プロ野球(NPB)広島の二塁手、菊池涼介の守備力の凄さはすでにあちこちで語り尽くされているから、ここで多くを語る必要はないだろう。守備範囲の広さの目安の1つとされる捕殺数で、二塁手のNPBシーズン最高記録は昨季の菊池の535個だが、歴代2位の528個もその前年に菊池が記録したものだ。大学からプロ入りして4年目で、早くも「NPB史上最高の二塁手」と評する声も聞かれるようになったが、それは決して大げさな評価ではない。
◆新たにクローズアップされる田中の守備力
そんな菊池のいる広島で、守備力が注目されるようになった選手がもう一人いる。今季、遊撃手のレギュラーに定着した田中広輔だ。プロ入り2年目だが、大学卒業後に社会人野球を2年経験しており、菊池とは同い年である。先日、この田中の守備力に光を当てたスポーツライター小中翔太氏の以下のような記事がヤフーで配信され、話題になった。
「田中の守備は菊池以上?広島鉄壁の二遊間の守備力はNPB史上最高」
筆者も広島在住のカープファンだから、広島の試合のテレビ中継はよく観ていて、以前から田中の守備力も凄いのではないかと感じてはいた。センターに抜けそうな打球を好捕したり、内野安打になりそうな難しい打球を素早く処理してアウトにしたりという田中の好プレーを目にする機会は非常に多いからだ。
とはいえ、小中氏の記事には、田中はそこまで凄かったのかと改めて驚かされた。何でも記事によると、田中は今季、半世紀以上破られていない遊撃手のNPBシーズン捕殺記録を大幅に更新する勢いで捕殺数を伸ばしているという。田中が遊撃手のシーズン捕殺数のNPB記録保持者になれば、菊池と田中の二遊間の守備力はたしかに「NPB史上最高」と評価されていいかもしれない。ところが……。
田中がそこまで凄いなら、今季の菊池はどうなのかと調べてみると、意外な事実がわかった。なんと今季の菊池の捕殺数が「激減」しているのである。
◆菊池の捕殺数はリーグ4位に低迷?
菊池の捕殺数は5月21日時点で、42試合で128個。これは仮に今季が昨季までと同じように144試合制だとしても(※実際には今季は143試合)、シーズンの捕殺数が前年比約100個減の439個程度にしかならないペースだ。さらにこの時点でのセ・リーグ各球団の二塁手の捕殺数を比較してみると……。
1位:石川雄洋(横浜) 146(44試合) 1試合平均3.32(1位)
2位:山田哲人(ヤクルト) 142(44試合) 1試合平均3.23(3位)
3位:上本博記(阪神) 141(43試合) 1試合平均3.28(2位)
4位:菊池涼介(広島) 128(42試合) 1試合平均3.05(4位)
5位:片岡治大(巨人) 106(40試合) 1試合平均2.65(6位)
6位:亀澤恭平(中日) 80(30試合) 1試合平均2.67(5位)
※このランキングは、日本野球機構オフィシャルサイトで公表された5月21日時点の記録をもとに筆者が作成
2年続けてNPB記録を更新した菊池の捕殺数が今季はここまでセの二塁手で4位にとどまっている。各選手の出場試合数は違うが、1試合平均の捕殺数を見てもやはり4位なのは変わらない。一体どういうことなのか?
◆梵は引いてくれていたが……
菊池の捕殺数が激減している原因については、可能性の1つとして、菊池が実は今年不調で、守備範囲が狭くなったことも考えてみるべきだろう。しかし、それは「ない」と断言できる。テレビ中継を観ていても、菊池の守備はNPBの捕殺記録を更新した過去2年と比べても、むしろ凄みをましている。それは決して筆者だけが感じる印象ではないはずだ。
となると、菊池の捕殺数激減の真相は……、と色々調べたところ、その答えが示されているように思える資料が見つかった。広島地方のスポーツ誌「広島アスリートマガジン」(サンフィールド)の今年5月号で、菊池本人がインタビューで次のように語っている部分である。
* * * * 以下、引用 * * * *
――現状二遊間を組む相手が固定されていませんが、動きが変わるものですか?
変わりますね。梵(英心)さんの場合は「お前がいけるところはお前がいけ」と言っていただいているので、僕は梵さんの位置を確かめずに打球にいっています。僕が打球にパっといっていれば、梵さんは引いてくれているので僕はガムシャラに守るだけという感じです。広輔(田中)は僕目線でいうと肩が少し弱いので少し前にいたり、いろんなポジショニングをしています。広輔とは距離間というか、どこまで広輔が打球に来られるかが100%把握できていないので、僕の守り方も変わってきますね。(広島アスリートマガジン2015年5月号16ページより)
* * * * 以上、引用 * * * *
このインタビューは開幕当初、田中がまだ遊撃手のレギュラーに定着しておらず、前レギュラーのベテラン梵や木村昇吾と併用されていたため、こういう話題になったのだと思われる。菊池が当時、田中とはまだ梵ほどには息が合わないように感じていたことが読み取れるが、筆者が何より注目したのは「僕が打球にパっといっていれば、梵さんは引いてくれているので……」というくだりだ。
これは裏返せば、「菊池が打球にパっといっても、田中は梵のように引いてくれていない」ということではないだろうか。つまり、昨年まで梵と二遊間を組んでいた時なら菊池が処理していたであろう「二塁手と遊撃手のどちらでも処理できる打球」を今年は田中が処理する場面が増えているのではないか。そう考えれば、田中が遊撃手のNPBシーズン記録更新をしそうな勢いで捕殺数を伸ばしていることとも辻褄が合う。
いずれにせよ、二遊間に飛んだゴロを菊池が処理しようが、田中が処理しようが、アウトになればいいわけだが、広島の試合はこの球界を代表する存在になりつつある二遊間コンビの守備の微妙な距離間に注目して観戦するのも面白いかもしれない。
▼片岡健(かたおか けん)
1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、フリーのライターに。新旧様々な事件の知られざる事実や冤罪、捜査機関の不正を独自取材で発掘している。広島市在住。
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