「育鵬社」と目にしてもこの会社の性質をすぐに理解出来る人は少ないだろう。一方「新しい歴史教科書をつくる会」(以下「つくる会」)という名前はある程度の年齢の方なら耳にしたことがあるのではないだろうか。「つくる会」は1996年に藤岡信勝や西尾幹二が中心となり結成された「自虐史観を見直す」教科書を広めることを目的とした団体だった。西部邁、小林よしのりや大月隆寛なども名を列ね「歴史改竄」の一大運動として様々な出版物を発行した。

当時書店に行けば「つくる会」による「教科書が教えない歴史」や西尾の「国民の歴史」が平積みにされており「これはヤバイ時代になったぞ」と嫌な気分を感じた事を思い出す。

◆「つくる会」とフジサンケイ「育鵬社」の対立

「つくる会」は念願の歴史と公民の教科書を作成し2001年に文科省の検定にも合格し「新しい歴史教科書」と「新しい公民教科書」が誕生した。しかし派手なパフォーマンスと関連書籍の売れ行きの割には教育現場での採択が進まず1%にも満たなかったため、「つくる会」を全面バックアップしていたフジ・サンケイグループは独自に「育鵬社」という新たな出版社を立ち上げそこから「新しい日本の歴史」、「新しいみんなの公民」を出版し始める。

「つくる会」内部では発足当初より彼らが口汚く罵る「左翼の内ゲバ」以上の「内紛」続きで立ち上げメンバーの西尾幹二をはじめ、小林よしのり、西部邁ら多数が途中で会を離脱した。また会長職を巡っての紛争が絶えることなく離脱者が後を絶たなかった。そんな内部事情に直面し「こりゃアカンわ」とフジ・サンケイグループは判断したのだろうか「育鵬社」から実質的には「つくる会」が作成した「新しい歴史教科書」、「新しい公民教科書」とほぼ同じ内容で「新しい日本の歴史」、「新しいみんなの公民」を世に出した。

でも「つくる会」としては面白いはずがない。「著作権は『つくる会』にあり」と「育鵬社」との間で何度か折衝がもたれたものの「育鵬社」は折れなかった。

「つくる会」のHPには「育鵬社盗作問題の交渉及び全経過」というタグがあり両者がどのように交渉を行ってきたが細かく紹介されている。

その冒頭で〈「つくる会」は昨年10月以来、育鵬社による大規模な著作権侵害問題を、話し合いで解決すべく、先方との書簡のやりとりと3回の正式交渉を行ってきました。しかし、その努力の甲斐もなく、先方は「つくる会」の善意に基づく全ての提案を拒否し、交渉は決裂いたしました。従って、問題の解決は基本的には司法の手にゆだねられることになりました。〉と両者が決裂したことを認めている。

◆国家や地域社会のために生徒がどのように「ご奉公」するかを教える教科書

育鵬社「中学 新しいみんなの公民」

まあそのへんは勝手にやってくれというところだが、問題は「育鵬社」の歴史、公民の教科書の採択がどんどん進行していることだ。「つくる会」も未だに教科書を発行しているが、こちらの方は相変わらず低迷している。しかし「つくる会」にせよ「育鵬社」にせよ書かれている内容には大差ない。「育鵬社」は歴史教科書の特徴として「わが国の歴史の大きな流れを、世界の歴史を背景に、各時代の特色を踏まえて理解させ、わが国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てます」と書いている通り、この教科書は「皇国史観」を基に構成されている。この猛暑の中いちいち問題点を指摘していると確実に熱中症で倒れる代物だ。公民教科書も同様に「持続可能な社会をつくるために、家族、地域社会、国家、国際社会の中の自分として、集団の中でどのような役割を担えるのかを考えられます」と「個人」ではなく国家や地域社会のために生徒がどのように「ご奉公」するかを教える内容だ。

「つくる会」、「育鵬社」の教科書は東京都杉並区などがいち早く採択し、大問題になったが、来年度からは都立の中高一貫校での採択も決まった(「『つくる会』系教科書採択 都教委、中高一貫など32校」2015年7月23日付朝日新聞)。また大阪府でも四條畷市、河内長野市が、神奈川では藤沢市が採択を決めている。さらに8月には大阪市でも育鵬社教科書の採択が決まってしまった(「大阪市教委、育鵬社の歴史教科書採択 来春から使用」2015年8月5日付朝日新聞)。かねてよりこの教科書を応援していた橋下の念願成就。関西ファシズムは学校によって更に邁進させられる。

◆偏向教科書採択による「皇民化」政策

自民党「〈中学教科書7社の比較調査〉新教育基本法が示す愛国心道徳心を育む教科書を子供たちへ」

教育界への国家の介入は怒涛の勢いだ。下は幼稚園から上は大学まであらゆる教育機関に管理の強化と末端の教員の裁量剥奪、そして教育指導要領や偏向教科書採択による「皇民化」政策がなだれ込んでいる。そしてそれは明確に自民党や教育再生会議、文科省の意図に沿うものだ。自民党は「〈中学教科書7社の比較調査〉新教育基本法が示す愛国心道徳心を育む教科書を子供たちへ」(義家弘介衆議院議員のHP内のPDF=現在文部科学委員会筆頭理事・地方創生特別委員会委員)と銘打ったパンフレットを作成しており、その中で「育鵬社」「教育出版社」「清水書院」「自由社」「帝国書院」「東京書籍」「日本文教出版社」の7社を取り上げ、

・我が国の国土と歴史に対する理解と愛情を前提に、国際社会に生きる観点から記述されているか
・古事記・日本書紀など神話・伝承を通して、当時の人々の信仰やものの見方に気付かせる
・国旗国歌の尊重について具体的場面を例示しているか
・自衛隊と日米安保が果たしている役割は記述されているか

等の項目を挙げ、数値化して各社教科書の内容を評価している。そしてどの項目でも「育鵬社」は満点を得ている。同様に満点を得ているのは「つくる会」教科書を出している「自由社」だけだ。

「つくる会」が教科書を作成する過程で「歴史の専門家」がほとんど関わっていないことが問題視された。史実を知らずしかし歴史については「一家言」を持った「歴史改竄主義者」がたむろして作成されたのが「つくる会」(自由社)の歴史教科書だったわけで、史実を知らずに個人の思い込みや思想で無責任に歴史教科書を作ろうとしたので、当然のごとく「内紛」が勃発し、会の発足当時から名を連ねていた連中がどんどん離散してゆくことになった。

思想運動ではなく義務教育で行われる授業の教材をこのような「無責任」な連中が記述した教科書に任せてはならない。「育鵬社」「自由社」の教科書執筆陣はこの極端なまでに偏向した教科書で学んだ生徒が将来不利益を被っても、その責任を取ることなどあり得ない。生徒の多数はやがて大学受験を経験するだろうが、センター試験はともかく、私立大学の日本史の試験ではこれらの教科書で教えられている内容が回答としては「不正解」に該当する事が起こりうる。また海外留学を考えた際に論述式の歴史問題が出題され「育鵬社」「自由社」の教科書に忠実な記述をすれば、多くの国で「不合格」とされるだろう。

戦争推進法案審議の中で安倍はしきりに「絶対」「断じて」を連発するようになっている。官僚が書いた答弁書を読む時はそうでもないが、紙を見ないで答弁する時には同じ言葉を繰り返したり、どう考えても論理矛盾でしかない回答を繰り返すことが極めて多い。そんな時に「絶対」「断じて」を連発する。人間の行動に「絶対」なものなどあるわけがないという基礎的な行動学がこの男にはわかっていない。戦争推進法案で「日本は益々平和になる」と安倍は言う。馬鹿かおまえは。

戦争を一刻も早く引き起こそうとする安倍は戦争の惨禍に国民が巻き込まれ嘆いた時にそれこそ「絶対」に反省や謝罪、ましてや責任を取ることなどない。こんな連中が採択を推し進める教科書など「戦争準備の道具」と同義だ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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