9月に筆者が出演した番組を2本紹介しよう。いずれも須田慎一郎氏がキャスターを務める「別冊! ニューソク通信」の番組である。ここで取り上げた2件の事件に初めて接する人にも理解できるように編成されている。

 

森奈津子編『人権と利権 「多様性」と排他性』

◆週刊金曜日と鹿砦社の決別をめぐる事件

7月初旬に週刊金曜日と鹿砦社が決別しておよそ3カ月になる。週刊金曜日に掲載された森奈津子編著『人権と利権』(鹿砦社)の書籍広告に対して、週刊金曜日が差別本のレッテルを張り、今後、鹿砦社の広告を拒否することを告知したことが決別の原因だった。

しかし、この決定の背景にある事情を調査したところ、週刊金曜日に対して、鹿砦社の書籍広告を掲載しないように求める声が、SNSなどで炎上していたことが明らかになった。SNS上の暴言・苦言が週刊金曜日の植村隆社長にプレッシャーを与え、一方的に鹿砦社に決別を宣言したのである。

これら一連の経過は、デジタル鹿砦社通信やメディア黒書が報じてきた。また『紙の爆弾』(10月号)は、筆者が執筆した「『週刊金曜日』書籍広告排除事件にみる『左派』言論の落日」と題する記事を掲載した。さらにインターネット放送局である「別冊! ニューソク通信」が取り上げた。

「別冊! ニューソク通信」の須田慎一郎氏はこの問題に着目した。と、いうのもコラボ問題についての須田氏と森奈津子氏の対談が『人権と利権』に収録されているからだ。その本が「差別本」と烙印されたのだから、ある意味では須田氏も当事者である。


◎[参考動画]左翼は結局、権力に屈した!?…その権力の持ち主とは!? 野党の崩壊につながる!?(2023/09/13)

◆横浜副流煙事件の反訴

「別冊! ニューソク通信」が制作したもうひとつの番組は、横浜副流煙事件の反訴の進捗を紹介したものである。須田氏の他にわたしと、当事者である藤井敦子氏が出演している。

この事件の最初の裁判は、2017年11月に提起された。煙草の煙で「受動喫煙症」などに罹患したとして、A家の3人(夫・妻・娘)がミュージシャンの藤井将登氏を訴えた。この提訴の根拠となったのが、日本禁煙学会の作田学理事長が作成したA家の診断書だった。しかし、そのうちの1通が虚偽診断書であることが裁判の中で判明する。

裁判は、藤井氏の勝訴だった。その後、藤井夫妻は、作田医師を虚偽診断書作成の疑惑で刑事告発した。事件は受理され、作田医師は書類送検された。その後も藤井夫妻は反撃の手をゆるめずに、作田医師を訴権の濫用で提訴した。「戦後処理」としての反訴である。

この裁判の尋問の中で、作田医師は藤井敦子氏が「喫煙者である」と暴言を吐いた。さらに敦子氏の支援者に対しても根拠のない事実を摘示した。これに対して敦子氏と支援者の男性は、作田医師に対して名誉毀損裁判を起こした。男性は刑事告訴も行い受理された。その結果、作田医師は次の係争を抱えることになった。

1,前訴に対する損害賠償(訴権の濫用)裁判
2,損害賠償(名誉毀損)裁判
3,刑事告訴(名誉毀損)


◎[参考動画]【横浜副流煙裁判】まだまだ続きがあった!! 日本禁煙学会・作田学理事長のトンデモ発言連発!!タバコがダメなら〇〇で…誰もが被告になってしまう可能性が!?(2023/09/16)

◆「市民運動=善」という幻想

ここで紹介した2件の事件を通じて、筆者は読者に市民運動のあり方について考えてほしい。市民運動を敵視するわけではない。むしろ市民が結束して、社会運動を展開することは大事だと考えている。しかし、市民運動体の中には反社会的な勢力が紛れ込んでいることがあるのも事実だ。となれば、「市民運動=善」というスタンスは間違っている。

たとえばしばき隊が2014年に大阪市の北新地で起こした事件は、重罪である。重傷者が出ているわけだから、隠蔽するのではなく検証しなければならない。ところが実際は、多くの識者たちが隠蔽の方向で結束したのである。野党の一部もそれに加担した。

また、コラボ問題では、住民監査請求が通った事実があるわけだから、当然、ジャーナリズムはコラボの経理を検証しなければならない。仲間意識で曖昧にできる問題ではない。

ジャーナリズムは、市民運動の質を見極める必要がある。
 
▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

黒薮哲哉のタブーなき最新刊!『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』

デジタル鹿砦社通信の小島卓編集長から、『情況』8月発売号の紹介をしてみてはいかが、というお誘いをいただきました。ありがたくお受けしたいと思います。

過日、『情況』第6期にご注目を、という記事をアップしたことがあります。おかげさまで、第6期『情況』誌は3号をかさね、11月発売号が出れば晴れて「3号雑誌」(勢いよく刊行したものの、3回で休刊)の誹りをまぬがれるわけです。読者の皆さまのご購読、ご支援に感謝いたします。

◆新しい論壇誌のスタイル

 

変革のための総合誌『情況』2023年夏号[第6期3号]【特集】音楽

さて、新左翼系の老舗雑誌と『情況』は呼ばれてきました。しかし、新左翼そのものが衰退、解体している昨今、その存続意義はあるのかという問いが生まれます。
じじつ、新左翼的な記事はほとんどなくなり(かつては、三里塚闘争や安保闘争、狭山闘争などが誌面を埋めた)、唯一果敢に闘われている沖縄反基地闘争(辺野古基地反対運動)も、新左翼特有の実力闘争ではなく、不服従の抗議闘争というのが実態だと思います。

運動誌・理論(学術)誌・オピニオン誌と、3つの性格を併せ持ってきた『情況』ですが、いまも有効なのはおそらく研究者にとっての論文発表の場、なのではないでしょうか。全国の大学図書館に70冊ほど、しかし岩波の『思想』、青土社の『現代思想』には遠く及びません。そして何よりも、学術誌は売れないのです。

もうひとつはオピニオン誌(論壇誌)としての性格で、第5期はここに比重を置いてきました。できればワンテーマこそが、クオリティマガジンとしてのステータスを高めるものになるはずですが、編集部をオープンにした結果、ごった煮の雑誌となったわけです。あれもこれも載せてくれと、ぶ厚い雑誌になりました。

雑誌というものは雑なものの集合体、いろんなファクターを入れた大船ですから、それはそれでいいのですが、いまひとつテーマの掘り下げに苦しんできたのが実態でした。

新しい編集部(第6期・塩野谷編集長)は、ヘンに背伸びをせず(難しいテーマを抱え込まず)、身近なテーマを掘り下げるところに特長があります。創刊号は「宗教」、2号目は「動物」、今回は「音楽」でした。

「音楽」は鹿砦社通信でもたびたび取り上げられていますが、時代性とテーマをその中にふくんでいます。プロテストソングを80人以上のアンケートで実施、特集の記事も20本と多彩なものになっています。政治と音楽(芸術)というテーマそれ自体、メッセージや音楽性の相関、扇動性、快楽といったかなり広い論軸を持っているものです。

その意味で、政治的なテーマや経済論評、政治経済の提言や批評がやや有効性をうしなっている(論壇誌で残存しているのは『文藝春秋』『世界』『中央公論』ほどしかない)現状では、人間にとって切実な「動物=食物」「音楽=日常に接する音」から人間を掘り下げる。これはなかなか良い手法だと思います。次号は「メンタルヘルス」だそうで、やはり切実なテーマだなと思います。

◆鹿砦社の広告について

ところで、『情況』は鹿砦社様の広告を表3(巻末)に定期掲載しています。『週刊金曜日』が当該者(団体)の抗議で、鹿砦社の広告を拒否した契機となった『人権と利権』も掲載しています。当然のことです。ご出稿いただいていることに、あらためて感謝するものです。

明らかに差別や人権侵害を目的とした刊行物でないかぎり、その表現や主張に、結果として差別的な内容・人権侵害的な内容が含まれていたとしても、誌上で批判・反批判をするべきです。そこにこそ、イデオロギー闘争としての「反差別」「人権擁護」が成立すると考えるからです。

したがって、今回の『週刊金曜日』の措置は、ファシストの焚書行為に相当するものと、わたしは考えます。『人権と利権』は運動内部に存在する「利権」を暴き出し、健全な反差別運動の発展をめざす視点から編集されていると、一読してわかるものです。

内容に誤りがあり、あるいは不十分であると考えるならば、批判の論攷を書けば良いのであって、人の眼に触れさせないのは矛盾の隠ぺい、自由な批判を抑圧するものにほかなりません。

『情況』も、昨年の4月刊で「キャンセルカルチャー特集」を組みました。2021年の呉座勇一さん(日本中世史・『応仁の乱』が50万部のベストセラー)のツイッターアカウントをめぐり、女性蔑視とするネット上の論争が起きた件をめぐり、執筆者から「情況の不買運動」を呼びかける論攷も掲載しました。

反差別運動の基本は、現代社会が資本主義の景気循環において相対的過剰人口を生み出し、そこにレイシズムの歴史的ファクター(差別意識)が結合することで、差別を再生産する社会であること。この基本認識があれば、差別を排除するのではなく俎上にあげて、分析・批判することを通じて、差別意識を変革していくことが求められるのです。

差別は個人・組織が起こすものですが、差別社会にこそ原因があることを忘れるならば、差別者のキャンセル、排除によって変革を放棄し、結果的に差別を温存することになります。すなわち『週刊金曜日』の今回の措置(広告拒否)こそが、差別を温存・助長するものにほかならないのです。

◆共産同首都圏委の逃亡

「排除」といえば、本通信でも何度か取り上げてきた、共産同首都圏委のウクライナ帝間戦争論について、8月発売号の「ウクライナ戦争論争」(本誌特別解説班)で結論を書きました。

首都圏委は人づてに聞いたところ「横山と論争をしないことに組織決定した」というのです。「排除」いや「逃亡」です。もう笑うしかありませんが、かれらは書き散らした論旨改ざん(論文不正)、誤読・誤記、引用文献の版元の間違いなど、恥ずかしいばかりの誤報の後始末もしないままなのです。そこでわれわれが彼らに代わって、訂正とお詫びを誌面に書きました(苦笑)。

また、新たな論敵として労働者共産党(元赤軍派の松平直彦氏が代表)の批判も全面展開しています。同世代の元活動家、研究者たちから「メチャメチャ面白い」の連絡をいただいています。

紹介と論軸の提起が長くなりました。今後とも、鹿砦社の出版物とともに『情況』をよろしくお願いいたします。(筆者敬白)

変革のための総合誌『情況』2023年夏号[第6期3号]【特集】音楽

『情況』HP http://jokyo.org/
amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B0CDJ84P4J/
模索舎 https://mosakusha.com/?p=6153 

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

森奈津子編『人権と利権 「多様性」と排他性』 最寄りの書店でお買い求めください

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先般は、このかん私たちの元に寄せられた皆様方のご意見、激励などを列挙いたしました。日々少しづつ鹿砦社への理解者が増え、他方の『金曜日』への批判も増えています。今回は、植村隆社長が、これみよがしに送って来た、『金曜日』に寄せられたというツイートを掲載いたします。執拗に被害者や鹿砦社を誹謗し続けた「leny φ(^▽^)ノ#鶴橋安寧!」のような「大学院生リンチ事件」(しばき隊リンチ事件)の加害者支持者もいます。

『金曜日』編集部内に蝟集する「しばき隊」「カウンター」の支持者、そして彼らに連携する外部の者らによる鹿砦社や森奈津子さんらに対する非難中傷が下記のツイートです。

あらためてつぶさに見ていきましたが、これぐらいのツイートで困るようでは『金曜日』の近未来が思いやられます。

鹿砦社への非難中傷は、私たちが2014年師走に大阪・北新地で起きた「大学院生リンチ事件」の被害者支援、真相究明を始めてから始まりました。これに関する本を6冊出版し、その都度『金曜日』に1ページ広告を出しましたが、加害者側につらなる編集部員、ライター、読者らは不快を感じたかもしれません。しかし、彼らが日ごろ「人権」という言葉を口にしているのであれば、むしろ虚心坦懐に事件の内容に真摯に向き合うべきではなかったか。

北村肇前社長は、編集部やジャーナリストの中では、暴力に対し、ほとんど唯一真正面から向き合われました。

今回の処置の底流には、件の「大学院生リンチ事件」があります。原一男映画監督が登場する号の裏表紙に偶然鹿砦社の広告が掲載され(つまり、定期的に出していた鹿砦社広告の掲載日として予め決まっていた号で、これに偶然に原監督とSEALDs奥田愛基の対談が掲載されたということで、これが今回の鹿砦社排除の一因になったということですが、これは鹿砦社に責任はありません)、これに激怒した原監督は北村前社長を呼び出し激しく叱責したといいます。われわれの世代にとってカリスマ的存在だった原一男が、たかが広告で激怒するほどケツの穴が小さい人物だったことを知り愕然としたわけですが、その広告にはリンチ関連本の第一弾『ヘイトと暴力の連鎖』が掲載されています。

原一男監督が激怒した『週刊金曜日』1100号(2016年8月19日号)

植村社長には数日前にリンチ事件関連本6冊(その内の1冊には森さんも寄稿)全部を送っておきました。「人権」だ、「反差別」だと言うのなら、言葉の真の意味で一人の人間の人権を尊重し、差別と闘うという崇高な営為について既存の価値観を超えて根源的に考え直すべきでしょう。「人権」や「差別」という内容は『金曜日』や植村社長らが決めるものではありません。今回も、『金曜日』や植村社長らが「差別本」だと決めたから「差別本」だとされるのなら人間の英知など硬直化してしまいます。

植村隆社長(2019年12月7日の鹿砦社50周年の集いにて)

私事になりますが、いまだに鹿砦社の地元・兵庫県では語られる、戦後最大の差別関係の暴力事件とされる「八鹿(ようか)高校事件」(1974年)に於いて、当時赴任したばかりで、私の大学の先輩が激しく暴行を受けました。いまだにネットでは、この場面が名前入りで検索できます。最初見た時は大ショックでした。この事件以来、私なりに差別と暴力ということについて真剣に考えて来ました。「大学院生リンチ事件」の被害者支援と真相究明に関わったのも、心の底にはこの問題がありました。硬直し教条主義化した『金曜日』ごときにああだこうだ言われなくても、差別のなんたるかぐらいはわかっているつもりです。あんた方に言われたくありません。ましてや、今回矢面に立たされている『人権と利権』が「差別本」だと安直に規定することには断固反対です。『人権と利権』で、Colabo、LGBT活動家や利権団体が、まるで「人権は金になる」といわんばかりに跳梁跋扈していますが、その実、利権を求めて蠢いていることこそ、当時の言葉でいえば「糾弾」されなくてはなりません。

今回、『金曜日』によって、『人権と利権』が「差別本」という汚名を着せられ、企画、編集を担当した私や著者の森奈津子さんも、このままでは済まされないでしょう。場合によっては公開討論をやりましょう。こちら側は森さんと私、『金曜日』側は植村社長とColabo仁藤代表が妥当でしょう。11・2『週刊金曜日』創刊30周年大集会の前ではどうでしょうか? 逃げないでくださいね!

言論の多様性をみずから棄て北村肇前社長の遺志に反する、今回の鹿砦社排除が『金曜日』の「終わりの始まり」になることを懸念せざるをえません。

[左]『週刊金曜日』6月30日号掲載「おわび」。[右]Colabo仁藤夢乃代表の『週刊金曜日』に関する6月27日付けツイート

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Sayu
@sayu_nt
コレ読みたいな。コノ本で某界隈が内ゲバしてんでしょ
本屋で週刊金曜日パラ見した時、巻末広告に載ってたからあら?と思ったんだよね。
広告料欲しさに週刊金曜日も内ゲバ始めた?w
さすが鹿砦社w話題作りはうまいねw

@skryta
人権と利権は週刊金曜日に広告が出たと聞いて、ちょっと驚いたのだ。週刊金曜日は本多勝一が編集委員にいたように左寄りの媒体だったはずなのだ。ところが、朝日・毎日と異なり、本書を広告する方にまわったのだ。

hirohiro
週刊金曜日。よくHanadaに記事を書くような人にレギュラー的に記事を書かせるものだ。やはり納得できない。鹿砦社のヘイト広告といい内部が相当おかしくなっているのかな。そろそろ購読継続も考えどきかも。

leny φ(^▽^)ノ#鶴橋安寧!
@LenyIza
トランスヘイターの森奈津子に好き勝手に言わせ、デマを流し続ける鹿砦社に広告枠を提供する週刊金曜日が、また専門家でも無い人間にいい加減な事をしゃべらせる。
ホント、植村隆の見識と能力って信用出来ない。

@shimadakou
週刊金曜日の立ち位置はどうなってんだろう
なんでそんな広告掲載したんだ

spectre_55
鹿砦社、なんで週刊金曜日に出稿できてたんだろ、ジャニーズの性暴力に関する本を(しかもかなり早い時期に)出してたりした記憶があるから「反権力」で?
でもしばき隊云々は置くにしてもなんかあんまマトモな出版社だというイメージないし、あんなヘイト本の広告通したとこに責任はあるよね…

@HqCwkeSAdzCwXF6
週刊金曜日もよく広告オッケーしたなぁ

のんこ≪共に生きよう≫人民だよ
@korieramucho
週刊金曜日どうした?どうした???

purify
週刊金曜日のTwitterアカウントを開くと「広告に依存せず」って書いてあるのに。広告内容を精査しないの?

バンビーナ
@d_bambina
週刊金曜日、もうずっと読んでないけど今は極右の雑誌なの?

@JaHi8SXKvGxebKx
仁藤が、身内と思っていた『週刊金曜日』の広告にケチをつけています。意外なところに敵がいた?

青島清華
@Seika_Aoshima
→編集委員の各氏が積極的に関わっていたとは思えないが、名前が表紙に記載されている以上、何らかの声明をなるべく早く出すべきだろう。
週刊金曜日編集部も広告掲載の経緯を調査した上で対応をしなければ、広告掲載商品に消極的にであっても賛同しているとみなされても仕方がない。

児玉正志
@1967s_yo
マジか?週刊金曜日よ。ちゃんと説明できるんだろうな。

金滿里(新しいアカウントです)
@kD6mD47Tz7XnTxI
何でこれでもか、これでもかって、マスメディアの而も「週刊金曜日」という真っ当なとこと思ってた雑誌までが!どうなってんの?!全部が、吉本か、騙しか、劣化が激しすぎる!

MEP:ラジオネームヘンするウサギ
@mepphyj
Colabo代表仁藤夢乃さんは「週刊金曜日がこの本の広告を裏表紙に」とおっしゃってますが、週刊金曜日は広告収入には頼らないのではなかったでしたっけ?

Tenko chanz ▼・ェ・▼
@T_ichi_jyo
週刊金曜日、創刊時にはその想いがビンビン伝わってきて、定期購読していたが、こんな本を広告として載せるところまで落ちるとは。
なんだか、どこもかしこも劣化が酷くて、しんどいな。

ナょωレよ″丶)ょぅすレナ
@rna
週刊金曜日、どうなっちゃったの?

政治・選挙マニア学生
@xnbh5Gtw1e84pJI
鹿砦社や週刊金曜日が「なんかズレてる」というのは昔からあったんですが。指摘していた人たちを黙殺しておいて、我が身に降りかかった時に初めて「気付く」のですか?

@kuraiseikaku
週刊金曜日終わっとるな。

@kaeshikaji
仲岡さんに対してもめちゃくちゃヘイト行為だし、そもそもこの公告を出す時点で週刊金曜日終わってる、、何も考えないで、ではなかろうし。。

@Miew5dzYiy1hi2s
内ゲバなんていつもの事ってのと
週刊金曜日とは全く切れてないってのと

川上芳明
@Only1Yori
えーっ、「週刊金曜日」が。それはまずい(-_-;)そもそも、私は「鹿砦社」って、かなり危険なというか問題のある出版社だと思っています。「左翼出版社」と思っている方もいるかもしれないけど。
ヘイトを許さない市民の会/人権と民主主義を守る会SK
@nohate38306132
週刊金曜日@syukan_kinyobi
はいい加減鹿砦社との契約打ち切ったら?(*´ω`*)
鹿砦社はもう言論の自由の範囲を逸脱したただのヘイト出版社じゃん

あさり固め
@athalisawali
ていうか週刊金曜日って広告あるの?ないイメージだったんだけど無ってことじゃないみたいなことなん?

てのりん
@trochilidae
「『週刊金曜日』は、広告に依存せず、定期購読主体(書店でも販売)の総合週刊誌」と言いつつ鹿砦社の『人権と利権』の表紙を使った広告を裏表紙に載せるというのは,週刊金曜日編集部もこの森奈津子らの本と同様の問題意識を持っていると考えていいのか.

てのりん
@trochilidae
週刊金曜日までもか……
最悪すぎるだろう

憲法改正反対!改憲阻止を!平和外交を!にっちもさっちもす808
@wshootingstar
そこまでチェックしてないんだろな。週刊金曜日も。

自分 北海道を核のゴミ捨て場にしない
@KiyokawaNozomu
週刊金曜日がヘイト本のような類の本の広告を掲載していたという情報。

仁藤夢乃Yumeno Nito
@colabo_yumeno
週刊金曜日がこの本の広告を裏表紙に載せていたそうです。最悪。どういうつもりなのか。@syukan_kinyobi

これでは「週刊金曜日不買運動」をせざるを得ません。

eve lee gacco インボイス反対
@mocchimochibbb
ちょっと…週刊金曜日…どういうつもりなの

ちまこBlue 魔人
@chimakoBlue
週刊金曜日ヲィ

るい
@tao823906
週刊金曜日っていう誰も読んでいない雑誌。
アホ丸出しw

きんちゃん
@kinchubby666
森奈津子の著書が週刊金曜日に広告として載ってるって…。
何考えてるの@syukan_kinyobi ?

弁護士仲岡しゅん(うるわ総合法律事務所)
@URUWA_L_O
私への殺害予告記者会見を記事にした週刊金曜日から1部送られてきたんですが、裏表紙にこの本の広告が載っていました。
ずいぶん皮肉が効いてるなと思っていたんですが、カラーになるとこんな画像だったとは…。モノクロだったので気付きませんでした。

ジプシー公務員
@Gypsykoumuin
おお…!
「週刊金曜日」が「ネトウヨ雑誌」だと市中に出回る出版物はすべて「ネトウヨ雑誌」になってしまいますな…「前進」が「ネトウヨ雑誌」呼ばわりされる日も近そうで。

蛇舌
@menkaidekinai
「紙の爆弾」って鹿砦社ですよね。確か週刊金曜日も鹿砦社の広告を載せていましたが同社はこの問題をどう考えるのでしょう?

TAKEKAWA
@takekawa45
デマナツ氏の侮辱と共にあった「鹿砦社」
既視感は「週刊金曜日」だったか
手持ちの裏表紙に何冊か載っている
共産党と反共記事を載せたり、デマに近い転載記事を出したりで、この頃は安田浩一さんと田中優子さんの出る号の立ち読みと反共著者のないものだけにしている
社長が編集に無関心だからか

有田芳生
@aritayoshifu
「週刊金曜日」は広告収入に依存しない。本多勝一さんや井上ひさしさんにそう聞いていました。いまは違うんだ。しかも、です。

leny φ(^▽^)ノ#鶴橋安寧!
@LenyIza
週刊金曜日って、人権や差別に本質的に無関心なビジネス新左翼の鹿砦社の広告を未だに載っけるんやねぇ。
ホンマ、週刊金曜日は人権にだらしない。

Flag Lucky in the house(2021年4月から無職)
@tmhk_y
影書房さんに鹿砦社さんよりも高額で広告出してもらえればいいのか?
週刊金曜日は広告に依存しないってことだから別の問題なのか?
ちょっと不気味

aki
@nekonekominmi
週刊金曜日はいい加減に鹿砦社の広告を載せるのを止めた方がいい。言論の自由とヘイトの自由は別でしょ。

hirohiro
@arataka_lie_gen
週刊金曜日は経営状況はあまりよろしくないのかもしれないが、頼むからしっかりしてくださいよ。ヘイト雑誌を広告に載せるなどかなり恥ずかしいことだ。

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◎[関連記事]【『週刊金曜日』鹿砦社排除問題続報】鹿砦社に対する村八分と排除行為は差別そのものであり、北村肇前社長の遺志に反するものだ! 多くの皆様の鹿砦社への支援と激励に感謝します! 板坂剛さん、11・2『週刊金曜日』30周年記念集会へ「乗り込む」ことを提起! 鹿砦社代表 松岡利康

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今回の問題は、「カウンター大学院生リンチ事件」(いわゆる「しばき隊リンチ事件」)に対する、私たち鹿砦社による被害者支援と真相究明に陰ながら不快感を持っていた『週刊金曜日』編集部内の日本共産党としばき隊につらなる人たちによって画策されたものと推察いたします。くだんのリンチ事件の加害者側代理人と植村社長の慰安婦訴訟の代理人兼事務局長は同じ神原元弁護士ですしね。

この非人間的なリンチ事件に関わり始めてから、これについての取材と支援、訴訟などの内容を2016年以来6冊の本にし出版、同時に『金曜日』にもその都度巻末広告を出広してきました。それ以前にも広告は定期的に出広してきましたが、一度たりとも抗議などありませんでした。『金曜日』に抗議がなされ始めたのは、これ以降だと思われます。

これが問題の広告。たった4分の1の小さな広告で大騒ぎする輩と、これに簡単に屈した『週刊金曜日』

北村肇さんによれば、『金曜日』の定期購読者は3つに分かれていて、(1)日本共産党支持者、(2)社民党支持者、(3)無党派だということですが(今はれいわ新選組なども出来たので少し変わったかもしれませんが)、(2)の一部と(3)の読者が鹿砦社の読者と重なるそうです。また、小さな会社なのに組合も3つあり、なにかあればいちいち3つの組合と団交しないといけないそうで疲れるとこぼされていました。北村さんの命を縮めた一因は組合だということは元社員からも聞きました。誤解ないように私たちは組合の存在と活動を否定しているわけではありません。

生前の北村肇前社長。太っ腹な方だった

今回の鹿砦社に対する「ヘイト出版社」扱い、森奈津子編『人権と利権』に対する「差別本」呼ばわりで私たち鹿砦社も、まさに「名誉毀損」に遭っているというほかありません。植村隆社長ら『金曜日』の見解が一方的に喧伝され、特に重なる読者層の方々に誤解を生むことを懸念します。『金曜日』と鹿砦社の力関係は、マジョリティとマイノリティですから。鹿砦社の書籍や雑誌の広告が掲載できなくなることで、ますます私たちの出版活動の内容を外部に知らせる場が一つなくなりました。

今回の件で、『金曜日』に言論の多様性などなく、異論を簡単に排除する左翼教条主義的な組織に成り下がったことを実感しました。今後は「多様性」とか「表現の自由」とか言うなよ!

鹿砦社は「ヘイト出版社」? 森奈津子さんは「差別者」? 人の人権を顧みず、簡単に「ヘイト」だ、「差別」だと言う者こそ差別者だ!

以下、このかん寄せられた読者の皆様方からのご意見です(一部の方を除いてお名前を省いています)。畏敬するゲバリスタ(元・日大全共闘)、板坂剛さんからは11・2金曜日30周年集会へ「乗り込む」ことが提起されました。狂犬・板坂さん一人で乗り込ませるわけにはいかんでしょう。私も抗議のビラ撒きぐらいはやりたいと考えています。行動を共にしてもいいという方はご連絡ください。久しぶりに「老人行動隊」(古い!)を組みましょう! 情宣貫徹! 闘争勝利!

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◆板坂 剛 『マツオカ』へ 1       
 怒りと笑いが同時にこみあげる今回の『週刊金曜日』の広告拒否事件。鹿砦社の出版物に不適切な表現があったから、鹿砦社の広告を掲載するなと、多くの読者から脅迫的な要求があって、それで発行人が今後同誌に鹿砦社の出版物の広告を一切載せないことになったという。完全な倒錯である。
「文春砲」と揶揄され現実の巨悪を撃つ『週刊文春』の足元にも及ばない『週刊金曜日』の末路というべきか。文章で表現された内容に異議があるなら、文章で反論すればいい。
 百歩譲って鹿砦社の出版物の内容を否定するなら、鹿砦社に抗議するのが筋であろう。それを同業他社に広告の掲載を打ち切るように迫るなど卑怯の極み、昭和の右翼が好んで用いたヤクザまがいの手口だ。
『週刊金曜日』の読者がここまで低レベルであったことに驚くと共に、そんな姑息な言動に屈するのは出版人として自殺行為であることを自覚できない『週刊金曜日』の編集者には、もはやジャーナリスト失格であると言い渡しておこう。彼らには自分の仕事に対する意地も誇りもないのだ。今まで『週刊金曜日』を書店で購入したことは何度もあったが、もう二度と買わない。

◆板坂 剛 『マツオカ』へ 2       
 どうも腑に落ちない『週刊金曜日』の鹿砦社に対する広告打ち切り措置。事実上の絶縁宣言であるにもかかわらず「鹿砦社を否定するわけではありません」というヒラ社長のコメント。
「今回の『人権と利権』の広告問題で、『もう鹿砦社の広告をやめるべきだ』という読者の声がさらに強まりました。社内でも『広告取りやめやむなし』いう意見が大多数です」って、ヒラ社長よ「読者の声」「社内の意見」ではないあんたの本音を聞かせてくれと言いたい。
『人権と利権』のどこが問題なのか、自分の言葉で語った上で、今後一切鹿砦社の広告を取りやめる必然性があるのかを説明しない限り、鹿砦社の支持者=読者は納得しないだろう。説明責任を果たさないのは自民党だけで結構。
 11月2日木曜日に日本教育会館一ツ橋ホールで『週刊金曜日』創刊30周年記念大集会が行われるという。私はここに乗り込むつもりである。鹿砦社シンパ関西派の結集を望む。

◆黒薮 哲哉 わたしの新刊の広告も同じスペースで掲載された(週刊金曜日の)号なので、具体的にどのような事情があったのか、週刊金曜日と仁藤氏には説明してほしい。

◆週刊金曜日が鹿砦社の広告掲載を止めた、だけの理由ではなく積もり積もったもの(北村肇さんへの敬意を踏みにじられたことなど)もあり、定期購読を止めました。他人を排斥するなら、自分も排斥されることを知るべきです。

◆本日付の「デジタル鹿砦社通信」を読みました。 6月29日付の記事とあわせ、この間の事情がよくわかりました。松岡さんのおっしゃることは理路整然としており、賛同いたします。
『週刊金曜日』は長く定期購読してきた愛着のある雑誌であり、西宮ゼミでお会いした北村肇さんのお顔も浮かぶのですが、自ら省みることができないようなら区切りをつけるべきかと思案しております。
これに代わる週刊誌が今の日本に無いので困るのですが…。

◆創刊からの購読者でしたが、とっくにやめました。

◆ちょっとひどい ネ、中島氏はやめちゃうし、週刊金曜日にがっかりした。

◆(『週刊金曜日』の)7/7日号確認しました。「社会的には非正規雇用問題を批判しながら、社内に同じ問題を抱え込んでいる」とおっしゃってますが、今回の問題が決定的だったんでしょう。残念です。

◆本多勝一さんのような文章成金がうらやましいですよ。

◆特にというのも変だが2014年のブルデモやリンチ事件のことは今後も何かと付きまとうであろう…

◆週刊金曜日 8/11 1435号読書会から 植村社長鹿砦社決別宣言について さいたま読者から 仲良くしろよ。
と言あり、要は単なる喧嘩口喧嘩のレベルか?
できれば紙の爆弾読書会を開いてこの問題を討議できないだろうか?

◆金曜日に問う
週刊金曜日の植村さんは、自分への攻撃には敏感のようだが、その際の自分の反撃がどういう意味をもっているのかを判断する力は弱いようだ。
反ヘイトなどの運動体の中には、内包する問題を指摘されているところもある。それにつけこんで、誹謗中傷する輩もいる。
しかし、まともな疑問や批判に対しても、誹謗中傷あるいは差別だと逆にレッテル貼りをすることがないとはいえない。
その運動体が社会的にも、さらにさまざまな運動を支持しているひとたちにも、認知をされている場合、この団体が「虐められている」と声を挙げれば、その主張が受け入れられやすくなる。
しかし、大事なことは、事実関係をきちんと押さえ、そのことに歴史的にも理論的にも、正しい解釈をすることだ。感情に流されてはならない。
今回の記事だけでは、当該団体の詳細が分からないので、そのことには触れない。
ここで明らかにされているのは、週刊金曜日が、鹿砦社の出版物の広告を掲載したが、某団体のクレームを受けたら、鹿砦社とは何の話し合いをすることなく、自分が広告掲載を了承した本を「差別的だ」と決めつけたうえ、某団体への謝罪を表明した、ということだ。
右翼の脅迫を受けて、一度出していた会場使用許可を一方的に取り消す自治体の例を想起してしまう。
しかし今回は、ことなかれ主義の自治体が行ったのではなく、言論機関である。それも、一部のリベラル勢力が信頼を寄せているメディアである。
直ちにいい悪いの結論を出す必要はない。
何が問題点であるのか、議論を闘わせてほしい。特に、金曜日に寄稿している人々には、その論争に参加すべき義務がある。

◆「一番弱い所」として生け贄にされた「週刊金曜日」。
カウンター界隈に煽動されたColabo

◆一番の問題点は『金曜日』が鹿砦社を今後無視することだと思う。

◆公開討論を開催するべき案件。

◆「買ってはいけない」の非科学性を(もっと言えば「トンデモ」)を訴え続けた熊野寮OBたちの意見をガン無視し続けた段階で、『週刊金曜日』の購読をやめています。あそこ、サヨクの悪い所を煮詰めたようなところがありますね。

◆う~ん、『週刊金曜日』は左翼なのかなあ。私にはリベラルという認識しかないけど。

◆僕がカタカナで書くときは基本的に「リベサヨ」という、軽蔑的ニュアンスを込めています。

◆松岡さん応援しています。

◆言論弾圧に屈せずに、おかしいことにおかしいと言う松岡さんの姿勢断固支持します。
今日、八鹿高校事件の動画を見ていました。
汗水垂らして働く必要の無い特権階級どもが、デマや暴力で言説を封殺する。今も昔も全く変わらぬ構造に悔しさと虚しさが溢れてきます。
出身や性別や民族やセクシュアリテで括る左派が何故人民大衆に見放されたか。
それは貧しい者、所得の低い者、低賃金労働者を見殺しにし、差別問題や民族問題、LGBT問題にしかとりくまなかったからだ。
左派が被差別者と規定している者たちの中にも、富裕層や搾取収奪を繰り返してきた輩はたくさんいる。
持つ者と持たざるもので分けるべきところ、部落か否か、在日か否か、女性か否か、ゲイか否かで分ける。
こんなふざけたことを未だに続けている。
上記のどれにも当てはまらなくても、ギリギリの生活をしている者はたくさんいる。餓死する人も首括る人もいる。
多くの左派はそんなことなどおかまいなし。彼ら自身が富裕層だから。活動家も2世3世が多い。
労働組合を名のりながら、労働とは無縁の貴族ども。

浅野健一 松岡さんの投稿に賛同します。私が山口正紀さん(故人)、中嶋啓明さんの三人で担当していた「人権とメディア」連載を打ちきり、小林和子編集長(当時)が私を完全排除(植村社長の業務命令)したのも、もう1つのターニングポイントだったと思います。YМ子助教の私の週刊金曜日記事の盗用を不問にしたのも、縁故主義、編集の私物化でした。植村氏は、私に対しては絶縁宣言をしていません。

◆大内問題というタブーも抱えてしまった。タブ―なき雑誌を売りにしていたのにタブーだらけになっては魅力がなくなってしまう。タブーに挑戦する若さも勇気もなさすぎ。

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「週刊金曜日」植村隆代表は、『人権と利権』の広告を掲載したことについて、Colabo代表・仁藤夢乃氏に謝罪した。しかも、『人権と利権』版元の鹿砦社や編者である私の頭を飛び超える形で、だ。

それについて、植村氏へ質問状をメールしたのが7月11日、返信の期日は18日と定めさせていただいた。

なかなかお返事はいただけず、無視されるのだろうとなかばあきらめていた中、デジタル鹿砦社通信にその件を綴った拙稿「『週刊金曜日』植村隆代表への質問状 ── 安易な謝罪に疑問を感じて」が18日未明に掲載された。その夜、あと数時間で日が変わるという時間になって、植村氏からの返信メールが届いたのである。

[左]植村氏の謝罪を告げる仁藤氏のツイート。謎の笑顔の記念撮影[右]週刊金曜日HPでのお詫び文。とにかく許してほしくて焦って謝罪しているかのようにも読めてしまって、申し訳ありません

だが、一読し、私は失望した。後日、改めて植村氏に反論させていただくが、その前に、植村氏および読者諸氏と共有しておきたい事実があるので、ここに記したい。

まず、私は本稿に「我々LGBT当事者はなにと闘ってきたか?」というタイトルをつけた。実際、LGBT当事者は一体なにと闘ってきたのか? それは簡単に申せば、次の二者だ。

①差別主義者
②LGBT活動家およびそのシンパ

①に関しては、異論はないだろう。LGBTを差別する者と、LGBTは闘っている。当然のことだ。わざわざここで解説するまでもないだろう。

私が植村氏にご説明したいのは、②だ。素直に考えれば、LGBT活動家は差別主義者と闘っている。つまり、①と②は対立関係にある。しかし、だからといって、差別主義者と闘うLGBT活動家がLGBT当事者に手放しで歓迎されているとお考えならば、それは事を単純化しすぎというものだ。

 

サブアカウント「森奈津子_LGBTトピック」のBIO

そのあたりの思いは、ツイッターでの私のサブアカウント(@morinatsu_LGBT)のBIO(プロフィール欄)に簡潔に記した。

「LGBT、ジェンダーについてツイートします。ゲイリブ理論とフェミニズムに救われた元小娘のバイ。LGBT活動家の悪い部分は批判しますが、反差別運動は必要であり、過去の運動も無駄ではなかったと考えています。今のLGBT運動に一番必要なのは、自浄作用」

反差別運動は必要であり、過去の運動も無駄ではなかった ── それは私の本心だ。

実際、私たちは差別されてきた。たとえば、すでに「在日韓国人・朝鮮人、被差別部落出身者、身体障害者を差別してはいけません」という社会的合意が定着していた1990年代でさえ、性的マイノリティは堂々と差別されていた。

むしろ、差別するほうが正常だという感覚を、日本国民は共有していた。在日外国人や被差別部落出身者や障害者を嘲笑してはいけないと認識している人たちが、性的マイノリティのことは平気で嘲笑するのだから、当事者としてはたまったものではない。「ホモ? 気持ち悪いこと言うなよ!(笑)」といった調子だ。むしろ「ホモ/レズ」を嘲笑しないと自分が「ホモ/レズ」と疑われるし、「ホモ/レズ」を軽蔑し嫌悪することこそが正常であるという価値観にこの社会は支配されていた。

つまり、私たち性的マイノリティは社会の最底辺の存在だった。そして、だからこそ、だれが「ホモ/レズ」であるかは秘密とされていた。私たちは、目には見えない賤民だったのだ。

令和の今となっては大げさだと思われるかもしれないが、90年代なかばにバイセクシュアルの作家としてカミングアウトしていた私は、当時の空気をはっきり覚えている。一神教の国々とは違い、我が国では同性愛を理由に逮捕されたり処刑されることはないが、嘲笑によって、我々は迫害されていたのである。

植村氏と私は、年齢は8歳離れてはいるものの、そのような同じ時代を経験している。植村氏は差別者側であり、私は被差別側として。当然、植村氏には、被差別者がどんな気持ちで当時を生きてきたか、ある程度想像することはできても、実感することは不可能だろう。

そもそも、植村氏のような異性愛者の中高年男性は、私たち性的マイノリティからすると、最強の属性だ。しかも、植村氏はジャーナリスト。いくらでも意見を発信することができる立場であり、特に、ネットではなく活字が中心の時代には、まさに権力者であった。

朝日新聞の記者をされていた1990年代に、はたして植村氏は、性的少数派差別を批判する記事を書いてくださっただろうか? おそらく、ないだろう。なにしろ、そんな記事を書いては、今度は植村氏が「おまえ、ホモなんじゃないか?」という目を向けられることになる。

流れが変わったのは、同性愛者差別事件「東京都青年の家事件」裁判の判決が確定してからだ。

1989年、同性愛者団体アカー(動くゲイとレズビアンの会)が合宿のために東京都の施設「府中青年の家」を利用した際に、他団体から侮蔑的ないやがらせをされ、アカー側は青年の家側に対処を求めたが、反対に拒絶され、さらなる侮辱を受けた。そして、それは後に裁判へと発展した。アカーが東京都を提訴したのが1991年、東京都の控訴が棄却される形でアカー勝訴で判決が確定したのが1997年。長い闘いだった。

ウィキペディア「東京都青年の家事件」

アカーは非常に真面目で、当時としては急進的な同性愛者団体だった。そんな彼らが、いかがわしい存在として行政に堂々と差別されたという事実が、我々当事者には非常に衝撃的だった。あの裁判でアカーが闘い、勝ってくれなければ、おそらくは今も我々は、最底辺の被差別者であったことだろう。

私は、植村氏への質問状では次のように申しあげている。

「私は90年代なかばにバイセクシュアルとしてカミングアウトした作家です。デビューは1991年ですが、それ以前には、会社員をしながら、ゲイ&レズビアン解放運動の末端で活動をしてきました(当時はLGBTなどという言葉はありませんでした)。その後も、東京都青年の家事件の抗議集会に参加したり、性的マイノリティ団体の会合に出席したり、団体が発行するミニコミ誌を購読したりしてきました」

そんな私が、なぜ、今、LGBT当事者の「敵」として、差別主義者とLGBT活動家を並べなくてはならないのか。

それは、LGBTの運動に、陰惨なリンチ事件を起こした「しばき隊界隈」と称される運動体、すなわちC.R.A.C.(旧レイシストをしばき隊)、カウンター、ANTIFAと呼ばれる界隈の反差別活動家が参入し、LGBT活動家やそのシンパまでが暴言や恫喝を運動手法とするようになったからだ。すなわち、それは、運動の変質であった。

[上]今は亡き首都圏反原発連合の運動家であり、しばき隊系ゲイ活動家・平野太一氏。現在はしばき隊系LGBT団体TOKYO NO HATEでご活躍[左下]平野太一氏から杉田水脈衆院議員に対するオラつきリプライ。下品である[右下]自分に従わないゲイには、侮蔑的な暴言。意識高い系のおつもりか?

[左]しばき隊系ゲイ活動家で、地元茨城県牛久市の共産党幹部のご子息・森川暁夫氏。保守のゲイである松浦大悟元参院議員にはヘッダー画像で、アカウント名では森に粘着嫌がらせ。LGBT当事者の間でも「気持ち悪い」と評判にる[右]森川氏はレイプに肯定的なツイートをした後に、アカウントを凍結された(ウェブ魚拓・https://archive.li/LGVMn)。常日頃からミソジニストとしても有名だった

これでは、LGBTへの理解を社会に求めるどころではない。現在では、LGBT当事者がLGBT活動家の暴言・恫喝のせいで、肩身の狭い思いをすることも、しばしばだ。

かつて、被差別部落出身者の真摯な人権運動が「エセ同和行為」を生み出し、かえって差別を後押ししてしまったのと、よく似た図式だ。「同和は怖い」に続き「LGBTは怖い」と世間でささやかれる事態になることを、私たちLGBT当事者は危惧している。

参考ページ・ 「えせ同和行為」を排除するために 法務省

私たちが、多数派である異性愛者の中でもLGBTに寄り添う意志をお持ちの方々に求めたいのは、先述の「①差別主義者」だけでなく「②LGBT活動家およびそのシンパ」の道を外れた暴言・恫喝・脅迫もきっぱり拒絶していただくことだ。どちらもLGBTへの理解を阻害するという点では、同レベルである。

実は②に関しては、本心を言えば、「一部LGBT活動家とそのシンパ」と「一部」を入れた形で表記したかった。決してLGBT活動家すべてが悪いのではなく、暴言・恫喝を繰り返している一部の者たちを批判しているのだ、と。

しかし、その「一部」の暴言・恫喝を批判するLGBT活動家は、今現在、一人もいないのだ。中には、私がかつて尊敬していた活動家もいるのだが、すっかりオラつき集団に取り込まれてしまっている。暴言・恫喝が常態化しているというのに、仲間内から一人も批判者が出てこないのなら、それはすでにその集団が自浄作用を失い、カルト化しているということだ。

私は、LGBT活動界隈のオラつきを批判できるLGBT活動家が出てきてくれないかと、日々、待っているのだが、完全に待ちぼうけをくらっている。

以上、長々と、我々LGBT当事者の闘いについて、解説させていただいた。次回では、私が植村氏からいただいた回答をご紹介すると共に、反論を含めたお返事をさしあげたいと思う。読者諸氏にはもう少しおつきあいいただければ、幸いだ。

▼森 奈津子(もり・なつこ)
作家。1966年東京生。立教大学法学部卒。1990年代よりバイセクシュアルであることを公言し、同性愛をテーマにSFや官能小説、ファンタジー、ホラー等を執筆。ツイッターアカウント:@MORI_Natsuko
https://twitter.com/MORI_Natsuko

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7月24日、新型コロナワクチンによって命を落とした男性がワクチン被害救済認定を受けたことで、妻らが大阪府庁で記者会見し、救済認定を急ぐこと、また接種後の死亡について正面から研究するよう訴えました。会見の模様は繋ぐ会(ワクチン被害者遺族の会)がニコニコ動画にアップしています(https://www.nicovideo.jp/user/22102689)。また同日には「新型コロナワクチン後遺症患者の会」も、厚生労働省で記者会見を開いています。両会見は、よみうりテレビや朝日新聞など、大手メディアも報道しました。救済制度で国は「予防接種と健康被害との因果関係が認定された方を迅速に救済する」としています。7月14日時点で8000件以上の申請に対し、約4割を認定。すでに、「ワクチン薬害」は国や大手メディアも認めるものであることは、言うまでもありません。

 

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しかし、6月に日本小児科学会は、子どもへのコロナワクチン接種を「推奨」。今月号のインタビューで「全国有志医師の会」藤沢明徳代表が語っているとおり、子どもだけでなく大人においても、もはや接種のメリットなどないにもかかわらず、です。同ワクチンの免疫の働きを抑える仕組みが明らかになり、そのために感染症の重症感が軽減されているだけ。打つごとに副反応が出なくなるのも同じ、というのはシンプルな事実です。詳細は本誌記事をお読みください。

そんな危険なコロナワクチンの接種拡大と、これまた危険なマイナンバーの普及を担う河野太郎デジタル相。マイナンバーカードで他人の住民票が発行された、他人の年金記録が閲覧できてしまった、といったトラブルや、一体化した「マイナ保険証」により現行の保険証が廃止されれば「無保険」となる人が続出し、国民皆保険が崩壊する、といった指摘があります。こうした危険性がメディアで報道されても、政府は制度移行を強行。しかも岸田文雄首相や河野大臣は、国民騙しの詐欺的説明を繰り返しています。ワクチンにせよ保険証にせよ、人命に直接、危険を及ぼすことが、なぜ強行されるのか。その“謎”を解明するための第一歩として、河野大臣が“何でも売る営業マン”であることを本誌で指摘しました。では、彼の“雇い主”とは誰なのか——。一歩踏み込んだレポートをお届けします。

6月23日に施行されたLGBT理解増進法。その真相に迫った本誌増刊『人権と利権「多様性」と排他性』が好評です。同書の編者・森奈津子氏にインタビューした8月号とあわせて、ぜひお読みください。差別解消が、社会が目指すべき課題であることは絶対の前提ですが、それでもLGBT法には、いまだ様々な立場から“異論”が投げかけられています。今月号では成立の経緯から、米国と西側世界が迫るイデオロギーの一体化であることを指摘しました。その米国は、ウクライナにクラスター爆弾を供与、同爆弾には使用しないことはもちろん、「作らない・持たない・渡さない」ことも規定した国際禁止条約(オスロ条約)が存在します。加盟国である日本は米国・ロシア、そしてウクライナに対し、同条約への締約を求めるのが筋のはず。しかし、イギリス・スペイン・カナダといったNATO各国も使用に反対を表明する中、日本は米国の行為を追認するのみです。

ほか今月号では、国際原子力機関(IAEA)も“お墨付き”を与えたとされる核汚染水海洋放出の“本当の目的”を解説。『紙の爆弾』は全国書店で発売中です。ご一読をよろしくお願いいたします。

『紙の爆弾』編集長 中川志大


『紙の爆弾』2023年 9月号

「全国有志医師の会」藤沢明徳医師に聞くコロナワクチン後遺症の真実とWHOの次なる策略
“売り物”は何でもいい ワクチン・マイナ営業マン河野太郎の本質
岸田・河野の国民騙し マイナ保険証強行の詐欺策動
「過大請求」はなぜ起きるのか 新型コロナ対策 コールセンターに潜む闇
低下し続ける支持率でも岸田政権を延命させる“安倍派”の内紛
IAEAと大手メディアが既成事実化 原発核汚染水海洋放出の本当の目的
「アジアの平和」破壊を中国メディアも危惧 岸田政権の軍拡とNATO急接近の愚
LGBT法は米国の日本解体策謀だ
山下達郎「スマイルカンパニー」炎上の背景 もう止まらない「ジャニーズ帝国崩壊」
三浦春馬のファンたちの抗議活動が続く理由
夏の蜃気楼(ミラージュ) 可愛かずみがいた頃
ボクシング「替え玉事件」と「井岡一翔大麻騒動」の真相
暴動は用意されていた フランス暴動勃発の裏の現実
引退帝国たちの「老老介護」の地政学
QRコードで自衛隊軍拡サイトに誘導「小学校教科書」が危ない!
シリーズ 日本の冤罪41 狭山事件

連載
あの人の家
NEWS レスQ
コイツらのゼニ儲け 西田健
「格差」を読む 中川淳一郎
ニュースノワール 岡本萬尋
シアワセのイイ気持ち道講座 東陽片岡
キラメキ★東京漂流記 村田らむ
裏から世界を見てみよう マッド・アマノ
権力者たちのバトルロイヤル 西本頑司
まけへんで!! 今月の西宮冷蔵

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年9月号

私が編者をつとめた『人権と利権』(鹿砦社、税込990円)は、おかげさまで5月23日の発売直後より話題の書となり、ネット書店では幾度も品切れと入荷を繰り返し、6月末に配信開始のKindle版をはじめとする電子書籍も、売れ行き好調と聞く。

寄稿や対談でご協力くださった方々と共に力を合わせ、俎上にあげたのは、弱者の人権保護を叫ぶ次の三つの勢力だ。

① 若年被害女性支援団体である一般社団法人Colabo。そして、若草プロジェクト(一社)、BONDプロジェクト(NPO)、ぱっぷす(NPO)。

② LGBTの人権のために闘うLGBT活動家とLGBT団体。

③ 在日外国人差別に対抗するために生まれた、旧レイシストをしばき隊(現C.R.A.C)。別名カウンター、ANTIFA。

出版妨害を警戒しての緊急出版だったが、抗議らしい抗議は、鹿砦社に届いた一通のFAXのみだったと聞く。
 
ところが、発売から一ヶ月近くが経過した6月19日、突然、Colabo代表の仁藤夢乃氏が、ツイッターで『人権と利権』の表紙を批判(ウェブ魚拓https://archive.md/jVcWu)。しかも、私をブロックした状態で、だ。

ちなみに、ツイッターで著名人がこのような名指しの批判をした場合は、それが「犬笛」の役割を果たし、手下のような有象無象が対象の人物を叩こうと群がり、ネットリンチ状態になるのが常ではあるが、どうしたことか、私のところには一人も批判者は来なかった。

[左]謎のタイミングでの『人権と利権』表紙批判ツイート。6月15日には参議院で四党(自・公・維新・国民)合意案でのLGBT理解増進法を通すべく、LGBT当事者である森が日本維新の会の参考人として答弁したことで、どこからか「叩き指令」でも出たのだろうか? [右]ブロックの壁の向こうであれこれ言われましても……(困惑)

それに続き、今度は、「週刊金曜日」が『人権と利権』の広告を掲載したことを仁藤氏に抗議されたとかで、植村隆代表が謝罪。その様子は、仁藤氏が6月27日に写真つきで誇らしげにツイート。

[左]全員がいい笑顔すぎて、正直、ジワりました[右]「週刊金曜日」誌面だけでなく、公式サイトでも謝罪

そして、植村氏は「週刊金曜日」におわび広告を出したうえで、コラム「ヒラ社長が行く」でもColaboに謝罪し、『人権と利権』を重ねて批判。

7月7日にはわざわざ兵庫県西宮市の鹿砦社を訪ね、旧知の間柄であった松岡利康代表に絶縁宣言。つまり「今後は広告掲載はお断り」ということだ。なんだそりゃ?(苦笑)

植村隆氏のコラム「ヒラ社長が行く」vol.223。仁藤氏に叱られてからはジャンピング土下座並みの素早い対応

植村氏の弱腰かつ非礼な対応に関しては、鹿砦社松岡代表が、次の記事で批判を展開している。

【緊急報告!】『週刊金曜日』6月16日号掲載の鹿砦社広告について──『金曜日』への筋違いの抗議に抗議し、一方的に「おわび」文を掲載した『金曜日』のメディアとしての自律性と主体性の喪失を批判します!

【緊急報告!】さらば、『金曜日』! 「私はあなたの意見には反対だ。 だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」(ヴォルテール)『週刊金曜日』6月16日号掲載広告問題続報

また、ルポライターの黒薮哲哉氏も、「MEDIA KOKUSYO 」にて「週刊金曜日」とColaboを批判、植村氏と仁藤氏に質問状をメールしている。

『人権と利権』の書籍広告をめぐる『週刊金曜日』植村社長の謝罪、市民運動に忖度してジャーナリズムを放棄

『人権と利権』の「差別本」認定事件、Colabo代表・仁藤夢乃氏と週刊金曜日・植村隆社長に質問状を送付、具体的にどの箇所を問題視したのか?

『人権と利権』の「差別本」認定事件、週刊金曜日・植村隆社長から回答、Colabo代表・仁藤夢乃氏は回答せず

そして、こちらは、『人権と利権』で私と対談してくださったジャーナリスト・須田慎一郎氏の動画。人気You Tube番組「別冊!ニューソク通信」の一本だ。


◎[参考動画]【左派VS左派】仁藤夢乃・Colabo問題が原因で左派分裂!?リベラル本「週刊金曜日」が窮地に追い込まれた“お詫び騒動”とは?

『人権と利権』にご寄稿くださった三浦俊彦東大教授も、須田氏の動画をブログ「三浦俊彦@goo@anthropicworld」でご紹介したうえで、皮肉たっぷりにコメント。

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黒薮氏に遅れて私も、コラム「ヒラ社長が行く」の中で特に理解に苦しむ点をピックアップし、植村氏に質問状をメールしたので、皆様にもご覧いただきたく思う。以下がその文面である。

*     *     *     *     *

植村 隆 様

 はじめまして。
 『人権と利権』(鹿砦社)の編者を務めました、作家の森奈津子と申します。
 突然のメール、失礼いたします。

 貴誌「週刊金曜日」が『人権と利権』の広告を掲載したことで、多くの抗議があり、また、Colabo代表の仁藤夢乃氏からの抗議に対しては植村様直々に謝罪されたとのことですが、残念ながら、私はツイッターでは仁藤氏にブロックされているため、他の方々からその「事件」をお知らせいただきました。
 仁藤氏にブロックされていることからもおわかりいただけるかと思いますが、私は仁藤氏から直接の抗議は受けておりません。
 そんな状況の中、私は「週刊金曜日」7月7日号掲載の植村様のコラム「ヒラ社長が行く」vol.223を拝読し、首を傾げざるをえませんでした。
 大変失礼ながら、理解不能な点だらけでしたが、お忙しいことと存じますので、以下5点に関し、質問をさせてください。

質問1
 コラム「ヒラ社長が行く」の中で植村様は、『人権と利権』を「一般社団法人『Colabo』の仁藤夢乃代表やLGBT関係者を誹謗中傷する書籍」と評されていますが、Colaboの会計に不明な点があることを指摘・批判するのは、決して誹謗中傷ではないと、私は考えます。確かにColaboが掲げる若年被害女性支援の理念は素晴らしいものです。しかし、だからといって、全面的に礼賛しなくてはいけないとなると、それは単なるカルトではないのでしょうか?
 一体『人権と利権』内のどの部分が仁藤夢乃氏への誹謗中傷であると、植村様はお考えになりますか?
 また、「この部分は誹謗中傷ではなく、正当な批判や論評」とご判断する部分がありましたら、ご教示いただければと思います。

 

『人権と利権』の表紙デザインに関してはこのような解釈も……

質問2
 植村様がコラム内でおっしゃっている「LGBT関係者の皆様」とは、どなたのことですか?
 「異性愛者関係者の皆様」「シスヘテロ関係者の皆様」という表現同様、「LGBT関係者の皆様」などという言葉は、私は見たことも聞いたこともございません。植村様は、同じ表現を、「週刊金曜日」のおわび広告でもされていますので、ケアレスミスのたぐいではなく、本気でそのような表現をされているのだと、私は判断しました。
 なお、私は90年代なかばにバイセクシュアルとしてカミングアウトした作家です。デビューは1991年ですが、それ以前には、会社員をしながら、ゲイ&レズビアン解放運動の末端で活動をしてきました(当時はLGBTなどという言葉はありませんでした)。その後も、東京都青年の家事件の抗議集会に参加したり、性的マイノリティ団体の会合に出席したり、団体が発行するミニコミ誌を購読したりしてきました。
 およそ35年前から性的マイノリティの運動に関わってきた私ですら、「LGBT関係者の皆様」などという表現は見たことも聞いたこともありません。『人権と利権』で誹謗中傷された「LGBT関係者の皆様」とは一体何者なのでしょうか?
 どうか、私が納得できる形でのご返答をお願いいたします。もし、可能であれば、その方々のお名前もご教示いただければ、幸いです。

質問3
 『人権と利権』の表紙デザインに関し、植村様のコラムには「同書の表紙には、Colaboのバスの写真。それが傷つけられているように見える」とありますが、実際には、バスの写真の前に置かれたガラス板が割れたデザインであると私は判断しますが、いかがでしょうか?
 また、ある方は次のようにツイートしています。

 「人権と利権」。Colaboバスが破壊されていると見間違えて糾弾しているアホが多い。実際は手前に配置されたガラスだけが割れてる。近年「不可侵と信じられてきたものをガードしているバリアが崩壊しつつあり、不可能だった議論もできるようになった」現状をよく表現できている優秀な作品だろう。
https://twitter.com/nekohachi1/status/1671080920219279365
(ウェブ魚拓)https://megalodon.jp/2023-0710-1752-13/https://twitter.com:443/nekohachi1/status/1671080920219279365

 他にも、バスの背後に巨大なレインボーフラッグが配置されていることから、「LGBTの人権を叫ぶ者たちが、女性の人権を叫ぶ者を抑圧している状況(=女性スペース問題)を示している」と解釈した方もいました。割れたガラスから「利を求める者たちがColaboに群がり、ピザを切り分けるようにColaboを切り分けようとしている状況」と解釈している方も、ネットで目にしました。
 デザインはひとつでも、解釈は様々です。植村様は、これを「傷つけられたバス」と解釈し、さらには、「ナイフでバスが傷つけられた事件は実際に起きており、それを想起させる」とまでおっしゃっていますが、それはいささかうがちすぎであり、印象操作であるとのそしりもまぬがれないのではないかと、私は愚考いたしますが……。
 なお、Colaboのバスが傷つけられた卑劣ないやがらせは私も存じあげていますが、それがナイフによる犯行であると、なぜ、植村様はご存知なのでしょう?……という些末な点は、置いておくといたしまして。
 植村様は、『人権と利権』表紙デザインに関してご自身とは違う解釈をされる方々に対しては、どうお考えですか? 愚かであると思われますか?
 あるいは、解釈は様々であるとご判断されますか? だとしたら、『人権と利権』の表紙デザインを悪意があるものと決めつけるのも、早計ではございませんか?
 その点をどうお考えであるのか、植村様の解釈をお聞かせいただければ、幸甚です。

質問4
 植村様は『人権と利権』に関し、「同書は、LGBTは『生産性がない』という趣旨の発言で批判された杉田水脈氏を繰り返し擁護する」と記されていますが、それのどこがいけないのでしょうか?
 拙稿「LGBT活動家としばき隊の蜜月はどこまで続くぬかるみぞ」では、杉田水脈議員批判が、立憲民主党の尾辻かな子議員(当時)の印象操作ツイートによる大衆扇動であることを、きちんと証拠を並べて論じました。まさに、植村様による批判「同書は、LGBTは『生産性がない』という趣旨の発言で批判された杉田水脈氏を繰り返し擁護する」というような、特定の人物を悪魔化して一切の擁護を受けつけない姿勢をこそ、私は批判しております。
 また、LGBT当事者である私が、LGBTの運動にしばき隊/C.R.A.C./カウンター/ANTIFAと呼ばれる過激な活動家が入り込み、LGBT当事者をおびやかしている現実を憂い、LGBTの運動に自浄作用を求めて、なにがいけないのでしょうか?
 LGBT当事者すらLGBTの運動を批判してはならないというのであれば、それこそカルトではないのでしょうか?
 その点について、ぜひとも、植村様のご見解をお聞かせください。

 

Colabo弁護団の太田啓子弁護士も森をブロック

質問5
 「ヒラ社長が行く」vol.223では触れられてはいないことですが、植村様のご見解をうかがいたい「事件」がございます。
 『人権と利権』で私と対談してくださった加賀奈々恵(ななえ)富士見市議に対し、Colabo支持者(しばき隊系活動家含む)から激しい集団ネットリンチがなされ、それは加賀市議が新型コロナで療養されている間にも続きましたが、これを植村様はいかがお考えですか?
 この集団ネットリンチには、Colabo弁護団の太田啓子弁護士も加わっていたと、私は聞き及んでおります。「聞き及んでおります」というのは、私はツイッター上では太田弁護士にブロックされているからです。つまり、太田弁護士からは私へは、一切の抗議はありませんでした。
 なお、植村様は把握されていることと存じますが、『人権と利権』では加賀市議は主に埼玉県のLGBT条例と女性スペースについて問題提起されており、Colaboや仁藤夢乃代表に関しては一切触れてはおられません。真っ向からColabo問題をとりあげ、批判したのは、ジャーナリストの須田慎一郎氏です。

 以上、お忙しいことと思いますが、ご返答をお待ちしております。
 まことに勝手ながら、お返事は一週間後の7月18日までにお願いいたします。

 2023年7月11日
 森奈津子

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▼森 奈津子(もり・なつこ)
作家。1966年東京生。立教大学法学部卒。1990年代よりバイセクシュアルであることを公言し、同性愛をテーマにSFや官能小説、ファンタジー、ホラー等を執筆。ツイッターアカウント:@MORI_Natsuko
https://twitter.com/MORI_Natsuko

本年も7月12日がやって来ました。鹿砦社にとっても私個人にとっても重要なメモリアルデーでした。事件があった2005年の7・12から早18年が経ちました。再来年で20年となります。会社にとっては壊滅的打撃を被りましたし、また私にとっても人生最大の苦難でした。毎年この日を迎えると、「よくぞ生き延びてきたな」と、いささか感傷的になると共に、まだこの世界でやることが残っていると思います。いい機会ですので、われわれの会社・鹿砦社の社史を簡単に振り返ってみましょう。

◆創業の頃

当社の創業は1969年(昭和44年)、70年安保を前にして国内のみならず世界中が騒然としていた時代です。沖縄はまだ米国領、ベトナムでは戦争が続いていました。最初の出版は、マルクス経済学者、中村丈夫編『マルクス主義軍事論』、時代を象徴するような本です。鹿砦社という社名も中村丈夫先生が命名されました。「鹿砦」とは、辞書を紐解けば鹿の角などで作った「山城」、今で言えば「バリケード」(死語?)ということですが、敵の攻撃や理不尽なことに対してはバリケードをこしらえ徹底抗戦せよ、という意だと解釈しています。

その後、『ブハーリン裁判』『クロンシュタット叛乱』『マフノ叛乱軍史』『左翼エスエル戦闘史』(これらは風塵社で復刊されています)等々、ロシア革命の捉え返しを中心として革命の意味を問い直す出版を続けます。当時関係した方々はほとんど亡くなられていますが、『続・全共闘白書』を編纂された前田和男さんは今でも生き残り老戦士として頑張っておられます。この頃はまだ私は入社しておらず熱心な一読者でした。一読者が、読んでいた本の版元の代表になるとは皮肉なものです。

しかし時代が70年代、80年代と推移するにつれ、こうした本も売れなくなり経営も厳しくなっていきます。

最初の出版『マルクス主義軍事論』とその広告

◆私が経営を引き継いでから

そうした中、80年代後半に私が経営を引き継ぎ、しばらくはそうした路線を踏襲していましたが、やはりにっちもさっちもいかなくなり、ちょっとした縁で一気に芸能暴露本路線へ転換、一時はこれが成功し「暴露本出版社」として世間に名を挙げます。これが性に合ったのか芸能路線は、いわゆる暴露本のみならず今に至るまで継続しています。それまでの鹿砦社をご存知の方には驚かれましたが、私にとってはロシア革命も芸能も等価とみなしています。

今、社会的に問題となっているジャニー喜多川未成年性的虐待問題も、『週刊文春』がキャンペーン始める以前の90年代半ばからパイオニア的に相次いで出版しています。なので、今春突如日本で報道され大きなインパクトを与えた英国BBCのドキュメントも最初当社に問い合わせがあり、簡単なレクチャーと当時の多くの書籍・資料を送り協力した次第です。現在多くの日本のマスメディアが20年遅れで採り上げていますが、こうしたマスメディアの態度が性的虐待の被害を広めたといえます。遅いです! 私たちは少部数ながらどんどん出版を世に訴えていたのですから。その後、唯一、採り上げたのが『週刊文春』でした。

また、芸能暴露本と同時並行的に継続していた社会問題書もラジカルに出版を続け、あまり知られていませんが出版差し止め5度、遂には代表の私が「名誉毀損」に名を借りて逮捕されるという前代未聞の事件になります(2005年)。捜査は取次3社(トーハン、日販、旧大阪屋)や製本所、倉庫会社はじめ取引先など広範囲に及び、特に取次3社は検察の求めに軽々に応じ販売資料を提出するという愚を犯しました。平素は「言論・出版の自由」を叫びながらこの体たらく、頑と拒否してほしかったところです。いや、拒否すべきでした。

鹿砦社弾圧を報じる朝日新聞(大阪本社版)2005年7月12日朝刊

結局6カ月余り勾留され有罪判決(懲役1年2カ月、執行猶予4年)と600万円ほどの高額賠償金を課せられ(刑事、民事とも最高裁で確定)、会社は壊滅的打撃を被ります。ちなみに、これまで1億円を越す訴訟費用(賠償金含む)を使いました。

それでも読者や取引先、ライターの皆様方のご支援で奇跡的に復活し、事件前の水準を遙か凌駕する売上を上げるに至ります。べつに自慢するわけではありませんが…。一方当時本件を指揮した神戸地検特別刑事部長は別件の証拠隠滅で逮捕、失脚し、また刑事告訴し高額訴訟を提起した遊技機(パチンコ/パチスロ)メーカー創業者社長は政府高官への贈収賄容疑で海外で逮捕、遂には自らが作り育てた会社からも放逐されます。「鹿砦社の祟りか、松岡の呪いか」と揶揄される所以です。

◆新型コロナ来襲! 再び苦境に

そうして新型コロナ禍──またまたどん底に落とされました。手持ち資金数千万円をあっというまに溶かし、さらに新たな負債を積み上げながらも、ここでも読者、取引先、ライターの皆様方のご支援で、ようやく苦境を脱しつつあります。当社は土壇場に強いといわれますが、さすがに齢70を越すと、体にも心臓にもよくありません。

前述の「名誉毀損」弾圧事件の直前に月刊『紙の爆弾』を創刊しましたが、モットーは「タブーなき言論」です。創刊時には「ペンのテロリスト」と自称していました。

最近では『紙の爆弾』の増刊号で森奈津子=編『人権と利権--「多様性」と排他性』を発行いたしました。「顰蹙は金を出してでも買え」とは幻冬舎・見城徹社長の名言ですが、本書も四方八方から顰蹙を買い、あっというまに完売です。「炎上商法」を意識したわけではありません。

2019年、創業50周年を皆様方に祝っていただき、年が明けたら新型コロナ襲来です。コロナが来なければ、左団扇で後進に道を譲り勇退していたでしょうが、コロナによる(だけでもありませんが)打撃で背負った負債を消していくために、まだまだ「老人力」でもって奮闘しなければならないようです。昔風に言えば「闘争勝利!」です。

当面の目標は再来年(2025年)の月刊『紙の爆弾』創刊20周年ですが、満身創痍の50年余の社史を想起するに、冒頭に記したように、よくもここまで生き延びてきたものだと、あらためて感傷的になります。

7月12日、運命的な逮捕から18年が経ちました。いろいろあった鹿砦社の歴史の一端を紹介させていただきました。

歴史の彼方に忘却されつつある〈7・12〉のことを想起いただければ幸いです。

(松岡利康)

10周年に、大学の後輩で書家の龍一郎が贈ってくれた書

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年7月号

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌『季節』2023年夏号(NO NUKES voice改題 通巻36号)

「私はあなたの意見には反対だ。 だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」(ヴォルテール)

『週刊金曜日』6月16日号掲載広告問題続報 ── たった1冊の本の広告で10数年続いた鹿砦社広告掲載を打ち切り! 

創業50年余の苦闘の歴史で培った〈タブーなき言論〉に立脚し、芸能から社会問題まで左右硬軟織り交ぜて多種多様に出版するという鹿砦社の出版スタンスが理解されず、左翼教条主義に凝り固まった『金曜日』を乗り越え、月刊『紙の爆弾』はじめ多種多様な出版をさらに推し進めます! 株式会社 鹿砦社代表 松岡利康

6月29日付けの本通信に関連しますが、『週刊金曜日』6月16日号掲載の鹿砦社広告(別掲)ついての続報です。

7月7日に『週刊金曜日』発行人兼株式会社金曜日社長の植村隆氏が鹿砦社本社を訪れ、10数年続いた鹿砦社広告を今後は打ち切ることを告げられました。6月16日号が最後の鹿砦社広告となりました。

『週刊金曜日』6月16日号掲載鹿砦社広告

◆『週刊金曜日』への広告掲載について

問題とされる、5月23日発売の『人権と利権──「多様性」と排他性』(紙の爆弾6月増刊号)は、総じて評価も高く、発売直後から売行きは快調です。元々フォロワーが多い編者の森奈津子さんがTwitterで積極的に発信されたことで、発売直後Amazonから700冊余の発注があり、その後在庫切れの状態が続くや、私たちの意に反しAmazonでは2倍以上の高値を付けて出品されているほどです。

ところが、発売後1カ月近く沈黙していたColabo仁藤夢乃代表が6月19日突然、その表紙とグラビアに対し言い掛かりをつけてきました。Colabo問題について言及した須田慎一郎さんと森奈津子さんの対談に対してはまったく批判も言及もしていませんが、せっかくならそこまで批判、言及していただきたかったものです。

仁藤夢乃Colabo代表の6月19日付けツイート

この仁藤代表のツイートを合図に、仁藤代表とつながりの強いColabo弁護団・太田啓子弁護士や影書房らが先頭になりColabo支持者らによって、対談者の一人、加賀奈々恵(ななえ)埼玉県富士見市議に対してネットリンチをするに至り炎上した感があります。

さすがに、こうしたことで長年の有力な支援者がColaboへのカンパを停止するに至ったといいます。加賀市議は、その直後コロナに罹り療養されていますが、彼女への激しいバッシングを私に向けるために6月23日付けの「緊急アピール!」を発信した次第です。

Colabo支持者、特に影書房や太田啓子弁護士らによる加賀市議に対するネットリンチを植村社長はどう思われるか、あらためて明らかにされたい。

さらに『週刊金曜日』6月16日号に掲載した鹿砦社広告の4分の1のスペースにすぎない『人権と利権』の部分に対しクレームが殺到し、あろうことか『金曜日』の植村隆社長(慰安婦訴訟の代理人かつ事務局長はColabo弁護団の一人でもある神原元弁護士)が、広告主や編者を飛び越して、編集長ともども仁藤代表を訪ね謝罪しています。株式会社対株式会社間の取引に於いて、商習慣上、道義上、信義上、長年有料広告を出広してきた鹿砦社を先に訪問し協議するのが筋でしょう。順序が逆です。植村社長はビジネス経験が皆無の中、社長職に就かれたことで世事に疎い方のようです。

世事に疎いといえば、植村氏が『金曜日』の社長に就任された直後、鹿砦社は歓迎の食事会を東京ドームホテルの高級日本料理店の個室で準備しながらも、待てど暮らせど現われず、来られたのは約束の時間から40分ほど後でした。お店の方も料理の準備があり渋い表情をされていました。常識的にこれはない!さらには、私たちが友好の気持ちを込めて歓迎会を催したのですから当然料金は私たち鹿砦社が全額支払うべきで、そのつもりだったのですが、何を思われたのか、割り勘にしてくれと言われ、とんだ大恥をかきました。ビジネス上の常識がわからない人とは付き合えないな、と思った次第です。

ここで、ちょっとした行き違いがあったことを申し述べておきます。

6月23日(金)夕方、植村社長からお電話があり、『人権と利権』が載った広告で抗議が殺到し困っているという主旨でした。午後にもあったそうですが、私は神戸にちょっと大事な取材に行っており、帰社してから2度目の電話で話しました。この際、植村社長は、「謝罪文を出す」旨言われたということでした。私にこの記憶がなく、おそらく「言われた」というのであれば言われたのでしょうが、私は取材から戻って疲れていたこと、来客中だったこと、あるいはまさかすぐに謝罪文を出すとは商習慣上も道義上も信義上も思ってもみなかったことなどで、それを聞き逃がしていたかもしれません。

週が明けた6月27日(火)午後15時29分、私のほうから植村社長に、
「せっかくおみえになるのですから、議論を密なものにするために、
(1)どこがどう問題なのか具体的にご指摘ください。事前に(前々日ぐらい前までに)メールで送ってください。
(2)抗議のメールやファックス等をお示しください。当日コピーをご準備いただければ幸いです。」
とメールしました。植村社長が当地に来られて諸々「議論」するのかと思い込んでいましたので、(1)のような文言となったのです。

すると、同日18時19分に植村社長から、
「メールありがとうございます。
お電話で先日説明しました通り、『週刊金曜日』6月30日号『おわびの社告』を出します。本日、同号が刷り上りましたので、『おわび』の部分のコピーを添付で送らせていただきます。」
との返信メールが届きました。

一気に「おわびの社告」を『週刊金曜日』6月30日を掲載することを聞き逃していて、同誌6月30日号に「おわびの社告」が掲載するとあり驚いた次第です。

そして、もっと驚いたのは、仁藤代表と植村社長の2ショット画像が仁藤代表のツイッターに掲載され、仁藤代表の“勝利宣言”ともいえる一文が27日夜に発信されていたことです。これは知らず、翌28日、ある方が教えてくれて知った次第です。当初から、広告主の鹿砦社とは話し合うつもりはなかったのですね。本社訪問は善後策を話し合うのではなく、広告掲載打ち切り(取引停止)を伝えに来られたということでしょうか。

[左]『週刊金曜日』6月30日号掲載「おわび」。[右]Colabo仁藤夢乃代表の『週刊金曜日』に関する6月27日付けツイート

とはいえ、植村社長が、電話一本、メール一本で通告するのではなく、わざわざ東京から関西の鹿砦社本社を訪問され誠意を示さたことには敬意を表します。

植村社長は、前社長の北村肇さん(故人。私と同学年)の指名で社長に就任されたと認識していますが、北村さんと私との合意で開始した『金曜日』への広告出広が、こういう形で今後なくなるというのは遺憾です。広告出広をどちらから持ち掛けたか、確たる記憶がありませんが、定期購読者が減ったり200万部の超ベストセラー『買ってはいけない』で得た“備蓄米”(資本蓄積)も底が見えてきたような時期でしたので、北村さんからの提案だったのではないかと思います。そうでないと、私から敷居の高い『金曜日』に広告を出させていただくという話にはならないでしょう。

北村さんは、『サンデー毎日』編集長時代、「芸能界のドン」といわれたバーニングプロダクションと、この創業者社長・周防郁雄追及キャンペーンを張り、『週刊文春』の告発以前の1990年代半ばからジャニーズ事務所と、この創業者社長・ジャニー喜多川の未成年性的虐待を追及してきた私たち鹿砦社のスタンスを理解され、学年も同期ということもあり懇意にさせていただきました。つまり、お互いに芸能界のメディア・タブーを追及したことへの共感です。

そうして、死期が近づいていた頃、私が上京した折、長く時間を割いていただき、これが生前お会いした最後となりました。北村さんからは「私がいなくなっても『金曜日』をこれからもよろしく」と言われ、「勿論です。広告もこれまで通り続けます」と返したことを覚えています。

北村さん、御意に添えないことになりましたよ。『金曜日』にはもう広告を出せず残念でなりません。

『金曜日』前社長・北村肇さん(故人)

◆『人権と利権』への評価と誤読・誤解

本書『人権と利権』は、ちょうど「LGBT理解増進法案」の国会審議に入る時期とも重なり、永田町界隈ではよく読まれていたようです。このことにより、編者の森奈津子さんが突然、参議院内閣委員会参考人質疑前日朝に電話で依頼があり参考人として呼ばれ発言しています(この評価についてはここでは述べません)。

そういうことが複合的に次々と起こり話題を呼んでいて、結果売上に貢献したようで皮肉なものです。

さて、植村社長が仰るように果たして『人権と利権』は「差別、プライバシーの侵害など基本的人権を侵害するおそれのあるもの」でしょうか? 私はそう思いません。各々の世界でそれなりの経験も名もある何人もの方の力を借りて一所懸命作った本をそう詰(なじ)られると力が抜けます。

私や森さん、その他の対談者、寄稿者らは、きのうきょう出てきた編集者や作家、研究者、ジャーナリストではありませんから、「差別」や「プライバシーの侵害」のイロハぐらいは周知しています。私は1970年代、狭山裁判が盛り上がり、同時に糾弾闘争や八鹿(ようか)高校事件以来差別問題については私なりに長年思慮してきました。八鹿高校事件では私の大学の先輩が暴行を受けたことで尚更です。

また、グラビアページで仁藤代表の顔写真を撮影し掲載したことを「肖像権の侵害」だとおっしゃっていますが、これは(仁藤代表のような)著名人や公人は、自らが大衆の強い関心の対象となる結果として、必然的にその人格、日常生活、日々の行動等を含めた全人格的な事項がマスメディアや大衆等による紹介、批判、論評等の対象をなることを免れませんから、そして表現の自由や言論・出版の自由が優先し、それを「肖像権」の名の下に拒絶、統制したりすることが許されない場合がありえます。これには確立した判例もありますが、おそらく植村社長が過去に在籍した朝日新聞でも、あるいはAERAや他社の週刊誌なども、そうした考えを元に、時に隠し撮りを行ったりし、紙面での写真掲載をなされていると思われます。そうでないと、写真一枚一枚被写体の人に許諾を取らないといけなくなります。無名の市井人ならいざしらず著名人や公人にとっては受忍の範囲内です。『人権と利権』に限らず、これまでこうした取材やグラビア、本文構成など行ってきました。植村社長にはお見せしましたが、ある本では、東電の勝俣会長が早朝、孫と自宅周辺を散歩しているところを隠し撮りし直撃取材を行っています。こうした取材はどこの雑誌も行っています。植村社長のような海千山千の新聞記者を経験された方が何を仰ってるんですかね。

思い返せば、これまで創業50年余の鹿砦社(関連会社のエスエル出版会含め)が出版した書籍・雑誌は年間100点として(50年余の社史の中で前半はさほど多くありませんでしたので)単純計算で3千点ほどになるでしょうか。そのうち『人権と利権』のように私が直接的に手がけた本もそれなりの数になります。芸能から社会問題まで、まさに多種多様、玉石混交で、内容的に良い本もあれば、そうでない本もありました。それでいいんじゃないでしょうか。忘れている本はほとんどなく、一冊一冊に想い出があります。出版差し止め(5回!)や訴訟になった本も何点かありますが、それがどうしたというのでしょうか。『金曜日』も敗訴した事件もありました。植村社長自身も、いわゆる慰安婦訴訟では敗訴が最高裁で確定していますよね。来社された際に対李信恵訴訟で敗訴したことを仰っていたので一応記しておきます。裁判所(官)と市民感覚が乖離する現今の司法にあって、敗訴は恥ずべきことではありません。

長年多くの訴訟を争いましたが、時に裁判所は市民感覚とずれている場合が往々にしてあり、裁判所の判断がすべて正しいとはいえず、冤罪や「報告事件」(植村社長、ご存知ですか?)もあります。18年前のちょうど今頃の7月12日に「名誉毀損」容疑で私が逮捕された際の対象の『アルゼ王国はスキャンダルの総合商社』という本もありました。一時ある大学の非常勤講師を拝命され、学生全員にこれを配布し後日意見を聞いたところ、問題はないという意見がほとんどでしたが、裁判所では刑事で懲役1年2カ月(執行猶予付き)の有罪、民事では賠償金600万円の判決が下され確定しました。

『人権と利権』が特段問題になるとは思えません。

本書について、ある方は次のようなメールを送ってこられました。

「わたしは、『人権と利権』はLGBT問題を提起した優れた本だと考えています。
 もちろん全ての発言や記述に同意するということではありませんが、ひとそれぞれに異なった読後感や受け止め方があるわけですから、細部にまで強いこだわりを持てば、出版企画そのものが成立しなくなります。多様な言論を尊重するのが、鹿砦社のスタンスですから、今回の企画も何の問題もないと思います。」
 
こういう評価もあるのですから、一方的に自身の価値観=左翼教条主義で「差別、プライバシーの侵害など基本的人権を侵害するおそれのあるもの」と本書『人権と利権』を断じられることには賛同できません。『週刊金曜日』という雑誌、植村隆という言論人は、そんなに度量が浅かったのでしょうか!? 太っ腹だった北村さんとは大違いです。

一昨年末の『抵抗と挫折の狭間──一九七一年から連合赤軍へ』(『人権と利権』と同じ「紙の爆弾増刊」)以来久し振りに企画から原稿や対談を依頼し、一時は失明の危機にあった目の疾患をおして編集実務まで関わり、多くの方々の力を借りて完成させることができました。売行きも快調、多くの方々の評価も悪くない中で、皆様方には素直に受け入れていただき、その上で喧々諤々議論して欲しかったところです。

言論人、出版人であれば誰でも知っているヴォルテールの有名な言葉、「私はあなたの意見には反対だ。だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」を、あらためて『金曜日』と植村社長に捧げます。今回の『金曜日』の処置〈排除の論理〉は、ヴォルテールの精神に反し、今後禍根を残すことでしょう。

後日、問題箇所を書面で送っていただけるということですのでお待ちしたいと思います。

◆『人権と利権』出版の経緯

以下、本書を出版するに至る経緯を申し述べます。

① 昨年11月、対藤井正美訴訟(藤井は元鹿砦社社員でカウンター/しばき隊の中心的活動家。ここでは詳しく述べませんが、本通信バックナンバーや大学院生リンチ事件関連書を参照してください)が終結し、すべてのM君リンチ事件関係の訴訟が終わり、ホッとしていたところに、M君リンチの加害者側に立って弁護した神原元弁護士らが元ゲームクリエーター暇空茜(仮名)さんに対し、有名になった「リーガル・ハラスメント」だとして訴訟を起こしたと記者会見、「Colaboと仁藤夢乃さんを支える会」が結成され、その賛同人に李信恵、辛淑玉、北原みのりらМ君リンチ事件加害者とこれに連がる者たちが名を連ねていることで自然と注目しました。

それまでColaboについては、その活動舞台が東京だったこともあり、詳しくは知らなかったのですが、私なりに調べたら1千万円単位の大金(補助金)が毎年どんどん入っていることに驚きました(問題になった2021年度は2600万円。22年度は4000万円余とされますが、この会計問題は不明)。他のボランティア団体やグループは、自己負担で慎ましくやっているところがほとんどで、なんでColaboや、Colaboと連携する「ぱっぷす」「若草プロジェクト」「BONDプロジェクト」ら一部の団体だけが優遇されるのか、疑問を覚えました。

また、ちょうどコロナで猶予されていた国税の納税に四苦八苦し(零細企業の鹿砦社の規模で毎月最低150万円、時に250万円納付)、これがあと1回でようやく終わりに近づいていたところで、苦しんで税金を払ったのに、一方で簡単に公金を手にし杜撰な使途と管理をしていることに怒りさえ覚えました。暇空さんが公金の使い道に疑問を持ち、この住民監査請求を行ったことは理解できました。おそらく神原弁護士や李信恵らが関わっていなければ注目することもなかったかもしれません。

② 年が明けると「LGBT理解増進法」の成立がリアリティを帯びて来ました。LGBT問題と同法について、Colabo同様、それまでほとんど真剣に考えてきませんでしたし、同法の内容にも無知でした。今でもまだ十分に理解しえていないところがありますが、「性の多様性」「マイノリティの人権」などの美名に惑わされ、この裏を知るにつけ、疑問は沸くばかりでした。ここでも利権が発生しています。ColaboにしろLGBTにしろ裏では利権だらけではないか。この法律が利権団体の集まり「LGBT法連合会」+野党案で成立すれば、世の中、大変なことになると思いました。加えて、中核派の区議が反対した東京杉並区のように地方・地域行政では先行してLGBT条例がどんどん成立したり利権団体が侵食しつつあり、公教育への進出や女性トイレの廃止などの現実も知りました。果たしてこれでいいのか? まだコロナで落ち込んだ会社立て直しに四苦八苦しているさなかでしたが、疑問がどんどん煮詰まり居ても立ってもおれませんでした。

「LGBT理解増進法」は、利権団体の集まり「LGBT法連合会」、超党派の国会議員の集まり「LGBT議員連盟」(岩屋毅会長=自民党、稲田朋美副会長=自民党)らが右、左関係なく蠢き、国民的な議論も合意もなく短期間の審議で通ろうとしていました。岸田首相の側近の失言や首相謝罪、駐日米大使のプッシュなどで「LGBT法連合会」などはみずからが盛り込んだ法案で、首相側近の失言と首相謝罪をいいことに与党も抱き込み国民にあまり知られる前に成立させたかったとさえいわれています。

③ この「LGBT理解増進法」の野党案は「LGBT法連合会」の意向を100%丸飲みした「性自認至上主義」(トランスジェンダリズム)に基づく極端なもので、これまでの日本の文化や規範などを全否定し、女性トイレの廃止(ジェンダーレストイレへ)、女子更衣室、女湯の問題など女性・女児の人権、安心・安全を保障せず、さらに男女の肉体的性差を顧みず同等に争わせる女子スポーツの問題……こうした問題を曖昧なまま成立されようとしていました。この私の疑問は、最近意見を明らかにされた白井聡、倉田真由美らと似ていて、人間考えることは同じだと思いました。

結局、自民、公明、維新、国民4党の「与党案」が成立しました。議員連盟がどう動き幹部の岩屋、稲田議員らがどちらに投票したかは不明です。「性自認至上主義」に歯止めを掛けたことには一定の評価ができるかもしれませんが、上記したように短期間に決めるべきではなかったと今でも思っています。しかし「野党案」と「与党案」の2択しかなく、もっと時間を取り議論を尽くし女性・女児の不安を払拭し内容豊かなものにすべきだったのではないでしょうか。政治的妥協で2択しかない中で「与党案」が成立してしまいました。今後は、この「与党案」を元に成立した法律をどう改善していくべきか、もっと広く周知させ国民的議論を尽くすべきだと考えます。女性トイレにしろ更衣室にしろ女子スポーツにしろ身近な問題なのですから。少なくとも『人権と利権』は、そのために賛否はあれど問題提起したと自己評価しています。

④ 本年初めからColabo問題とLGBT問題が切迫化してきつつある中で、こうした問題に真正面から取り組んだ本もほとんでないことから、本年2月から動き出しました。当初、企画から寄稿、対談の交渉まで私が行い、『季節』春号校了後からは同誌編集者のK君にも手伝ってもらい、さらに「虎の威」を借りようと、著名な作家でLGBT問題にも詳しく、これまで多少の面識があった森奈津子さんにも参画いただき「編者」として協力していただきました。森さんとは、これまで小さな仕事しかやってもらってはおらず、さほど親しい付き合いでもなく、丸々一冊やってもらうのは『人権と利権』が最初でした。

私たちは手当たり次第に対談や寄稿の依頼を行い、年度末の慌ただしい時期もあったりして、ことごとく断られました。こうした中で、Colabo問題を追及していた須田慎一郎さんが対談を承諾され、そうこうしているところで必死に女性・女児の人権、安心・安全、女性トイレ廃止などの問題を訴えていた加賀奈々恵市議の動画を偶然見て感銘を受け当たってみたところOKをいただきました。

さらに、三浦俊彦東大教授が寄稿を、橋本久美元豊島区議が対談を引き受けてくださいました。

他にも入ってほしかった方もいますが、欲を言えば切りがありません。森さんはじめ皆さん方に、頑張っていただき「短期間でよくやった」と自己評価しています。

以上が、私が『人権と利権』を出版するに至る経緯です。ともかく、前記したようにColabo問題が社会問題化し「LGBT理解増進法」が成立しようということに対して問題提起することが目的でしたし、たとえ不十分ではあったにせよ、少なくともそれは果たすことができたと、認識しています。

⑤ 『人権と利権』の対談等を開始した当初、「LGBT理解増進法案」は「連合会+野党案」が脚光を浴び、与党や議員連盟もこれに乗り決まるのかと思っていました。それは「性自認至上主義」(トランスジェンダリズム)そのもので到底支持できるものではありませんでした。

野党3党(立憲、共産、社民)がなぜ「性自認至上主義」(トランスジェンダリズム)に毒され、これ以外の案を出せなかったのか、理解できません。野党がもっと女性の意見を聞き、これを法案に反映させていたならば、もっと支持を得たでしょうが、そうではなくLGBT利権団体の主張を100%丸飲みしてしまったところも問題です。マスメディア総体、なかんずく『金曜日』や植村社長らも「LGBT当事者」と表現されますが、私から見れば「LGBT利権団体」としか思えません。「LGBT当事者」といえば森さんらもそうで、他にもたくさんいますが、「LGBT利権団体」の一部エリートが無名無数の「LGBT当事者」の声や想いを代表しているとは言い難いと私は思います。

さすがにこれではいかんだろうと出てきたのが、のちに決まる与党+維新・国民案です。このあたりは政治的思惑も入り乱れて、複雑で、すんなりと理解できません。ここにも私たち国民総体の理解がなされない一因があるようです。

先の国会で「LGBT理解増進法」が成立した事実は事実として認め、今後国民的な議論を尽くし、より良い法律に改変、豊富化されていくことを望みます。この場合でも、一部団体への利権は排していかなければなりません。

◆とりあえずのまとめとして──

長く書き連ねてまいりました。そろそろまとめに入りましょうか。

『人権と利権』に於いて私たちは、これまで〈聖域〉とされメディア・タブーとなっていたColaboとLGBTの問題に触れ、時に厳しい批判を行っています。私たちは「攻撃」(「ヒラ社長が行く)など行っておらず、あくまでも批判、公正な論評を行ったつもりです。それを「攻撃」と詰られれば、何とも言えませんが、『週刊金曜日』や書籍・ブックレットなどで丸ごと反論していただくことを望みます。

『週刊金曜日』7月7日掲載「ヒラ社長が行く」

植村社長らは、ColaboやLGBTが絶対善として思い込み、これらをちょっとでも批判することは許さない、たとえ小さな広告でも許さない ── まるで言論統制です(広告も言論です)。

『人権と利権』という本が『週刊金曜日』という、権威あるオールド左翼雑誌によって事実上「ヘイト本」「差別本」認定され、編者の森奈津子さんも「ヘイト本作家」、鹿砦社も「ヘイト出版社」の汚名を着せられました。遺憾なことです。逆の評価もありますから救われますが、定期購読1万人(植村社長談)の影響力ある老舗雑誌にそう認定されたのですから、影響は決して小さくありません。「ヘイト出版社」には「ヘイト出版社」の意地があります。不当な〈排除の論理〉に抗し、創業50年余の苦難の歴史で培ってきた意志を持って、私たちは私たちの道を突き進み汚名を払い除けねばなりません。

さて、編者の森奈津子さんについて少し触れておきます。

森さんといつ出会ったか記憶にありませんが、2018年に「デジタル鹿砦社通信」にて6回インタビュー記事を掲載していますので、この前だと思います。その後、「デジタル鹿砦社通信」に11回連載し、これは『人権と利権』に再録されています。また、大学院生リンチ事件関連本『暴力・暴言型社会運動の終焉』に9ページほど寄稿いただいています。『人権と利権』まではそれぐらいですで、『人権と利権』が当社では初めてのまとまった仕事になります。

森さんもみずからカミングアウトされていますが、森さんのお連れ合いは難病で森さんが24時間介護をやっておられることと、森さん自身乳がんで片方の乳房を切除していながら、このような困難な情況にも負けず頑張っておられます。しかし、森さんの言論活動をよく思わない一部の者が、こうしたことを揶揄し非難しているツイートを見かけます(特に共産党党員、及び同党支持者)。「人権」を嘯くなら、これはいただけませんし、即刻やめるべきです。

昨今亡くなりましたが、現在、鈴木邦男氏は、右左関係なく評価されています。私たちが氏の代表作『がんばれ!新左翼──「わが敵・わが友」過激派再起へのエール』(1989年)を出版した頃は、(特に新左翼周辺から)かなりバッシングされました。理解者や味方はほとんどいませんでした(リベラル/左派系で理解者といえば遠藤誠弁護士、筑紫哲也、田原総一朗氏ぐらいでしょうか。遠藤、筑紫氏は故人)。ちょっと似たケースです。

『人権と利権』、そしてこの編者・森さんは、しばき隊系は無論、いわゆる「リベラル」「左派」「野党」系からもバッシングの嵐にありますが、いつか「リベラル」「左派」「野党」系の方々の中から理解される日が来るものと信じています。今でも一部理解されている方はいますがごく少数です。

最後にもうひと言──。「顰蹙は金を出してでも買え」とは、カリスマ編集者の幻冬舎・見城徹社長の有名な言葉ですが、『人権と利権』がオールド左翼雑誌と左翼教条主義者らに「顰蹙」を買ったのであれば、まさに言いえて妙だといえるでしょう。(本文中、一部を除いて敬称略)

※読者の皆様へ。長い文章となりました。一所懸命書きました。最後までお読みくださり有り難うございました。事実誤認の箇所など発見されましたらご指摘ください。また、誹謗中傷ではなく、前向きなご意見、ご批判もお寄せください。

送り先:matsuoka@rokusaisha.com ファックス 0798(49)5309 です。

植村社長へ。7月7日の面談で、6月23日のような記憶違いや誤認などがございましたら、ご指摘ください。
 
株式会社 鹿砦社 代表
松岡利康

森奈津子編『人権と利権 「多様性」と排他性』 定価990円(税込)。最寄りの書店でお買い求めください

『週刊金曜日』6月16日号に掲載した小社広告(別掲①)について、広告を出広した鹿砦社に抗議するのではなく、『金曜日』に抗議が殺到し困ったと同誌発行人(社長)の植村隆氏(別掲②)から先週末の6月23日にお電話がありました。何を抗議したのか分かりませんが『金曜日』に抗議した人たちに抗議します。文句があるなら広告元の鹿砦社に言え!

①『週刊金曜日』6月16日号に掲載した小社広告

②『週刊金曜日』発行人兼社長の植村隆氏(2019年12月7日、鹿砦社創業50周年の集いにて)

さて植村社長、来週(つまり6月26日~30日の週)に小社を訪問したいということでした。どこの中小企業でもそうでしょうが(『金曜日』は違う?)、月末は支払いなどで慌ただしく月明け(7月第1週)にしていただきました。

なので、商取引の常識においても、あるいは道義上、信義上、植村社長と話し合うまでは、本件を伏せておき発言も控えておくつもりでした。

しかし、植村社長は小社を差し置いて先行的にColabo仁藤夢乃代表を訪問し一方的に謝罪し「おわび」文(別掲③)を同誌6月30日号に掲載されたということです。これを植村社長から聞いたわけではなく、仁藤代表のSNS(別掲④)で知りました。まずは、商習慣上、あるいは道義上、信義上、まずは長年の取引先で出広元の小社と協議すべきではなかったのではないでしょうか。

[左]③『週刊金曜日』6月30日号に掲載されたという植村隆発行人兼社長による「おわび」文。[右]④Colabo仁藤夢乃代表のSNS(2023年6月27日付)

『金曜日』には前発行人(社長)の北村肇さん(故人)の時代から10年以上にわたり広告を出広してきました。北村さんとは同期(1970年大学入学)で、世代が同じということもあり妙にウマが合い懇意にさせていただきました。亡くなる直前には上京した私のために無理を押して長い時間を割いていただきました。当地(兵庫県西宮市)での講演や市民向けのゼミなどにも複数回お越しいただきました。

今、『金曜日』には小社以外に有料広告は入っていません(見過ごしであればご指摘ください)。「広告に依存しない」と言っておられるようですが、「依存」するもなにも広告が入らないのですから、やせ我慢でそう言っているにすぎません。

当事者(広告主)である小社と話し合う前に一方的に、Colabo仁藤代表に勝手に謝罪し「おわび」文を掲載することは道義上、信義上、いかがなものでしょうか?

月が明けて植村社長と協議し、本件についてあらためてご報告いたしますが、とりあえず本日の報告は手短にとどめておきます。

広告の上部に記しているように私たちの出版活動のモットーは「タブーなき言論」です。これを基本に創業から50年余り出版活動に勤しんでまいりました。本年創刊18年を迎えた月刊『紙の爆弾』もその具体的な営為です。『金曜日』には及ばないかもしれませんが、長年多くの読者に支えられてきました。ですから、2005年の「名誉毀損」に名を借りた出版弾圧で壊滅的打撃を受けた際も、また近年新型コロナで苦境に落とされた際も、少なからずの方々にご支援いただき「命拾い」(ある方の言葉)することができました。

また、『金曜日』と重なる読者もおられます。なので一方的に「差別、プライバシーの侵害など基本的人権を侵害するおそれのあるもの」(「おわび」文より。内規にもあるそうです)と断じられると小社への信用を毀損することにもなりかねません。おわかりですか?

くだんの『人権と利権』は、これまでメディアタブーとされてきた「Colabo」「LGBT」に対してタブーなしに採り上げ思い切った誌面づくりをいたしました。しばき隊界隈で飛び交う誹謗中傷や汚い言葉は排し、真正面から問題に向き合い公正な論評に努めたつもりです。私たちなりに自信を持って世に送り、左右問わず多方面の方々にお読みいただき大きな反響があり多くの方々のご賛同も得ることができました。

かつて『金曜日』には、「大学院生リンチ事件」(いわゆる「しばき隊リンチ事件」)関係の出版物の広告を発行ごとに掲載させていただきました。そうした際に、『金曜日』編集部から咎められることも掲載拒否されることもありませんでした。さすがに『金曜日』、度量があることに感心した次第です。

ところが『金曜日』とあろうものが、今回は一体どうしたんですか!? あまりにも偏狭、北村肇さんも草葉の陰で泣いてますよ! メディアとしての自律性や主体性があれば、尚急に一方に謝罪するのではなく、意を尽くし公正に判断すべきではなかったでしょうか。

月末の慌ただしいさなか、こんなことに時間を割いている場合ではないのでしょうが、黙っているわけにはいかず一言呈させていただいた次第です。

株式会社 鹿砦社 代表
松岡利康

森奈津子編『人権と利権 「多様性」と排他性』 定価990円(税込)。最寄りの書店でお買い求めください

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