《3》「福島県民健康調査」における小児甲状腺がん発見は「過剰診断なのか」
高野らが甲状腺がんの「多発見」は「過剰診断が原因だ」と述べる根拠を検討する。
高野徹・緑川早苗・大津留晶・菊池誠・児玉一八著『福島の甲状腺検査と過剰診断 子どもたちのために何ができるか』(あけび書房 2021年)
(1)甲状腺がんは低危険度がんで進行は極めて遅く、その多くは生涯にわたって無害に経過する。これに対して甲状腺がん外科医の清水一雄検討委委員は2016年9月の第24回検討委において、2年程度で35ミリに増殖したがんについて、「これはちょっとアンユージュアル(普通ではない)という感じもする」と驚きを隠さなかった。(和田真『DAYS JAPAN』2018年8月増刊号)。このようながんを見つけることが「過剰診断」であるとは到底言えない。
(2)諸外国でもすぐに手術を行うのではなく、経過観察も選択肢となっている
経過観察が選択肢になっていることは良いことだと思う。手術は常に危険を伴い、患者にメリットをもたらすとは限らないからである。しかし、そのことと甲状腺検査の中止とは関係がない。甲状腺がんが発見された患者に選択肢を示して選べるようにすれば良いだけのことである。
福島県で甲状腺がんと診断された患者の大半の手術を執刀している鈴木真1教授(福島県立医大)は2018年末までに180人のうち、リンパ節転移があった患者は72%、組織外浸潤も47%あり、11人が再手術を受ける必要があったという(白石草・同前)。また前述の山下俊1も2020年3月4日「子ども脱被曝裁判」の福島地裁における尋問で、摘出手術したがんに手術の必要がなかったケースはないことを認めている(添田孝史『東電原発事故10年で明らかになったこと』平凡社)。
このように手術を受けた患者にとって「過剰診断」は当たらない。
(3)「過剰診断」は重大な被害に結びつく
高野は「過剰診断」について次のように述べている。
①世間一般では明日をも知れぬ命とみなされてしまう。
②進学・就職・結婚・出産などにハンディをもたらす
③「手術するかどうか」に決断を迫られる。
④治療を受けなければ「がんを治療せず、放置する厄介な子」と誤解される(高野徹『日本リスク研究会誌』)Vol28 No・2)。
第33回検討委(2018年12月27日)において、メンバーが甲状腺診断の被害のデータを求めたところ、高野は「甲状腺がんが発見された人が口を揃えて言うことは検査を受ける前に戻りたいと(中略)、これを強く訴える」と答えた。
この発言に対し、前述の成井香苗委員は「超音波検査に具体的な病気としての被害があるのかと思ったが、今のお話だと心理的被害なので、それならば心理的ケアをきちんとやるべきだということの方が本筋だと思う」と述べた(平沼百合『科学』2019年3月号)。
高野が述べる健康調査がもたらす重大被害の①②④は周りの偏見であり、甲状腺がんの性質を粘り強く説明していくことにより解消できるし、本人の被害も小さくできる。また③は前述の通り、手術のメリットやデメリットを本人や周囲が判断すべきことで被害とは言えない。発見により本人の健康を守るメリットに繋がるかもしれないからである。
むしろ被害をもたらすのは福島原発事故により甲状腺がんに罹患することそのものである。前述の「子ども甲状腺がん裁判」原告Aさんも「待望の大学進学を果たしたものの、肺に転移・再発して辞めざるを得なかった」と述べている(松本徳子・前掲)。
(4)国際的にも「過剰診断論」は認められている
まず、高野らはIARC(国際ガン研究機構)は2018年「被曝の可能性がある場合でも、甲状腺超音波検査を始めとしたがん検診的なことはするべきではない」と提案した。だから国際的評価は決まっているとする。
しかし、IARCには日本の環境省が36万ユーロを拠出した。そして、原発事故後の甲状腺検査のあり方を検討する専門グループを設立したが、報告書の策定に関わったメンバーは原子力問題に関わりの深い専門家ばかりで、事務局は日本人スタッフが担っていた報告書をお披露目する国際シンポジウムでコーディネーターを務めたのは前述の山下俊1だった(白石草『世界』2021年3月号)。
IARCの報告書は環境省が費用を拠出して「被曝安全神話」に立つ日本人スタッフが中心になってまとめた可能性が高い。
もう1つ高野らがその主張の正しさの裏付けとしているのが2021年3月10日、UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)が発表した報告書である。
同報告書は公衆の被曝線量推計値を2013年の報告書より大幅に減少させたうえで、「甲状腺がんは被曝問題とは考えにくい」「発生率の増加は過剰診断が原因」「子どもの甲状腺がんは予後が良い」などとした。
しかし、キース・ベーヴァ―ストック博士は「UNSCEARに専門家を派遣しているのは、ほとんどが原子力を推進利用している国である。いわば密猟者と猟場番人が同1人物という形なのである」(「福島原発に関するUNSCEAR2013年報告書に対する批判的検証」(『科学』2014年11月号)。
[注]キースベイバスドック博士はロンドン大学卒業後、英国ハーウェル原子力研究所で電離放射線の公衆衛生及び労働衛生に与える影響に関する広範な研究を行う。1991年~2003年、世界保健機構(WHO)欧州地域事務所で放射線防護プログラムを指揮。WHOでは特にベラルーシにおけるチェルノブイリ原発事故後の甲状腺がんの増加をいち早く発見し、世界の注目を集めた(同前『科学』)。
事実UNSCEARの2017年~19年の日本代表は、放射線医学研究所(放医研。1950年に設立された放射線の人体への影響などを研究する組織)の本部長補佐、明石真言であった。彼は2011年9月、日本財団の国際専門家会議で「チェルノブイリに比べれば大した事故ではなく、将来的にも健康に関する心配は何もない」と断定した。その後も明石は検討委や環境省の「専門家会議」(放射線によるがん多発を否定)(2013年~14年)のメンバー(和田真『DAYS JAPAN』2017年4月号)。
そしてUNSCEARの上級顧問を務め、2020年報告の取りまとめに携わった。このようにUNSCEARによる「2020年報告」も「被曝安全神話」を唱える高野と同じ立場の日本の「専門家」が深く関わっているのである。
◆おわりに
本書の主著者である高野徹らの検討委により、2021年4月から小児甲状腺がんの学校検診はなくなり、福島県立医大に同意書を出した者のみの検診となってしまった(黒田節子『人民新聞』2022年1月5日号)。
本書の「過剰診断論」は福島原発事故による健康被害を否定し、東電をかばい、「被曝安全神話」を広める。甲状腺がん検査の縮小は事故と甲状腺がんの関係の解明を困難にする。
そして、「被曝安全神話」は「原発安全神話」につながり、政府が進めようとしている原発再稼働や小型原発開発を許す役割をしかねない。しかも本書の執筆者の中には児玉一八のように原発反対を唱えてきた良心的な学者も含まれている。そのことは現在の危機的状況を如実に示している。
子ども甲状腺がん裁判が「過剰診断論」を打ち破って国や東電により甲状腺がんに罹ったことを認めさせ、責任をとらせることを願ってやまない。
◎大今歩 福島の小児甲状腺がん検査は本当に「過剰診断」なのか
《書評》高野徹他『福島の甲状腺検査と過剰診断』批判
〈1〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=50162
〈2〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=50167
〈3〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=50170
本稿は『季節』2022年秋号(2022年9月11日発売号)掲載の同名記事を本通信用に再編集した全3回の連載記事です。
▼大今 歩(おおいま・あゆみ)
高校講師・農業。京都府福知山市在住
〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌『季節』2024年夏・秋合併号《創刊10周年記念特集》どうすれば日本は原発を止められるのか
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お陰様で10周年を迎えました!
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「幻の珠洲原発」建設予定地 岩盤隆起4メートルの驚愕(写真=
北野 進)
「さよなら!志賀原発」金沢集会(写真=
Kouji Nakazawa)
《創刊10周年記念特集》どうすれば日本は原発を止められるのか
《報告》小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教)
原子力からこの国が撤退できない理由
《報告》樋口英明(元福井地裁裁判長)
なぜ日本は原発をやめなければならないのか
《報告》井戸謙一(元裁判官/弁護士)
事実を知り、それを人々に伝える
《報告》山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)
核武装に執着する者たち
《報告》後藤政志(元東芝・原子力プラント設計技術者)
課題は放置されたまま
《報告》森松明希子(原発賠償関西訴訟原告団代表)
原発被害の本質を知る
《インタビュー》北野 進(「志賀原発を廃炉に!訴訟」原告団団長)
珠洲原発・建設阻止の闘いは、民主主義を勝ち取っていく闘いだった
《対談》鎌田 慧(ルポライター)×柳田 真(たんぽぽ舎共同代表)
東京圏の反原発 ── これまでとこれから
《報告》今中哲二(京都大学複合原子力科学研究所研究員)
「核融合発電」蜃気楼に足が生え
※ ※ ※
《回想》松岡利康(鹿砦社代表)
創刊から10周年を迎えるまでの想い出
《墓碑銘》松岡利康(鹿砦社代表)
お世話になりながら途上で亡くなった方への追悼記
《季節創刊10周年応援メッセージ》
菅 直人(衆議院議員・元内閣総理大臣)
守りに入らず攻めの雑誌を
中村敦夫(作家・俳優)
混乱とチャンス
中嶌哲演(明通寺住職)
「立地地元」と「消費地元」の連帯で〈犠牲のシステム〉を終わらせる
水戸喜世子(「子ども脱被ばく裁判の会」共同代表)
『季節』丸の漕ぎ手をふやして、一刻も早く脱原発社会を実現しよう
山崎隆敏(元越前市議)
「核のゴミ」をこれ以上増やさないために
今野寿美雄(「子ども脱被ばく裁判」原告代表)
裁判も出版も「継続は力なり」
あらかぶ(「福島原発被ばく労災損害賠償裁判」原告)
隠された「被ばく労働」問題を追及し、報じてほしい
※ ※ ※
《報告》なすび(被ばく労働を考えるネットワーク)
《検証》あらかぶさん裁判 原発被ばく労働の本質的問題
《報告》北村敏泰(ジャーナリスト)
棄民の呻きを聞け 福島第一原発事故被害地から
《講演》和田央子(放射能ゴミ焼却を考えるふくしま連絡会)
「復興利権」のメガ拠点 「福島イノベーション・コースト構想」の内実〈前編〉
《報告》平宮康広(元技術者)
水冷コンビナートの提案〈1〉
《報告》原田弘三(翻訳者)
COP28・原発をめぐる二つの動き
「原発三倍化宣言」と「気候変動対策のための原発推進」合意
《報告》三上 治(「経産省前テントひろば」スタッフ)
総裁選より、政権交代だ
《報告》板坂 剛(作家/舞踊家)
タイガー・ジェット・シンに勲章! 問われる悪役の存在意義
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甲山事件50年を迎えるにあたり
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《報告》再稼働阻止全国ネットワーク
時代遅れの「原発依存社会」から決別を!
政府と電力各社が画策する再稼働推進の強行をくい止める
《老朽原発》木原壯林(老朽原発うごかすな!実行委員会)
6・9大阪「とめよう!原発依存社会への暴走大集会」に1400人超が結集
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女川原発の再稼働はあり得ない 福島事故を忘れたのか
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北茨城市大津漁協裁判で闘う永山さんと鈴木さんの話を聞く
《柏崎刈羽原発》小木曽茂子(さようなら柏崎刈羽原発プロジェクト)
7号機再稼働で惨劇が起きる前に、すべての原発を止めよう!
《首都圏》けしば誠一(反原発自治体議員・市民連盟事務局長)
福島原発事故の責任もとれない東京電力に
柏崎刈羽原発を動かす資格はない!
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静岡県知事と御前崎市長が交代して
「一番危険な原発」はどうなるか
《島根原発》芦原康江(さよなら島根原発ネットワーク)
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私たちは歩み続ける
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原子力規制委員会を責め続けて11年
原子力規制委員会は、再稼動推進委員会・被曝強要委員会
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