「お兄さん、1時間4000円ぽっきり、追加なしで!」
男性が歩けば1度はこんな声をかけられるのが歌舞伎町だ。中にはしつこく客引きを続け、乱闘騒ぎになることもある。しかし、あまりに日常的に当たり前の光景になっていため、誰もそこに驚くことはなかった。これが長く犯罪し放題の入口になっていても、だ。

◆2015年6月歌舞伎町交番の劇的変化──民事から一転、刑事事件対応に強硬化

この執拗な客引きや勧誘は、「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」などで規制され、商店会などが防止パトロールに取り組んできたが効果はなし。そこで2013年9月1日、客引き自体を規制する「新宿区公共の場所における客引き行為等の防止に関する条例」が施行された。

これはそれまで規制されていなかった居酒屋やカラオケ店への客引きも含め、客引きそのものを規制するだけでなく、客を待つ「うろつき」「たたずみ」「たむろ」までも禁止した。

しかし、この条例は骨抜きだった。条例には罰則がなく違反しても何もペナルティがない。そのため条例施行の9月1日にもキャッチは横行するという冗談のような光景があった。ただ、キャッチの問題はこれが「ぼったくり被害」への誘いという重要なものだったため、相次ぐぼったくり被害に15年に入り、大きな変化があった。歌舞伎町交番の対応が劇的に変化したのだ。

「特に6月に入って明らかに警察の姿勢に変化がありました」
そう話すのは当のキャッチ男性、佐上俊介(仮名)。29歳でキャリアは6年、高校卒業してしばらくは無職だったが、歌舞伎町の飲食店に務める知人を通じて客引きを始めた。初の就職先がキャッチだったのだ。佐上は当初、問題のないキャバクラ店への客引きが主体だったが、すぐにより稼げる「ぼったくり店」の仕事を引き受けるようになった。
「キャッチの中でも、ぼったくりは受ける人と受けない人がいますが、自分はあまり関係なかったッス」

ぼったくり被害を生むと窓口になったキャッチは恨まれるため、被害者に追われることもあるが、佐上は学生時代にケンカ三昧の日々を送っており、怖い者なしだった。これまでぼったくり店に客を何百人と送ってきた彼だが、いまだ刑事罰を受けたことはない。

「あくまで自分は店に客を紹介するだけ。店とは関係ないッスから」
「前は、ぼったくり被害者が『4000円ぽっきりと聞いたのに、20万円も請求された』とか客が言っても、店は『客が無銭飲食をしてる』って言い張って平行線になってたんスよ」と佐上。

警察は支払いの問題に関しては民事不介入を原則としており、両者の話には入らず、『双方、よく話し合いなさい』という対応までだった。しかし、6月からは客が交番に駆け込むと、被害者をまず新宿署に連れて行き調書をとり、、飲食店に出向く。そして従業員を取り調べとして署に同行させ、最長48時間拘束するようになった。

ぼったくり被害は現在、毎月200件ほどの被害電話が新宿署にあるという。「ぼったくり」の一丁目一番地といわれる「新宿・歌舞伎町」だが、ついに捜査拒否の大義名分、民事不介入をひっくり返し、刑事事件として扱いするようになった。

◆東京五輪を前に浄化作戦が始動?──居酒屋「新宿風物語」事件

東京五輪を前に浄化作戦が再活発したという部分もあるが、目先のきっかけとなったのは2つの事件だ。

昨年12月末、居酒屋「新宿風物語」が「クレジットカードの明細、もしくは領収書があれば返金します」というメッセージをホームページ上に出した。この店はよくある暗いバーで値段の分からない飲み物を飲ませられる、いかにも「ぼったくり」なバーではなく、一見して通常の居酒屋だった。ネットの人気グルメサイトにも掲載されているほどだ。しかし、そのサイトのレビューでは客が「ぼったくり」と被害を報告。ツイッターでも領収書の写真を公開して、その異常な会計を示した。

被害者によると、同店では2時間の飲み放題1800円で客を寄せていたが、2名で入店すると広めのテーブルに案内され、二人なのに「お通し」だけで6人分の計2400円を計上された。さらに5人が座れるテーブルの席料として3780円、週末料金も5人分の3780円、飲み放題も2名のはずが5名分の9000円がチャージされた。本来、別途オーダーしたつまみ代を含め2万7000円ほどの支払いのはずが4万3000円ほど請求されたという。

これが大騒ぎとなって運営していた会社は店を閉店させ返金に応じたが、こうした一般の居酒屋でもぼったくりが横行していたことを警察が見過ごせなくなった。一部の夜遊びしている酔客ではなく、大衆が騒ぎしてメディアでも取り上げられる事件となると警察は本腰を入れるのだ。

新宿区内で焼き鳥屋を営んでいる主人によると「同様の居酒屋は他にもたくさんあった」という。
「お通しや席料と称して本来、不必要な支払いを高額請求するのは常とう手段のようになっていました。いまでも飲み放題の金額が安くても、つまみが異常に高いという店などたくさんあります」

そして、もうひとつ、51万円を請求した「CLUB Cenote(セノーテ)」事件も、ぼったくり取り締まりの引き金となった。被害者はぼったくり店で働かせられ、恐怖のあまり富士山麓の樹海まで逃走するという衝撃の事件だった。[つづく]

(小林俊之+影野臣直)

小林俊之+影野臣直!強力タッグの短期連載ルポ[全8回]
新宿・歌舞伎町ぼったくり裏事情──キャッチ目線で見た「警察の対応変化」
《1》「ぼったくり店」はどうやって生まれるのか?
《2》なぜ銀座のクラブにはゴタがないのか?
《3》メニューに金額明示があれば違法性はない?
《4》東京五輪を前に警察が浄化作戦を始動?
《5》御一人様51万円「クラブ・セノーテ」事件の衝撃 [近日掲載]
《6》ベテランキャッチが語る「ぼったくり」の世界 [近日掲載]
《7》「ガールキャッチ」復活と増えるプチぼったくり [近日掲載]
《8》警察の弾圧が盛り場の「食物連鎖」を増殖させる [近日掲載]

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