不安な世情。上に立つ強者がもてはやされる昨今だが、今こそ求められるのは、現場を踏みしめた血の宿った思想ではないか。それを『生きた思想を求めて[鈴木邦男ゼミin西宮報告集]Vol.1』(鹿砦社)は教えてくれる。
「警察官を半分に減らしたら検挙率は上がります!」と喝破する、元兵庫県警刑事の飛松五男氏。
雪印食品の牛肉偽装を内部告発し、農水省や国交省による取りつぶしにあいながら、再建を勝ちとった西宮冷蔵社長の水谷洋一氏は、「死ぬ時はお前と一緒だ」と長男と誓い合った日を振り返る。
丹念に現場を歩きながら犯罪報道のあり方を問うてきた、浅野健一氏は「新聞記者は最下層の出身で大学行けずに悔しい思いをして頑張って独学してきた若者を採用する」べきだ、と苦労を知らないエリートばかりのマスコミを批判する。
10年にわたって全国の刑務所や少年院でプリズン・コンサートを行ってきた、メグミさん、マナミさんの女性デュオ「Paix2(ぺぺ)」は、「2度と過ちを犯してほしくないから私たちは塀の中で歌い続ける」と語る。
阪神大震災、東日本大震災と被災地に入り活動してきた、精神科医の野田正彰氏は、「心のケア」などと言い出して、突然優しくなる日本の社会のおかしさを指摘する。
甲山事件で警察から犯人に仕立て上げられ、冤罪との25年の闘いの末に無罪を勝ちとった、山田悦子氏は「事件によって、私は日本という国についてもよく知ることができました」と言い、身をもって学んだことを確固とした語り口で披露する。
2010年9月から始まった「鈴木邦男ゼミin西宮」の1年分をまとめたものが本書である。聴衆を交えて、鈴木氏がそれぞれと対話した。
一水会顧問の鈴木邦男氏は、右翼という枠を超えて、一人の思想家として屹立していると言っていい。右翼という現場を歩きつつ、枠にとらわれずに様々な人々と交流してきたからだろう。
それぞれが直面しているのは、日本の闇。だが、鈴木氏の問いかけに答えられた、それぞれの闘いぶりが、光となっている。
霞ヶ関の巨大権力を相手に、水谷氏は大阪駅近くの陸橋の上に毎日座り込んで、『西宮冷蔵の内部告発』(鹿砦社)を売るという地道な闘いで支持を集めた。
逮捕されるまで憲法の下で冤罪などあるわけがない、と思っていたという山田悦子氏は、冤罪と闘いながら地道に勉強した。「疑わしいのは『被告人』ではありません。疑わしいのは『証拠』です」という言葉は、冤罪を見る時の私たちの目を反転させてくれる。
この今の日本で、どうやって生きていったらいいのか。思い悩んでいる人々に、大いなる指針となる一冊である。
(FY)