の浅い弁護士にとっては、まず「仕事」が見つけられる「所属事務所」に加わる(弁護士業界でも所属事務所探しを「就職活動」と呼ぶらしい)ところからスタートを切らなければならないが、前述の通り「人員過剰気味」の弁護士業界では「就職活動」自体もかなりの困難を伴うという。

◆基本給も交通費も支給せず弁護士に月12万円を貸し付ける「事務所内独立弁護士契約書」

「弁護士就職難」時代に付け込んで、「とんでもないやりくちを展開している悪徳事務所がある」と読者から情報提供があった。

大阪のP弁護士事務所(以後「P事務所」)は「ボス弁」と呼ばれる高齢弁護士(経営者)が実質的に取り仕切っているが、昨年までは20代から30代を中心に10余名の弁護士が所属していた。ところが現在P弁護士事務所所属の弁護士は5名に減っている。何故だろうか。

それを読み解くカギは、「ボス弁」Qと事務所所属の弁護士の間で交わされた「事務所内独立弁護士契約書」にある。弁護士事務所は一般の企業と異なり「雇用契約」を結ぶわけではない。弁護士は「個人事業主」との考えに基づいているため、「事務所内独立弁護士契約書」という名称になるのだそうだ。

P事務所所属弁護士には「基本給」はない。交通費も支給されない。社会保険も自分で加入しなければならない。そして事務所が受任した仕事を各弁護士に割り振り、そこから個々の弁護士が「着手金」や「成功報酬」を得る契約になっている。

だが、その割合は、「甲(ボス弁)は、乙(事務所所属弁護士)に対し、甲と乙の共同受任案件について、弁護料(着手金,報酬金)のうち原則30%を分配金として配分するものとし、その都度、具体的金額を合意する。」とされている。

50万円の事件を事務所で受けて所属弁護士が業務にあたっても、取り分は15万円にしかならない。勿論、事務所維持のためには固定費用(事務所賃貸料等)の他広告宣伝費用などもかかるだろうから事務所が幾ばくかを持っていくのは仕方ないにしても、固定給、交通費が一切支払われない中で受任事件の「3割」しか弁護士個人の収入にならないような体系で、果たしてP事務所に所属していて「生活」してゆくことが可能な収入を得ることが出来るであろうか。

出来はしない。だから10余名いた弁護士の半数以上がP弁護士事務所を去ったのだ。

◆貸付金は無利息だが返済条件はボス弁が勝手に決める

さらに、「事務所内独立弁護士契約書」内には驚くべき内容が含まれる。

「1 丙は乙に対し、平成00年0月から平成00年00月(契約書中00及び0は特定の月日が記入されている)末まで,毎月25日限り金12万円を貸付する。
2 前項の貸付金は無利息とし、その他の返済条件は丙が取り決める。」

「甲」、「乙」に続き新たに「丙」が登場する。ところが「甲」と「丙」は同一人物(ボス弁)である。実際には2者(ボス弁と個人弁護士)の間でしか交わされていないこの「契約書」にわざわざ同一人物を「甲」と「丙」に分けているあたりは法律の専門家として「犯罪逃れの」の意図があるのであろうか。

どちらにせよ仕事の有無や業績とは一切関係なく、「P事務所は所属弁護士に毎月12万円を一方的に貸し付ける」、「無利息だが返済条件はボス弁が勝手に決める」ということを臆面もなく書いている。

P弁護士事務所は名前の通り「弁護士事務所」であって「サラ金」や「街金」ではないはずだ。何故に弁護士事務所が所属弁護士に「無理矢理毎月貸付」を行うのか。行う必要があるのか。

P事務所の恐ろしさは「強引貸付」だけではない。「事務所内独立弁護士契約書」には「赤字貸付制度」も明文化されている。いわく、

「(赤字貸付金制度)1 前条の規定にかかわらず、乙は,甲の月次損益が赤字となったときには、月額金7万円(年額金84万円)を限度額として甲に対して赤字貸付金として貸付するものとし、赤字貸付金制度の適用の有無及びその具体的金額の算出を甲に委ねる。」

もう一度確認しよう。「甲」はボス弁で「乙」は所属する個人の弁護士だ。だから解り易く言い換えると、

「経営者が月次の赤字を出した時、所属弁護士は月額金7万円(年額金84万円)を限度額として(各弁護士の所得の如何にかかわらず)経営者に赤字分を貸さなければならない。その具体的な金額はボス弁が決める」

ということである。会社に例えれば「月次決算が赤字になった時はその赤字分を従業員の給与から会社へ自動的に天引き貸与させる」ということだ。

収入があろうがなかろうが、毎月12万円を貸し付けるわ、事務所の赤字が出れば「貸付」という名の「供出」を強要するわ、これは「カタギ」のすることではない。

◆弁護士がボス弁に騙されるのが悪いのか?

この情報提供者は「契約についての話をボス弁と交わした(面接)の際に「強引貸付」の話は一切出ず、いざ契約となったらこの文言が含まれていて驚いたが、仕事を確保しなければいけない事情もあり、仕方なく契約書にはサインした」と語っている。

読者の中には「弁護士さんなんだからそんな契約拒否すればいいのに」とお考えになる方もいるかもしれないが、現在の若手弁護士はそれくらい仕事にありつくにあたり弱い立場に置かれているという実情をこそご理解されるべきだろう。

P事務所の場合「騙された方が悪い」というのは間違いだ。相手の足元を見て「騙した奴」が悪なのだ。情報提供者以外にも少なくない若手弁護士がこのような「悪徳契約」を押し付けられ、仕事を得るために仕方なくサインはしたもののP事務所を去っている事実が何よりもこの悪行の本質を物語る。

弁護士は法律の専門家だけにその法知識を市民や正義の為に使ってくれる人は弱者の味方だが、逆もまた真なりで「ワル」はとことん「ワル」である。

◆このままでは「弁護士」という職への信頼自体が地に堕ちる

問題はこの手の詐欺師まがいの弁護士や弁護士事務所がP事務所に限った事ではないことだ。若手弁護士の将来を台無しにしようがお構いなし。「街金」でも驚くような悪徳経営事務所は増加の一途だ。

P事務所を取り仕切るQ弁護士(ボス弁)には正当な制裁が加えられるべきだが、呆れたことにP事務所は現在も懲りずに新人採用広告を出している。日弁連なり各地の弁護士会はこのような悪徳弁護士対策を急ぐべきではないか。そうでなければ「弁護士」という職への信頼自体が地に堕ちる。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

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